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わたしたちの結婚#10/早起きとドライブ



はじめてのドライブデート。


これまではブラウスにスカートかきれいめのワンピースという婚活御用達の服を着ていたけれど、今回はもう少しカジュアルな方がいいかな。


クローゼットを引っ掻き回しても、小綺麗に見えるカジュアルな服なんて出てこなかった。

大学生の頃のお気に入りの服を着てみて、その似合わなさにぎょっとする。


慌ててアウトレットに行って、あーでもない、こーでもないと思い悩みながら「アーバンリサーチ」という若者に人気があるらしいカジュアルなお店でシンプルなパーカーを買った。

夫はドライブがてら山に散策に行くというので、コロンビアでトレッキングシューズを買った。

お店のお兄さんに紐の結び方を教えてもらう。

旅の支度は楽しくて、新しいパーカーとトレッキングシューズを何度も眺めながら週末を待った。


いつもの駅に7時で。

日帰り旅行の日、さすがに集合は早かった。

いつも夫と待ち合わせをしていた駅は、私の家から1時間かかるところだったので、私は5時に起きてデートに向かった。


夫はいつもの車で待っていてくれた。

「晴れましたね」

夫は嬉しそうに言った。


まだ空いている道をスイスイ走る。


ドライブというのはおしゃべりにもってこいで、私たちはこれまでよりも少し、立ち入った自分自身の話をした。


学生時代にはまったものや、頑張ったこと、ちょっとした失敗談。お互いの人生を紹介し合った。

私も夫も全国転勤だったから、数年前に偶然同じ県にいたこともわかった。

縁とは不思議なものだ。

私は当時の自分が当時の夫と出会ったとしたら、という意味のない想像を膨らませた。

無我夢中で働いていて、余裕のなかったあの頃、穏やかな夫の優しさに気付くことはなかっただろうと思った。

昔話をしていると、夫もその当時は猛烈に働いていて、コンディションも最悪だったと笑った。誰かを大切にできる余力がなかった頃です、とも付け足した。

私たちはお互いの窮地をそれぞれ乗り越えて、今、同じ車で同じ方向に進んでいた。


「そろそろ、話し方を変えませんか」

穏やかに夫が切り出した。

夫の中で十分な時が満ちたのか、先日私がした提案を、今度は夫がしてくれた。

私はてっきり、もっと先になると思っていたので、目をぱちくりした。

「はい。そうしましょう」

私は同意した。

「呼び方はどうしましょうか。ロンさんはなにか愛称はありますか」

「うーん、特にないんです。名前を呼び捨てか、名前にちゃん付けで呼んでもらうことが多いですね」

「ロンちゃん」

夫がそう呼んだ。

私はなんとなく、自分が小さい女の子になってしまったみたいで嫌だった。

夫とは対等でいたかった。
そんな瑞々しい意地が、あの頃にはまだあった。

「できればこれまで通り、ロンさんと呼んでくれませんか」

夫は一瞬首を傾げたけれど、特に理由も聞かずに、「そうしようか」と言った。

夫が丁寧語をやめたので、私も
「私はどう呼べばいいかな」
と言った。

夫は身内からの愛称である、「こんちゃん」と呼んでほしいと言った。

「姪っ子や甥っ子がそう呼んでくれるんだ」

目を細めて嬉しそうに笑う。

年上の男性をちゃん付けで呼ぶのは一瞬憚られたけれど、私たちはお互いの年齢差を埋めるように、お互いを「ロンさん」「こんちゃん」と呼ぶことにした。



言葉の変化は私たちの距離を一気に詰めてくれた。

まるで旧来の友人のように私たちはくつろいだ時間を過ごした。



朝の道を軽快に車は進んだ。
窓から見える景色がどんどん後ろへ運ばれていく。

早起きして、車を走らせればこんなに遠くまで来られるのかと驚いた。

こんなに、自分を取り巻く景色を変えることができるのかと。


つまらない日常の景色を作り出していたのは、私だったのかと、そんなことをふと思った。





ロン204.






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