生きること、学ぶこと
中小企業のDXを成功させるカナダのICEモデル
中小企業を取り巻くDX推進の背景
中小企業のDXは10%とほとんど進んでいません。従業員20人以下の企業では、予算の確保、DX人材の不足の他に、「具体的な効果や成果が見えない」「何から始めていいかわからない」という課題が上げられています。20人以上の企業でも、IT人材の不足、企業文化や風土の問題を上げています。
現在の事業の発展のためのデジタル化は必要に応じて行われているが、国が定義するような新しい価値創出のためのトランスフォーメーションは計画することすらも難しいことがわかります。中小企業の経営リソース(人、カネ、モノ)は常に不足しています。どれひとつが欠けても経営は行き詰まる。国のDXと中小企業の経営環境認識のズレは大きい。
この日本産業の構造そのものが日本の経済を支えてきたのだから、欧米のようにはなり得ないことを承知しているはずです。国は、中堅・中小企業等の場合は、DXの専門人材を内部で雇用することが困難な場合が多いこと、経営者の役割が大きいことを指摘するが、具体策を示せるのではない。
DXができない理由は、DXやIT人材がいない(56%)、成果や効果が見えない(24%)、予算がない(21%)、経営者の意識がない(19%)、DXに取り組む企業文化がない(19%)となっている。(中小企業基盤機構「中小企業のDX推進に関する調査」2022年)
今日、大手企業が最高益を出して、株式市場が最高になる中で、中小企業は苦戦しています。既に倒産も1万件以上になる。そうした中、デジタルを活用した経営改革を進めないと、競争に負けてしまうと政府は圧力をかけます。経営マインドが足りないこと。デジタル人材がいないので社員のリスキリングを促します。しかし、そうしたことで本当に中小企業のDXは可能になるのでしょうか。
中小企業にはDX以前の問題があるので、そのことを一緒に解決する
中小企業にはDX以前の問題があります。日本の産業構造に起因する経済・産業停滞の主な要因を考えると、既存産業・企業の競争力の低下は、高齢化の進行等による中小企業の衰退です。黒字廃業が2025年までに60万社、2025年までの10年間の累計で約650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性があります。中小企業経営者の年齢分布のピークは、既に69歳(平均引退年齢の水準 )になっています。240万人の経営者が70歳を超えるが、この半数が継承者さえいない状況にあるのです。
大手企業のDXとは全く異なります。
国は「DXとは、企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」としているが、こんなことは中小企業にはとてもできません。
私が感じていることは、中小企業の経営者、オーナー経営者の孤独感です。日頃は社員の方々と協力しあって目標の達成に尽力されていますが、最後は自身で決めなければなりません。多忙な経営者のために、日頃から自分で考えることを支援する環境がないことが根源的な問題だと思います。
中小企業のDX推進の鍵はどこにあるのでしょう。
中小経営者やベンチャーは孤独です。最後は自分できめなければなりません。しかし、そのためのエビデンスが意外と少ないのです。財務データなどから読み取れるものの結論は決まっています。日々の活動の可視化したプロセスは大手企業であれば、企画、人事、製造、財務、ITなどの部署でフォローできますが、そんな豊富な人材はありません。経営の日常課題を可視化した経営ポートフォリオが身近にあったらどんなに素晴らしいでしょうか。また、これによって社内におけることばの共有化ができます。会議などの時間すら少ない中で、経営課題の共有化を日常的に行える環境をどう作るかが、私は鍵になると考えます。ことばの齟齬は大手ですら頻繁に起こります。言葉の共有化は本当に経営にとって欠かせないものです。
年度初の事業計画、予算作成で考えるのは、肩肘はって、立派な目標を作りますが、そうしたものには意外と真実が見えてきませんので大きな指針とはなっても経営課題を解決していく具体的な活動源にはなりません。
