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わたしたちの結婚#43/結婚の挨拶と天使の歓迎


仕立ての良い空色のワンピースに、白いロングカーディガンという装いで、私は車からそっと降りた。

このワンピースは、夫からプロポーズを受ける時に、母が買ってくれたものだ。

母の想いが、私に自信を与えてくれる。


「行こう」

夫は優しい声で私を導き、夫の実家の玄関のベルを鳴らした。

「普段は呼び鈴なんて鳴らさないんだけど、今日は鳴らした方が両親もあわてないだろうから」

照れくさそうな夫のセリフが終わらないうちに、玄関がパッと開いた。

夫のお父さんとお母さんが嬉しそうに、でも少し緊張した面持ちで出迎えてくれた。

「どうぞ、いらっしゃい」


客間に通されると、そこには敷地内の隣家に暮らす夫のお兄さん一家が揃ってくれていた。

パタパタ、と4歳の夫の姪っ子が楽しげに走り回る。

目がくりくりした、可愛らしい女の子。

おずおずと入室した私を見つけると、真っ直ぐ私のところに走り寄り、手を広げ、きゅっと私を抱きしめてくれた。

「えへへ」

小さな体で、私を見上げる。
その笑顔は、はち切れんばかりに嬉しそうだった。


正直、ものすごく驚いた。

私は自身が末っ子であることや、親戚に幼子がいないこともあり、小さい子に慣れていなかった。

小さな子どもは、幼いというだけでこんなにも無邪気なのか、という問いは、すぐに自分の頭の中で打ち消された。

私は、どんなに古い記憶を辿ったって、親戚に抱きつこうなんて思い付いたことは一度もなかった。

むしろ、親戚の大人たちというのは、私にとって常に警戒しなくてはならない存在だった。

おじ、おばという生き物は、自身の子、つまり私のいとこたちと常に私たち兄弟を比較しては、揚げ足を取ろうとしているように思えたし、

学業成績から所有物にいたるまで、さりげなく、けれど声高に自慢話をする人たちだった。

“すごいですね”  “さすがですね”

その台詞をいつだって要求されているような気がしていたし、実際、曖昧な愛想笑いとその取ってつけたような褒め言葉で、その場を取り繕ってきた。


私は、自分の親に対してすら、こんなに無邪気に甘えようと思ったことはなかった。

大人はいつだって勝手な尺度で私を評価し、批評し、しつけという大義名分で心ない言葉を浴びせてくる存在だった。

でも、この子にとっては違うんだ。

おじさんの奥さんになる人が来るよ、と言われてお部屋で待っていて、その人が現れた瞬間に嬉しくて抱きついてしまうほどの美しい心の持ち主なのだ。

腕を振り解かれるかもしれない、嫌な顔をされるかもしれない、怒られるかもしれない、そんなネガティブな未来は浮かびもしないで、ただ、大好きな人の大好きな人を純粋な歓迎の気持ちで抱きしめてくれているのだ。

その純粋さに、強烈に胸を打たれた。

嬉しくて、照れくさそうな微笑みを受けて、私も精一杯の笑顔を返した。

たぶん、不器用な顔になっていただろう。
子どもに慣れていないことはバレバレだ。

「ほら、こっちに座ってね。困らせちゃだめよ」

お義姉さんが声をかけ、姪っ子は素直にパタパタと走って、ママの隣にちょこんと座った。

座ったと思いきや、すぐに立ち上がって、お義父さんの膝の上にのり、ケラケラ笑った。

その可愛らしい一挙手一投足で、一気に場が和む。

夫も、目尻が下がりきった満面の笑顔で姪っ子に声をかける。

“幸せ”がそこにあるような気がした。


こんなにも絵に描いたような幸せな家族が存在するのか、と私は目をパチクリした。


お義母さんが、コーヒーを運んできてくれたのを合図に、おもむろにみんな着席し、夫が私を紹介した。

そのあと、私からも簡単な自己紹介をした。

続いて、お義兄さんが、自身の家族の紹介をしてくれた。

みんなの名前がわかったところで、用意されたクッキーを食べ、コーヒーを啜った。


大人たちの空気が和んだのを察したのか、また姪っ子が走り出して、今度は夫のところにやってきた。

夫が嬉しそうに手のひらを差し出すと、そこに彼女の渾身の力を込めてパンチした。

「力が強くなったね!すごいね!」

夫が褒める。

また姪っ子がパンチする。
姪っ子は嬉しそうにきゃっきゃと声をあげる。


姪っ子の下がった優しい目尻は、夫のそれととてもよく似ていて、お義父さんも、お義兄さんも同じ目尻を持っていた。

大人は上手に表情も、言葉も取り繕うことが出来るけれど、子どもはそうはいかない。

お利口さんにしていたとしても、子どもの持つ緊張感は隠せないものだ。

姪っ子が無邪気で素直なのは、この子の元々の気質もあるだろうけれども、普段のこの家族の接し方が愛情深いからだろう。

大人同士の付き合いはわからないけれど、少なくとも、この家族は、子どもを子どもらしくいられるような配慮のできる人たちで構成されているのだと感じた。

夫を育てた人たちだから、どんな人たちでも大丈夫、信じようと思っていたけれど、想像以上にあたたかい人柄の人たちだった。


この人たちと家族になりたい。

心からそう思った。



このまま結婚しても大丈夫だろうか。
本当にこの人でいいのだろうか。

私は何か、大変なことを見落としてないだろうか。
夫は私にいい面ばかり見せているのではないだろうか。

実は、そんな不安が、心の片隅に少しあった。
夫に落ち度があったわけではない。
自分に自信がないゆえの、自分の判断に対する不安だった。

けれど、姪っ子のハグと、はち切れんばかりの笑顔が、私の不安を吹き飛ばした。



ただ、夫と明日も明後日も一緒にいたかった。
その気持ちひとつで、結婚の約束をした。

けれど、私はこの時はじめて、結婚することを具体的に意識した。

大切な家族が、こんなに増えるんだ。

それが、たまらなく嬉しかった。




ロン204.




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