わたしたちの結婚#9/お気に入りの和食屋さんと幸せな時間
とびきりお気に入りのお店を教えるのは、ちょっと緊張する。
その気持ちをわかってくれる人はきっといるはず。
自分の好きなものを、好きな人に否定されることが辛いなんて、こんなに大人になったのに子ども染みているけれど、大人の心は思うほど器用じゃないから。
クラフトマーケットを見終えた私たちは、私のお気に入りの和食屋さんに向かった。
入り口には小さな看板が出ているものの、ぱっと見ただけではそこがお店だと気が付かないような、そんなお店。
からり、と引き戸を開けると、小さなたたきがあって、そこで靴を脱いで座敷にあがる。
細長い作りの空間に、長いカウンターがあり、元気な板前さんが、笑顔で迎えてくれた。
光の差す方に顔を向けると、そこには小さな坪庭があって、苔むした緑が美しい。
私たちはカウンターに腰掛け、ドリンクを選び、予約しておいた和食のコースを楽しんだ。
夫は板前さんと楽しげに会話をしながら食事をすすめた。
なるほど、社交的な人間というのは、こうして知識が身についていくのか。などと妙に感心してしまった。
田舎の次男として生まれ、しきたり通り家を長男に任せて街に就職した夫は、ひとり、こうしていろんな人に優しく話しかけながら生き抜いてきたのだろう。
夫は私のお気に入りの和食屋さんをとても気に入ってくれたみたいだった。
上品な縁高に季節のお料理が色とりどりに並ぶ。
隅々までこだわられた繊細な味付けに舌鼓を打つ。
名物の豚の角煮は和がらしがぴったりで、ほろほろと口の中で溶けるお肉に心もほどける。
「ロンさんのセンスが良すぎて、次回からのお店選びのハードルが上がってしまいましたよ」
なんて上手に私を持ち上げてくれる。
私もお気に入りを褒められてまんざらでもなくて。
もし、私の好きなものを好きじゃなかったらどうしようなんて、そんな心配が杞憂だったことが心から嬉しかった。
そして、好きなものを共有できることの喜びは、驚くほど私にパワーをくれた。
順調にお酒が進んだ夫は、いつになく陽気で、
「もう少し長い時間一緒にいられたら、と思っているんです」
と少し照れた様子で言った。
私は嬉しかったけれど、夫が照れていることにつられて、照れて何も言えないまま、ただ頷いた。
「今度は少し遠出して、日帰りでドライブに行くのはどうでしょう」
夫はうどんの美味しい県に行こうと誘ってくれた。
私は、とてもそんな遠くまで日帰りで行くイメージがなかったので、驚いた。
「日帰りで行けるでしょうか」
「朝早く出れば大丈夫ですよ。とても美味しいうどん屋さんがあるんです」
「うどん屋さんをハシゴして、たくさん食べましょう。本当に美味しいんですから」
また、楽しみな週末が出来た。
美味しい食事を楽しみながら、次のデートプランを考える。そんな幸せが当たり前みたいにそこにあった。
幸せになりたい。
そんな漠然とした思いで婚活をはじめてひと月が過ぎていた。
ロン204.