繰り返しですが、中小企業の社長はとにかく雑用に追われています。まとまった時間をかけて、会議をしたり、経営向上などの講習を受けたりする時間すらありません。日常ふと気がついたことをデジタルフォームで簡単に可視化できたらこんな嬉しいことはありません。このことが中小企業のDXであると考えます。
中小企業の経営を支える
「一般社団法人 日本イノベーションマネージャー協会」の活動
一般社団法人 日本イノベーションマネージャー協会(代表理事 福田稔)は、イノベーションマネージャー(*)の育成を図っています。(*)イノベーションマネージャーは、経営者(イノベーター)を身近で支えて、企業が「新しい価値や収益の柱」となるイノベーションを起こすために活動する人をいいます。
孤独な中小企業の経営者を支えるブレーンマネージャーの育成です。イノベーションマネージャー(IM)が経営の周りにいて初めて経営を俯瞰し、経営の方向を正しく向けることができます。日本の中小企業には必須の役割です。
ICEモデルは経営の今までできなかったことの何を解決するか。
同協会では、現在新しい挑戦をしています。カナダ大学で開発されたのICEモデルを「中小企業の経営のためのビジネスモデル」としてICEを応用開発しています。「経営者のためのICE」と呼びます。経営者(イノベーター)を支える人材であるIMの育成をより効果的に行い、かつIMがより効果的な支援を行えるためのツール、システムの開発です。
世界の学校では(高校や大学など)卒業しても、社会で自分の力を発揮できないことが多くあります。学校教育の何かが間違えているからです。カナダのSue博士は社会に出てからも学んだことが活かせる学び方を開発しました。どのようにしたらメタ学習者になれるかを考えました。自分の能力を引きだし、見直すことができる方法です。それがICEです。
ICEは、日本に10年前に紹介されました。最初に採用したのが広島の下崎邦明先生、当時の教育委員会教育長で、県の公立高校100校に試験的に導入しました。これを全国に普及させたのは、柞磨昭孝先生、当時の祇園北高校校長です。ICEに関する実践的な著書をいくつか書かれています。下崎先生はそれまで広島の教育改革で実施しようと考えていたことの基本が、全て整理されていると言われます。
もう少し具体的に言いますと、「本来、学びは先生などから指示されるものでも、教わるものでもなく、何をどのように学ぶのかを自分で見つけるものです。また、学んだことを先生やテストによって評価されるのではなく、自分で納得がいくかどうか考えることです。」ICEによってこのことを実践できると下崎先生は確信されました。
もうお分かりのように、学校教育におけるICEの考えは、社会での企業経営の基本的な考えとぴったりと重なります。
「経営者が孤独なのは、自分を相対化し、自分の置かれた状況に置いて課題を発見し、対応していかなければならないからです。自分との対話を通じて、会社の可能性を引き出さなければなりません。」
ICEを使うとそれができます。しかし、身につけるためにはある程度のトレイニングも必要です。経営者だけでなく、社員やパートナーともICEを共有できれば、より高い経営目標の達成や価値を生み出すことができるようになります。
中小企業のDXを成功させるICEモデルの基本的な理解
「経営者のためのICE」
1.ICEの基本的な理解
学校で新しい知識を学ぶときに、どのようにすれば良いかについては、これまでに沢山の方法が開発されています。しかし難点はどれも複雑な方法やプロセスが必要とされるために、身につけるためにはかなりの鍛錬が必要になります。
これを解決したのがICEです。たった3つのフレームを考えるというシンプルなものです。ICEは、Ideas(アイデア)、Connections(つながり)、Extensions(ひろがり)の3つの質的に異なる学習の枠組み(フレーム)を表す頭字語です。下の絵では、それぞれの枠組みを相互に連結した歯車として描いています。
(1)『アイデア』(I):
最初に学ぶものは、「それは何である」という新しい知識の意味を理解することです。すなわち、Whatです。しかし、学んだことは、そのままでは時間が経つにつれて忘れてしまいます。そこで、新しく学ぶ言葉や情報の持っている意味について、丁寧に考えます。さらには、そうした言葉や情報からどんなアウトプットが出るだろうかと考えるのが、アイデアの段階です。これらの情報から新しい意味や価値につなげるのは次のフレームになります。
