【トランザクティブ・メモリー研究会】第一回「組織におけるトランザクティブ・メモリーを高める方法とは?」
"新設「トランザクティブ・メモリー研究会」で現代の職場課題に挑む"
新たな取り組みとして、「トランザクティブ・メモリー研究会」が発足されました。この動きは、ハイブリットワークスタイルの浸透と人材の流動性の増加がもたらした、企業内のコミュニケーション問題や部門間連携の障害という課題への対応策として注目されています。従業員間で「誰が何をしているか」を共有することの難しさは、多くの企業が直面する共通の問題です。
この研究会では、1980年代に提唱された「トランザクティブ・メモリー」システムの理論に焦点を当てています。トランザクティブ・メモリーは、集団や組織のメンバーが、誰が特定の情報を持っているか、または特定のスキルがあるかを理解し、共有する知識の構造のことです。この理論を実際の組織運営に応用することで、効率的な情報共有とチームワークの促進が期待されます。
研究会では、トランザクティブ・メモリーの概念の深掘りと、それを実際の組織文化に組み込む方法について研究することを目的としています。その成果は、企業が直面する現代の課題を克服するための実用的な戦略として役立つ可能性があります。
"組織に役立つトランザクティブ・メモリー強化に向けて"
私たちの研究会では第1回目のイベントとして、一橋大学イノベーション研究センターの中島賢太郎教授をゲストに迎え、「組織におけるトランザクティブ・メモリーを高める方法」についてのトークセッションを開催しました。このセッションでは、組織内の誰がどのような情報・スキルを持っているかを効果的に共有し、利用するための「トランザクティブ・メモリー」の重要性とその実装方法について深く掘り下げました。今回の記事では、教授の貴重な洞察をもとに、トランザクティブ・メモリーの本質とそれを組織に組み込むための実践的なアプローチを解説します。
1.トランザクティブ・メモリーとは?
トランザクティブメモリーとは、
組織全体が「同じ知識を記憶すること」ではなく、
「組織内で『誰が何を知っているか』を把握すること」を重視するという考え方。
英語でいえば、組織の各メンバーが「What」よりも「Who knows What」を重視し、共有している状態を指します。
2."トランザクティブ・メモリーはチームのパフォーマンスを変革する"
研究によれば、トランザクティブ・メモリーの機能が向上することで、チームの業績が顕著に改善されることが示されています。効率性、品質の向上、革新的な手法の採用、納期と予算の順守、および業務達成度といった様々な業績指標において正の相関が確認されているのです。
この研究は、創造性が情報の新しい組み合わせから生まれるという事実を強調しています。新しさが重要であり、同じ人々と同じ話題を繰り返すことの価値は認められていながらも、創造性を高めたい組織にとっては、親しい人々との新しい話題での交流や、新しい人々との接触を継続することが鍵となります。このプロセスは、組織のパフォーマンスを高め、よりクリエイティブな環境を創出することに直結します。
3."チームの知識ネットワークを最適化するトランザクティブ・メモリーの三大要素"
トランザクティブ・メモリーシステムを有効に機能させるためには、「メンバー間の専門性の理解」、「相手の知識や情報への信頼」、「メンバー間の情報共有・提供」という3つの基本要素が不可欠です。これらの要素が連携し合うことで、チームは一つの集合知として動き、必要な情報や知識が正確かつ迅速に流れます。
メンバー間の専門性の理解 -個々のチームメンバーが何を得意とし、どのような情報を持っているかを知ること。
相手の知識や情報への信頼 -チームメンバーが互いの情報やスキルを信頼し、それを活用する意欲を持つこと。
メンバー間の情報共有・提供 - 有益な情報をチーム内で適切に共有し、必要なメンバーへ情報を提供すること。
これら3つの要素が揃って初めて、チームは効率的な記憶回路のように機能し、組織全体としての知識と情報のプールを形成し、高いパフォーマンスを実現することが可能になります。
まとめると、組織内の各メンバーが専門知を持っており、必要に応じて交流することでそれらを結合させる「交流を前提とした組織としての知のあり方」であるということです。
そして、トランザクティブ・メモリー(人的交流による専門知の交換)が生産性やイノベーションを高める概念であります。
では、実際のコミュニケーションはどのように行われているのかをみていきましょう。
4."週ごとに変わる組織内コミュニケーションのパターン"
組織内でのコミュニケーションの流れは、時間の経過と共に変化していくことが、最近の研究で示された視覚的データによって明らかになりました。具体的なデータを描いた絵では、異なる週(Week1、Week2、Week3)でのコミュニケーションのパターンが示されており、⚪️が個々の人を、線がコミュニケーションのやり取りを表しています。
