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わたしたちの結婚#20/プロポーズとティータイム
白い大きなお皿に、一口サイズのサンドイッチ、パイ、タルトが乗っていた。どれも繊細で、食べてしまうのがもったいないくらいだった。
アフタヌーンティーのはずなのに、まず始めに白い大皿がサーブされたことに少し驚いた。
少し戸惑いながらも、サンドイッチに手を伸ばす。
そんな少しの驚きを楽しむように、直後に立派な3段のいかにもアフタヌーンティーというセットが運ばれてきた。
一口サイズのケーキが4種類、さらにスコーンにマフィン。幸せとトキメキを具現化したような存在がそこに並んでいた。
銀色のティーポットウォーマーのうえに白磁のティーポットが置かれ、私たちがここでゆっくりと過ごしてもよいことを示していた。
私のイメージしていた、高級さというのは、「たくさんあって」「派手である」ことだった。
けれど、実際の高級さは、余白の美しさだと目の当たりにした。
華美なものは一つもなく、それでいて手が抜かれているものも一つもなかった。
テーブルウェアは白とシルバーで統一され、焦茶色の木製テーブルに映えていた。
口に運ぶと、ふわっとした食感と、その小さなひと口に、こんなに多彩な味が詰まっていたのかと驚く。
美味しくて、もう少し味わいたいと思う頃にはなくなってしまう一抹の寂しさ。寂しさの余韻にしばらく浸ってもいいし、すぐに次のひと口に手を伸ばしてもいい。そして、次のひと口もまた、新鮮な驚きと彩りが私たちを楽しませてくれる。
同じ一口はひとつもないという贅沢を思う存分楽しんだ。
美味しい食事というのは、人の肩の力を抜く。
自然と口もとがほころんで、それを共有した人とは、不思議と距離が縮まるものだ。
私もすっかり緊張が解け、可愛いと美味しいを連発した。そんな私を夫は満足そうに見ていた。
視線に気がついた時、私もなんとなく食事をやめて手を膝に置いた。
数秒見つめ合った。
いつもなら、目が合うと気恥ずかしくて、すぐどちらかがくしゃくしゃの笑顔で笑ってしまう。
けれど、この時はふたり、真剣な表情で見つめ合った。
次に夫が発する言葉が、私たちの関係性を大いに変えることを私も理解していた。
夫はおもむろに小さな小箱を取り出して、テーブルの上に置いた。
「これからずっと一緒に生きていこう。家族として、お互いがお互いの一番そばで。」
「ぜひ、そうしたい、私も」
夫は真面目な表情を緩め、優しく微笑んだ。
藍色のリボンのついた箱を私の手のひらに載せて、
「お誕生日おめでとう」
と言った。
心の中で、ここは「結婚しよう」とキメるところでは?とちょっとずっこけたのは内緒のお話。
「あけてごらん」
夫に促されて、私はするりとリボンを外し、箱を開け、ふたりで選んだキラキラと輝くダイヤモンドのネックレスを見つめた。
夫は立ち上がり、私の後ろに回って、私の首にネックレスを付けた。
「お姫様みたいだね」
私はくすぐったくなるような気持ちではにかんだ。
幸せだと思った。
これまで掴みどころのなかった、幸せという概念の輪郭を、明確に理解できたような気がした。
のんびりお茶を飲む。
うららかな春の日差しが眩しい。
さっきと何ひとつ変わっていないのに、ふたりをまとう空気が変わった気がした。
お腹がいっぱいになった。
とても幸福な満腹感だった。
そんな中、可愛らしいケーキが運ばれてきた。
Happy Birthdayの文字が踊る。
アフタヌーンティーセットにケーキが付いているのに、追加でバースデーケーキを注文していた夫に、ついつい笑ってしまった。
「こんなにケーキをたくさん食べる誕生日ははじめてだよ」
ケーキと記念撮影をしながら、夫に言った。
「生まれてきてくれてありがとう。今まで、生き抜いてきてくれてありがとう。自分と出会ってくれてありがとう。自分を選んでくれてありがとう」
夫は一言一言丁寧に私に伝えた。
ああ、好きだと思った。
この人の選ぶ言葉が、本当に好きだと思った。
今、この瞬間まで生きていることが、決して当たり前ではないことを、わかっている人であることに感動した。
話していないこれまでの私の人生に、平坦ではない部分があることを想像出来る人であることに安心した。
「ありがとう。これまでで一番幸せなお誕生日だよ」
心を込めてそう伝えた。
いつも使っている「ありがとう」の言葉を100倍に濃縮する方法があればいいのに。
そんな気持ちでいっぱいだった。
ロン204.