(2)『つながり』(C):
新しく学んだことを自分のものとするためには、自分の経験などとつなげて考えることが必要です。そこから、新しい価値が生まれ、新しい考え方が創造されます。学ぶ人の見方や考え方が試される学びの段階です。「自分の経験の質」を高めるといっても良いと思います。探究のプロセスです。Whyの学びといって、なぜ?なぜ?と問いを重ねます。一番基本的なことは、得た『アイデア』にすべて???疑問を持つことです。疑問を投げかけるということは、即ち自分の脳が学び始めています。ハテナ? ハテナ?と自問自答することです。(土持ゲーリー法一より)
次の4つが問いの基本的な構成です。
(1) essential question(本質):判断を求める。意義を言語化する。獲得した視点を活用する。 ⬅ 判断、意義、活用する。
(2) insightful question(洞察):批判的に思考する。洞察を促す。二項対立を解消する。 逆思考,深まりに重点を置く。 ⬅ 逆思考、深まりに重点を置く。
(3) lead question(展開):思考を拡げる。関係性や意図を読み取る。 ⬅ 順思考、関係性に重点を置く。
(4) entry question(導入):オーガナイザーとして思考を始動させたり、活性化させる。 /テーマに関係する投げかけを行う。 ⬅ イメージを膨らませる。/ かかわりを強める。
問いが何をもたらすのかということを考えます。(柞磨昭孝)
・願いである
・考える者の意識を引き出す
・自我関与を高める
・チームで協力するようになる
・学ぶものを主役にする
・深い思考になる
・創造の質を上げる
(3)『ひろがり』(E):
ひろがりは、とても大切です。自分が将来にむけての目標や方向について考えるということです。なぜ学ぶのか?なぜ働くのか?社会にどんな貢献ができるのか? WhyとHowの学びです。自分の人生設計を考えて、「自分は何者か」を見つけるような深い学びが行われます。
ICEの最大の特徴は、学んだことを受け身ではなくポジティブに評価することです。目標に対してできなかったことは考えません。また、どのくらいできたか(点数)についても考えません。僅かでも達成できたことだけを考えます。達成した内容の質を重視します。評価の目的は、自分が「潜在的に持っている能力を引き出す」ことです。何かを引き出すことができれば、それがアウトプットです。人との比較ではないということがとても重要です。
私たちは自分の可能力(capabilityとアマルティア・センは言います)を氷河の隠れた部分のように持っていますが普段それが意識の上にはありませんので、学習によって掘り出す必要があります。
教育の目的は、本来一人ひとりの持っている個性的な能力や資質を育てていくことです。点数によって他人と比較して仕分けすることではありません。それにも関わらず、これまで学校では、学習は生徒が行い、評価は教師が行ってきました。テストの点数で理解度が高いかどうかによって仕分けして、人全体の評価としてきました。こうなると生徒は評価の基準に合わせて学ようになってしまいます。正解の数だけを目指すようになります。
このやり方では人の持っている本当の力を見つけて、それを育てることはできません。記憶力の良い生徒や先生の教えに忠実な生徒は自動的に評価が高くなります。受け身で評価された生徒は、社会で本当に自分の覚えたことを活用できるでしょうか。
ICEの授業は学習と評価が一体化しているので質的な評価しかしません。
学びの結果、自分自身が承諾したことは、その人にしかわからないことです。新しい自分の発見でもあります。学びとは自分の能力の成長を確かめるものとも言えます。その成長とは能力の伸長だけをめざすものではありません。学ぶものが、学びを通して他者と作用しあい、価値を作り出し、共有するということが重要なのです。これを達成するためには、「モチベーション」「直感」「ビジョン」「洞察力」 が必要です。ICEには全てが含まれています。(柞磨昭孝)
2.経営についての緒言
「経営者のためのICE」を考えるに当たって、経営者は何を考えているかについて基本的なことを少しだけ述べたいと思います。
