第四十三話 物欲全開
この当時、アジアにおいて日本という国のブランドはまだ最高だったと思う。
まだ、大陸や韓国からの旅行者は余り見掛けられず、ジャパンブランドの力は絶大でした。
丁度、日本から世界に出よう、世界を知ろう、という流れもあり、どんどんと世界に出て挑戦していった同世代が多かったかと思います。
今の日本の状況を見ると残念というか悲しい限りですが、この時代に旅が出来た僕は、ラッキーだったのかもしれない。
さて、話しは戻って、いよいよ、シンガポールへ。
当時のシンガポールはアジアの中では都会でしたが、まだまだ発展途上。日本のようになるには、まだ遠い。
ただ、着実に力を付けていた時期で、いつか日本を追い抜くという気概を感じました。
まだ日本では、タイやベトナムは目にも入らず、シンガポールですら下の下に見ていた人達も多かったし、今のように成長するとは夢にも思ってなかったと思う。
でも、この時から、アジアの国々はエネルギーに満ち溢れ、いつかこの先、全く違う国へと成長するだろうなと、どこに行っても感じていました。
そんなエネルギーのある国、シンガポール。
都会に来たし、ここは都会らしく過ごそう。
この日、僕は浅野さんとは別行動。
浅野さんは読書。
僕はシンガポールの中心街に出て買い物する事に。
先ずは紀伊国屋にて、少年JUMPとマガジンの立ち読みへと向かう。
特にJUMPは小学生の頃から毎週月曜には欠かさず読んでいたのに、もう、4ヶ月も読んでおらず、既に禁断症状が出ていた。
しかし、何と。
素晴らしい事に最新刊どころか、何号か前のJUMPまで置いてるじゃないか。親切にも。
僕は完全にその場に座り込み(立ち読みではないですね)、マガジンとジャンプを数冊まとめ読みをする(嫌な客だ)。
うーん、話がかなり進んでいて所々分からない。ジョジョなんて、主人公が変わってるじゃないか!
周りには現地駐在員の小学生、中学生くらいと思われる御子息らも5-6人くらい居て、皆、その場に座ってジャンプなどを読んでいた。
実はこの時から13年後、この中に居たかもしれない1人の少年が大人になり、刺龍堂へと尋ねてくる事になる。
いつも、ここで立ち読み、いや座り読みしていた一人で、座り読み常連客だった僕とは、ここで会っていたかもしれないのだ。
シンガポールには他のアジアの国と違って、日本人が多い。
暫く色々な本を探した後、ガイドブックを読んでいると、一人の日本人女性が話しかけてくる。
質素な感じ。
非常に上品で、美人な方でした。
「旅行されるんですか?」
「え?あ、はい。というより、旅行の途中なんです。折角、シンガポールへ立ち寄ったので、色々と情報を集めようかなと思ってまして。」
歳はたぶんまだ僕とそんなに大差はない、ちょっと年上の女性でした。
「ええ!ずっと旅行されてるなんて凄いです!お一人でですか?」
「はい、そうです!一人旅です!!」
(ホントは浅野さんもいるけど)」
ここで立ち話もなんだしという事で、近くに良いカフェがあるというので、僕らはここから移動する事にした。
彼女はやはり現地駐在員の奥さん(25)で、結婚後まもなく、いきなり言葉も分らないこのシンガポールという国へと着いてきたのだという。
右も左も分らぬままに。
「周囲は現地の人ばかり、言葉もまだ英語が苦手で、慣れない環境。日本人の集まりもあるけど、そこにも、なかなか上手く馴染めなくて…」と、現地の生活の大変さを打ち明けられる。
僕は僕で、今回の旅の話しや、ヨーロッパでの話しなど、色々と会話をする。
「大学出てすぐに海外一人旅。かっこいいですね。そんな方と初めて出会いました。」
「いやー、失敗ばかりだし駄目ですよ、全然。この先だってどうなるか分からないし。旦那さんみたいにしっかり仕事で頑張ってる人、尊敬します。」
そしてそんな会話が途切れたところ、彼女の表情が変わり、思い詰めたような感じでこう切り出した。
「私、すごく寂しいんです…。」
「……??」
どうしたら良いんだろう?
なんだか、おかしな流れだぞ?
僕はどう会話を切り替えようかと、色々考える。
しかし彼女は話を続ける。
「なかなかこうやって、日本語で話す事もないし、しかも旦那以外の男性と話す機会なんて…。」
やはりマズイ。
これはマズイ。
あれだ、不倫ってヤツになってしまうかもしれない。
この流れは。
だけど、今の僕にはハードルが高い。高過ぎる。
結婚だって考えた事無いのに、更に先は遥か未知の世界。
それに、旦那さんに申し訳なさ過ぎる。
旅は慣れてきたけど、こういうケースに慣れていない僕は、どう返して良いか分からず、明らかに慌てる。
「あ、ごめんなさい…。こんな話しをしてしまって。でも、もしシンガポールにいる間、宜しければこちらにお電話下さい。昼間はすごく暇なので、色々とご案内出来ると思います。」
とアドレスを渡される。
慣れない環境。自分の意志とは関係なしに、そんな環境にいきなり放り込まれた彼女は、精神的にも疲れていたのだろうか?
何かに救いを求めていたのだろうか?
結局、僕はこれ以降、彼女に連絡する事はありませんでした。
さて、その後の僕は、更に中心街で買い物をする事にしました。目の前には今まで無かった沢山の「物」が存在している。
物欲全開。
ナイキのスニーカーの新作!
ティンバーランド!
時計!!
そんな買い物の中、一つの店に入る。ここのウェアのセレクトはなかなか良い。
「何を探しているの?」
中華系の女性店員が話し掛けてくる。
「う~ん、何かこうタイトではなく、ダボっとしたTシャツに、ダボっとしたパンツを。このナイキのスニーカーに合うような。」
そんな話からウェアも探してもらい、そして雑談もする。
しかしその彼女の英語は、中国語の訛りが強く、非常に聞き取りにくい。最初は中国語で話し掛けてきたと思ったほどだ。
僕は懸命に努力し、勤めて彼女の話す事を理解しようとする。勿論、笑顔で。
しかし、そんな僕の努力とは裏腹に、彼女の方から信じられない言葉が発せられるのでした。
「あなたの英語は訛りが強くて全然分らないわ。」
(無表情で)
「ええっ???!」
マジで?
「私の英語はパーフェクトなクイーンズイングリッシュ。常に綺麗な英語で会話して、映画もテレビもイギリスやアメリカのもの。でもあなたの言葉は訛りが強くて、何かよく分らないわ。」
二度も言い直したよ、この人。
「私みたいな綺麗な発音で話すには時間がかかるけどね。まあ、あなたも、もっと勉強しなさい。」
自信たっぷりに会話をしめる。
そりゃあ、確かに僕の英語は、旅で覚えた適当な言葉だけどさ…。
買い物に来たはずなのに、満足そうにそんな事言われてもさ…。
「どんな事にも自信を持つ事は大切だ」
僕はここで、そんな事をここで学びました。
中華系のこのハッキリとした物言い、自信、日本では余り経験した事無かった事ですが、僕は、ここシンガポールで初めてこの洗練を受け、また華人との付き合い方を勉強してゆくのでした。
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