このデータから読み取れるのは、人々が仕事を進める上で、定常的なコミュニケーションの範囲を超えて、新たな人々との情報交換を行っているという事実です。これは、単一のチームやグループ内だけではなく、組織全体の中で知識や情報が必要に応じて流動的に交換されていることを意味します。それにより、必要な情報を適切な時に適切な人が得ることが可能になり、組織の効率性と柔軟性が高まることが期待されます。
結果として、組織は各メンバーが必要とする情報にアクセスしやすい、開かれたコミュニケーションの構造を推進することが、生産性とイノベーションの鍵であるといえるでしょう。
5."迅速な情報源の特定が生産性の向上に不可欠"
最新の研究によると、組織内での生産性を高めるには、必要な情報を持つ人物をいかに迅速に見つけ出し、その情報を取得することが非常に重要であることが明らかになりました。これは、適切な情報が適切なタイミングで流れることにより、作業効率が大きく改善されるからです。
つまり、課題解決や意思決定に必要な知識をすばやく手に入れられる体制が整っているほど、チームや組織全体のパフォーマンスが向上することを示しています。このプロセスは、組織が目標に向かってよりスムーズに進むための推進力となります。
この発見は、組織が情報の共有とアクセスのしやすさを最適化することの重要性を強調しており、これを実現するためには、トランザクティブ・メモリー・システムのような概念が役立つことが期待されています。
6."コミュニケーションネットワーク分析を通じた組織内役割の可視化"
組織内のコミュニケーションパターンをより深く理解するために、媒介中心性に焦点を当てたネットワーク分析が有効です。媒介中心性とは、ネットワーク内で個々のノード(人や部署など)がどれだけ重要な結びつきに位置しているかを示す尺度です。これにより、情報が流れる際の中心的な役割を果たしている人物やハブとなっている点を明らかにすることができます。
この分析手法によって、組織内で最も重要な通信の橋渡し役をしている人物を識別し、彼らがどのように情報の流れをスムーズにしたり、場合によっては遅らせたりしているのかを把握できます。この知識は、組織の情報流通を改善し、全体の効率を向上させるための戦略立案に直接役立つでしょう。
7."ネットワーク中心性の増加が示す組織生産性へのインパクト"
企業内のコミュニケーションネットワーク分析から生まれた一つの仮説は、ネットワーク中心性の増加が生産性を向上させる可能性があるというものです。ネットワーク中心性とは、組織内で情報のやり取りが頻繁に行われるノード(人またはグループ)がどれだけ多く存在するかを示します。中心性が高いほど、そのノードは情報の流通において重要な役割を果たしているとされます。
この観点からトランザクティブ・メモリーシステムの効果を評価すると、組織内で誰が何を知っているのかを共有し、それぞれのメンバーの専門知識を活用することが生産性を高める重要な要素であることが理解されます。組織がこのネットワークの中心性を高めることができれば、それはトランザクティブ・メモリーシステムがうまく機能しており、結果として組織の生産性向上に寄与しているという指標になり得るのです。この理論を基に、組織はより効果的なコミュニケーション戦略を展開し、全体のパフォーマンスを高めることができます。
8."職場のトランザクティブ・メモリーが生産性向上の鍵を握る"
中島先生の論文を深く読み込むことで得られる知見は多いですが、その結論を簡潔にまとめると、職場におけるトランザクティブ・メモリーの構築は生産性向上に不可欠であるという点です。トランザクティブ・メモリーを向上させるには、相互に有益な関係性の構築が効果的です。特に、日本の伝統的な長期雇用が、長期にわたる相互依存関係を築くことで生産性に好影響を及ぼしていた可能性が指摘されています。
しかし、労働市場のトレンドが多様な働き方や人材の流動性を重視する方向に移りつつある中で、従来の長期雇用モデルは徐々に衰退しつつあります。この新しい環境では、雇用関係の持続性に依存しない新たな方法で相互利益関係を築き、トランザクティブ・メモリーを強化することが、組織の生産性をさらに推進するカギとなります。つまり、職場の人々がそれぞれの専門知を共有し、有効に活用するための新しい構造やシステムの開発が求められているのです。
9."職場でのトランザクティブ・メモリーを強化する実践的な施策"
トランザクティブ・メモリーが組織の生産性に与える影響の重要性は明らかです。実際に組織でこれを強化するためには、具体的な施策が必要です。以下では、トランザクティブ・メモリーを高めるために取り組むことができる実践的な施策を、その三つの核となる要素に基づいて紹介します。
a."社内専門性共有のための効果的な取り組み"
社員の専門性や業務内容をお互いに深く理解し、情報を自発的に共有するための一例として、ある会社では特に工夫を凝らした共有会を実施しています。この施策では、150人が在籍する本部において、各メンバーが持ち回りでその専門性や現在の業務を発表します。
具体的な流れとして、30分間のセッションで2人の社員が登壇し、自己PRに3分、現在の仕事内容に7分、そして質疑応答に5分を費やします。これを週2回の頻度で行い、参加は任意ですが、平均して100人が参加するという高い関心を示しています。