マイクロソフトの会長、サティア・ナデラは、経営者が一番に考えなくてはいけないのは、「自分の会社が、社会に本当に必要とされているかどうか?」ということを常に自問することと言います。そのために「Know it all(すべて知っています)」から「Learn itall(常に学び続けます)」という姿勢に変わるにはどうすればいいのか、を考えなければならない。」変化する社会を学び続けるという意識改革と実際にlearningし続けることが基本であるという考えです。
経営者は誰も、自分が創業あるいは承継した事業への熱い思いを、理念やビジョンとを持っています。それを実現するための事業プランを作っています。その基本は経営資源の三要素、ヒト・モノ(コト)・カネの獲得と運用です。
『ヒト』:
創業経営者、創業経営チームには、創業時に共有した理念やビジョンがあります。最初の合意が不十分だと、後でトラブルになることがよく起こります。また、これを掲げているだけで普段は意識した行動につながっていないことがあります。ICEでは『ひろがり』(E)に相当するところです。「なぜ学ぶのか?」という問いを発するところです。MSの会長は、この答えを求めるために学び続ける必要があると言います。
『モノ(コト)』:
世界はデジタル社会になり、情報技術を扱ったビッグテックが国のGDPを超えるほどの企業規模になるなど、第四次産業革命は進化しています。世界のカネ余りで金融業界も大きな変革をしています。デザイン、仕組み、サービス事業(PaaS/SaaS /IaaS on PF)等という形態のサービス事業が増えて、世界ではモノ作りの産業は半導体など一部の分野を除いて劣勢です。こうした中で、中小企業や小規模経営は、現在の柱になっている事業を軸にして、シナジーのある新しい柱を作ることに日々努力しています。ICEでは、『つながり』(C)の発見に相当します。
『カネ』:
日本のベンチャー企業や中小企業を取り巻く金融支援環境は欧米と比べるととても貧弱です。日本の産業の基盤を支えている中小企業にはたくさんの知恵と意志とが有機的に生まれます。しかし、日本の金融支援の仕組みは民間に任せられていて、とても厳しい環境です。本来は資金の流動性を促す株式市場も機能を果たしていませんので未上場企業はカネの調達のために常にエネルギーを削がれます。国は、中小企業という呼称枠を2つに分ける提案をしています。新たに「中堅企業」という枠を作って、金融インフラを現在
のようなVC、金融機関等の金融資本だけに依存するのでなく、政府の支援強化も検討していますが、ほんの一部に過ぎません。日本の中小企業を支えるためには、産業資本を強化する必要があります。
中小企業の経営者は、ヒト・モノ・カネのあり様を、事業の発展に沿って再構築していかなければなりません。このことを考える上で、ICEは役に立ちます。
3.「経営者のためのICE」について
さて、ここからが「経営者のためのICE」の本題です。
「経営者のためのICE」を考えるために、『アイデア』(I)はIssues、『つながり』(C)はConnections、『ひろがり』(E)はExitsとするとわかりやすいかもしれません。
課題(issues)の設定と初期的検討です。『アイデア』(I)のフレームです。組織や事業など現在の経営課題に関わるテーマ、あるいはそのテーマを考えるための状況、事実、目標など、「わかる範囲で、気がついたことをできる限り掘り起こします。例えば、新しい事業の柱を作ることをテーマとした場合、現在の事業だけでは本当にダメなのか、新しい事業を起こすための経営資源の3要素はどうなっているか、社会環境や制度、新たなパートナーの可能性など、考えられることを全て書き出します。「それは何ですか?」などのWhatを中心にした問いは個々の知識を獲得することに役立ちます。『アイデア』(I)のフレームでは深い探究はしませんが、紡ぎ出す情報や言葉を丁寧に拾い出します。さらに、その言葉の持っている意味についても考えます。その言葉がどういうアウトプットにつながる可能性があるのかも考えます。
