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わたしたちの結婚/居酒屋デートと結婚の条件


急な階段をのぼると、吹き抜けの隅に作られた小部屋があった。
小部屋からは、階下が覗けるようになっていた。

賑やかな会話が聞こえてくる。
居酒屋で人が飲んでいる様子を上から眺めるのは初めてで、新鮮だった。
向こうからは私たちは見えない。
けれど、私たちは賑やかな彼らが見える。
なんとなく、子ども心が刺激され、まるで秘密基地に来たみたいなワクワクを感じた。

まるで、ジブリのワンシーンみたいだ。


階下から視線を戻し、二人、丸いちゃぶ台に向かい合って座る。


夫と私、はじめてのデートは仕事帰りの居酒屋だった。


婚活でお見合いし、2人がまた会いたいと思った場合、私たちの参加していた婚活界のルールでは、男性が女性に電話をかけてデートに誘う。

その電話で2人はLINEを交換し、晴れて一緒にご飯を食べたり、出掛けたりするお友達期間に入るのだ。


大人になってから久しぶりに出来た友人を前に、私は楽しい気持ちになった。

私たちは旅の話や、仕事の話、地元の話をたわいなく続けた。

夫は最後のひと切れや、ひとかけらを必ず私にくれる人だった。

「どうぞ」

「いえいえどうぞ」

何度か遠慮するものの、最後は全部私が食べることになった。
それを満足そうに夫は見ていた。

「どうぞ(とは言ってるけど相手が譲ってくれたら食べよう)」

というのが一般的な「どうぞ」だと思っていた私は、夫の差し出す力のようなものに驚いた。




夫は話すことも、聞くこともとても上手だった。


自分語りを押しつけてくる人をたくさん見てきた。

逆に、自己開示ゼロパーセントでインタビューみたいに情報ばかり欲しがる自称聞き上手にも何回も出くわした。

男の人ってそんなもん。共感しあって、テンポよく楽しくおしゃべりできるのは女同士の特権なんだ。そんな風に諦めたりもしていた。


夫との会話の中で、そんな私のなかの「ひねくれ」がゆっくりと解けていくのが心地よかった。

この人と、ずっとお喋りしていたい。


たまにいたずらっ子みたいに笑いながら挟むユーモアも、真面目な表情で話す仕事のことも、目を細めて愛おしそうに話す家族のことも、ずっとずっと聞いていたいと思った。


あっという間に夜が更けた。


お見合い前は、結婚の条件、というものを頭で考えたりしていたけれど、


心地の良いお喋り、それ以上に必要なものなんてあるんだろうか。



(のちになって、山ほどあることに気付くけれど)



その夜、帰り道、私は新しい友達を心地よく受け入れていた。




ロン204.

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