もし実際にセッションを見ることができない社員がいても、発表内容は動画に録画されアーカイブとして保存されるため、後からでも情報を得ることが可能です。この施策がうまく機能している理由は、社員が無理なく自分のタイミングで他人の専門性を深く、かつ柔軟に知ることができる点にあります。
この取り組みは、社員が他の人の情報を積極的に得るための気軽で効果的な機会を提供しており、組織内の専門性の理解を深めることに貢献しています。
b."信頼構築と情報共有の促進を目指した「他己紹介」プログラム"
企業間での情報共有と信頼関係の構築を目的に、100人規模の会社がユニークな取り組みを導入しました。このプログラムは「他己紹介」と呼ばれ、社員がペアになって相互にインタビューを行い、互いのプロフィールを作成し合うというものです。
実施は30分間で行われ、組織側がマッチングを行い、社員同士が互いの情報を深く掘り下げていきます。この取り組みに対する満足度は60%であり、全員が高い評価をしているわけではなく「意味がない」と感じる意見もありました。しかし、組織としては「2:6:2ルール」の中間層である「6」の底上げを狙っており、満足度60%は目標に達していると判断しています。そのため、この取り組みは6ヶ月ごとに継続しています。
特筆すべき点は、他者の視点によって暗黙知を可視化し、普段接点のない社員同士が知り合える機会を作ることです。これにより、会自体が社内コミュニケーションの活性化に寄与しているとされています。このように、他己紹介は社員間の理解を深め、信頼関係の構築を促進する効果が期待されるプログラムです。
c."社内コミュニケーションの促進:情報提供の札を通じた情報共有の工夫"
新たな社内コミュニケーションの手法として、インキュベーションオフィスや200人が所属する事業部で、情報提供の札を使った目を引く取り組みが導入されました。この施策では、社員が自身の関心事、現在取り組んでいる業務、さらには企業の価値観に関して札に記入し、自分のデスク上に展示します。
このアプローチのクリティカルなポイントは、社員が日々目にする場所に自己の情報をオープンにすることで、無理なく会話のきっかけを作ることができる点です。情報が直接的に公開されることで、社員同士がお互いに関心を持ちやすくなり、情報共有や提供の行為が自然に生まれるよう促進されます。これにより、メンバー間の情報共有は手軽かつ効果的に行われることが期待され、組織内のコミュニケーションの活性化に寄与する可能性があります。
まとめ
現代の職場では、多様な働き方が増えている中で、トランザクティブ・メモリーの役割がより重要になってきています。トランザクティブ・メモリーは、組織内で知識や情報を効率的に共有・活用するためのシステムです。最近開催されたイベントでは、このトランザクティブ・メモリーを支える基本要素と、それを強化するコミュニケーションの重要性について、深い分析と議論が交わされました。このような知識の共有は、チームの生産性を向上させるだけでなく、メンバー間の理解と協力を促進することで、組織全体の効率性を高めることが期待されます。
参加者の声一部抜粋
・専門的な知識も知ることができましたし、交流の時間がたっぷりあったのがとても良かったです!運営、ありがとうございます^^
・インプットとアウトプットのバランスが絶妙でした!
・専門的な知識に加えて、豊永さんをはじめ熱量の高い方達との出会いができたので有意義な時間でした。
登壇者
株式会社Rond 代表取締役 豊永悠馬
不動産デベロッパーにてオフィスビルの管理・運営、インキュベーションオフィスの企画運営、地方創生型ワーケーション事業の立ち上げ。 「出会う力」で誰もが自分らしく、豊かに生きられる社会をつくるためにRondを創業。 トランザクティブ・メモリーの概念を踏襲した人的資本可視化ツール「parks」の開発提供(https://lp.xparks.jp/) 趣味は朝散歩、瞑想、ヨガ。
一橋大学 イノベーション研究センター 中島賢太郎教授
2003年東京大学経済学部卒業。2008年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了(博士(経済学))。東北大学大学院経済学研究科地域経済金融論寄附講座(七十七)准教授、一橋大学経済研究所経済制度研究センター准教授、東北大学大学院経済学研究科准教授を経て2017年より現職にある。空間経済学の実証研究を中心に研究を行っている。最近は特に、イノベーションについて企業間の共同研究ネットワークや従業員間コミュニケーションネットワークといったネットワークデータを用いた研究を中心に行っている。
本イベント運営者
株式会社Rond
社内コラボレーションツール「parks(パークス)」の開発・提供
parksは、社員の専門知識や活動を明らかにし、必要な情報にマッチするメンバーを独自AIが特定して連携を促す社内コラボレーションサービスです。情報の入力・更新の不足や活用の課題を解決し、メンバーの経験やスキルなどを‘キューブ’として交換することで、コミュニケーションとコラボレーションを促進します。これにより、部門間の連携が活性化し、生産的なワークフローが実現します。