次のConnections(つながり)のフレームでは、アイデアで拾い出した現状分析と未来思考の要素に関しての『つながり』(C)の探求を行います。学校では。コンセプトマップやマインドマップというツールをよく使います。例えば、テーマを新しい収益事業の創出とすると、それを中心に置いて、そこから社会環境、自社の環境、ビジョンなどアイデア(I)で学習した情報の要素を結びつけていきます。この作業の中で、新しい価値づけを引き起こすための問い(『つながり』(C)を考えるための問いの構造、を参照ください)を重ねていきます。この探究を通じて、経営者は自分の潜在的な可能力を引き出していきます。
次項で詳しく説明します「ICEルーブリック」で、『つながり』(C)の活動目標を作るためにもコンセプトマップやマインドマップの活用は有効です。全体が俯瞰できます。
『つながり』では、見方や考え方を変えて、新しい探求をします。『アイデア』で導き出した関連付けが進むと、物事を深く掘り下げ、複雑なものの背後にあるものを作るメカニズムや原理を理解できるようになります。そのためには、What に関連して Why や How などの疑問詞を使い、物事の関係性を理解し、創り出すことが重要です。これまでは気がついていなかった新しい価値を見つけることができるようになります。
ここで大切なことは自我関与を高めることです。課題を「自分の願い」にまで高める必要があります。考えを発展させ、その先に「転」を持ち込むみ、深い洞察を促します。これは誰もが一定の訓練を経てできることです。(柞磨昭孝より)
Exits(出口)の『ひろがり』(E)ですが、ビジネスでは確立しているフレームです。目標実現のためのシナリオ、物語作りですので、事業計画書に全てが結集します。新たな収益の柱が会社全体をどう変えていくか、その時に会社があらためて社会に貢献できることを検討します。あるいは社会における自分たちの存在への承認を考えます。
もう一つの有効な方法を追記します。経営者は事業を起こす時の熱いビジョンがありますので、その事業の到達する姿を持っています。新たな収益事業の企画も同じですので、『ひろがり』(E)から始めて、『つながり』(C)『アイデア』(I)への逆に設計していく方法です。
『Super Extensionsという究極の広がり』、という言葉があります。広島の柞磨先生が開発しました。カナダを超えるICEと称されます。個々人の学びには、必ず究極の目標があるはずという考えです。社会でも同じで、経営者には必ず究極の目標があります。そこから逆に発想して、それでは今どうすべきかを考える方法です。
ここまででお気づきのように、「経営者のためのICE」は、経営者中心の学びといえます。
自分との対話を通じて、隠れた自分の能力を掘り出すことがICEによって可能となります。人は学びの主体となるとき、自尊感情を高め、自分の存在意義をより確かなものとすることができるのではないでしょうか。新たな自分を発見できることができます。
ICEを社内で共有すると、会社の経営のマインドセットが実現できます。
4.目標の設定、評価のための「経営者のためのICEルーブリック」について
ここでは、考え方や理論ではなく、ツールの要となる「ICEルーブリック(*)」の作り方や使い方について説明します。
(*)ルーブリックとは、学習の達成度を表を用いて測定する評価方法のことです。
ICEのそれぞれのフレームでの活動目標を記述します。これはテーマごとに必要です。例えば、現在の事業の収益改善、新たな事業の創出、組織改革、事業承継など。次の表は「経営者のためのICEルーブリック」に記述する事例です。この評価目標の作成は経営者だけでなく、社員やパートナーとも雑議を通して、あるいはコンセプトマップなどを活用して行います。ICEの各フレームの内容はどんなものも可能ですが、どれだけできたかという量的な目標は避けてください。あくまでも、できたか、できなかったかだけです。
「経営者のためのICEルーブリック」の動詞の活用
ICEの各フレームの目標や評価の基準を考える時に、「動詞」に注目する方法があります。アイデア(I)では、基礎的情報の収集や整理をするので、そうした動詞を思い浮かべます。つながり(C)では、つながりを探求する関係性、対比、推論、新たな定義づけなどの動詞が考えられます。ひろがり(E)では、計画、統合、提案などに関する動詞で記述できます。ICEで使う動詞が異なりますので、動詞をイメージすると記述する内容も自然に浮かんできます。
