わたしたちの結婚#23/庭のバラと育てる理由
庭のバラが見頃だった。
母は満足そうに見つめた。
「どうしてバラを育てようと思ったの?もともとバラが好きだったの?」
私はこれまで不思議に思っていたことを聞いた。
我が家の庭は、それはそれは古めかしい和風の庭で、松や紅葉が主役だった。
その庭の真ん中に、たくさんの鉢植えでバラが丁寧に育てられている。
和風な庭にバラが調和しているとは、なかなか言い難かった。
「好きじゃなかったわ。バラなんて、育て方も知らなかったもの」
母はさらりと言った。
「じゃあどうして」
「お父さんが買ってきたの。お父さんはバラが好きなんだわ」
慈しむようにバラを見ながら、母は言った。
縁側でぼんやりしていた父のそばに行き、バラの話をした。
「あのバラ、お父さんが買ってきたんだって?」
「そうだよ」
「なんでまた。そんな柄でもないのに」
「出張でバラ園に行くことがあって、奥さんに買って帰られてはどうですかと言われたんだ。女性はみんなバラが好きだからって。買って帰ってみたら、母さんは熱心にバラを育てているようだから、好きなんだろう」
父は、自分の手柄を自慢するかのように誇らしげに語った。
なんともふたりらしい距離感だと思った。
結婚すべき時代だったから結婚したふたりだ。
出会いは親の手配したお見合い。
可もなく不可もない相手と、親のすすめに応じる形で結ばれた。
どこが好きだとか、どこが気が合うとかそんな概念はふたりの間には存在しない。
お互いを深く知るよりも前に子供を授かり、懸命に育てた。そんなふたりだ。
ふたりは、決して自分の好みではない花を、お互いのために大切にしていた。ふたりの想いが通い合っていないことが、むしろ美しかった。
「もうすぐいらっしゃるわね。駅まで迎えに行っていらっしゃい」
母が私を促した。
私は頷き、靴を履いて外に出た。
庭の美しいバラを眺める。
つぼみが次々と天を仰ぎ、レースのような繊細な花びらが鮮やかに開いている。
愛と美の象徴に相応しい、優雅な姿だ。
情熱的な異国の愛の花に、私の両親のささやかな思いやりが、なんとも似合わないと苦笑した。
もうすぐ夫が到着する。
この優しい人たちと、きっと打ち解けられるだろう。
あたたかい風が吹いていて、空は青かった。
夫を待つ時間が、愛おしかった。
ロン204.
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