5.実践の全体フロー 全体工程についての手順です。
1.テーマの設定をします。
2.チームを作ります。経営者個人で行うこともできますが、社員やパートナーなど異論争論、協同ワークが良いと思います。この作業を通じて事業についての共有化ができます。
3.大日程、予算などの検討をします。本格的なものを始める前のプレ検討会も有効です。(世の中で言われているDXデジタルトランスフォーメーションはまさにこうした活動を言います。)
4.ここからが、ICEルーブリックの作成です。
5.『アイデア』(I)の活動、評価目標を企画します。
6.『つながり』(C)の活動、評価目標を作成します。
7.『ひろがり』(E)の活動を計画します。(E)から逆算設計することもあります。
8.(I)を実践して、その結果をレポートし、チームで評価を行います。できたことを考えます。
9.評価の結果も踏まえて、(C)の活動、評価目標を見直します。
10. (C)の活動を行い、結果を可視化してチームで共有します。
11. この時点で、(I)(C)での実践の結果、すなわち新しい価値が必ず生まれます。ゼロということは決してありません。
12. (C)からイノベーションのヒントが生まれますので、それを軸に新しい計画(経営資源の3要素を数値化したもの)を作ります。
13. 以下は、資源の調達を含めた実践ですので省略します。
おわりに
カナダの大学で開発されたICEは、カナダでは「経営者のためのICE」として民間企業など社会でも活用されています。『アイデア』(I)とは、事実、スキル、プロセスでのステップで、これまでは企業でこれをつなげて創造性のあるイノベーションにしていくための『つながり』(C)を教えていませんでした。マスターの手法や評価の方法が開発されていなかった為でもあります。『つながり』(C)ができないと、新事業や新しい開発などのイノベーションへの発展『ひろがり』(E)は期待できません。
最後に改めて「経営者のためのICE」の特徴を整理します。
(1) 経営者(とりわけ中小企業)は目前の仕事に絶えず追われていますので、事業を俯瞰して考える時間を作るのはなかなか大変です。どうしても対応しなくてはならない事態が起きる時まで動けないことは仕方ないことでもあります。
(2) しかし、その時に思いつくままに何をやるかを考えても、なかなかうまくいきません。学校教育と同じように、「どうやって物事を考えていけば良いのか」の方法や手順を身につけることが一番大切です。
(3) 経営者のためのICEは、学校教育での実績や評価を基に構築しています。学習では「インプット」「アウトプット」「アウトカム」の3つの成果出します。インプットは、生徒の学習努力です。アウトプットは、教師と生徒が結果として作成する成果物です。アウトカムは、インプットとアウトプットの結果として生じる、長期的で測定可能な学習成果です。経営に置き換えますと、経営者のリーダーシップに基づく企業の研鑽結果がインプット、アウトプットはその結果生まれる新しい価値創出です。『つながり』(C)の活動です。その結果『ひろがり』(E)の活動に繋げて企業の長期的発展や社会への貢献へのアウトカムへと成長していきます。
(4) 経営資源の3要素を軸にした活動状況の整理、ビジョンの復唱、未来へのチェンジなどについて可視化できる「実践と評価」が一体化したもの、BS、P/Lのように手元に置いて、日々の事業活動の支援となるのが「経営者のためのICE」およびICEルーブリックです。
(5) 評価を達成率(点数)ではなく、質で評価することに大きな意味があります。
(6) ICEルーブリックは経営者が社員、パートナー、さらには社会と共有化できます。
(7) 金融機関など外部の評価を得るため、実践のプロセスをエビデンスとして活用できます。
(8) 「経営者のためのICE」」は実践の方法だけではなく、経営者の哲学が表象されますので、社会に承認してもらうためのプロモーションとなります。
中小企業の経営者がDXをより意味あるものにするために、本当に必要なものは何かを考えました。これまで10年間研究してきたICEモデルが役に立つのではないかと考えました。同じ発想に立つ(一社)日本イノベーションマネージャー協会と相談し、「経営者のためのICE」を公開することを考えています。