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わたしたちの結婚#42/心地良い朝日と夫婦の未来


朝、泊まっていたホテルの部屋に、柔らかな光が差し込んだ。

こんなにも朝日がきれいに差し込む部屋は、ここが初めてだった。

自然の光は、不思議と心を前向きにしてくれる。

新しい家族との対面の日である今日、緊張よりも楽しみな気持ちが勝ったのは、この明るい光のお陰だろう。

夫はまだ隣で寝ていて、寝顔を覗きこむと、安心しきった表情をしていた。

私はベッドから起き出し、例のシルバニアファミリーのお家みたいなバスルームで顔を洗い、部屋の大きな鏡の前に腰掛け、念入りに化粧をした。

「うーん」

後ろから、夫が伸びをする声が聞こえた。

「おはよう、もう起きてたの」
振り向くと、寝ぼけまなこで夫が私に声をかける。

「うん。目が覚めてしまって」

目が覚めたら、夫がいる。
目が覚めたら、私がいる。

二人にとって、そんな朝は先日の温泉旅行に続き、まだ二度目だった。


結婚する人とは、同棲とまではいかなくても、何度も共に朝を迎える経験をしているものだと思っていた。

けれど、実際に朝を一緒に迎えたのは今日で二度目であり、そして今日、夫の実家に挨拶に行くのだった。

よく考えると、この人は全然知らない人なのかもしれない。

ほんの数ヶ月前まで他人だった人の起きぬけの横顔を、まじまじと見た。

夫はスマホで時計を確認し、シャワーを浴びるためにバスルームに消えていった。

私はなんとなく手持ち無沙汰で、ベッドの布団をきれいに整え、ソファに座って庭を眺めた。


美しい日本庭園が朝日を浴びて、昨日より一層美しく見えた。

散歩をしている老夫婦が見える。

私たちも、あんな歳になるまで穏やかに添い遂げられるだろうか。

そんなことをぼんやり頭に浮かべた。

全然、想像出来なかった。

今日が、明日が、そんな遠い未来に繋がっているとは思えなかった。

どれだけの日々を積み重ねたら、あそこに辿り着けるんだろう。

今まで何も感じなかった人々の関係性の重みを急に感じる。

結婚している人たちというのは、私にとって日常の風景だった。

けれど、結婚している人たちというのは、つまり結婚し続けている人たちであって、結婚を継続する意思が、夫婦ふたりの間から消えることのなかった時間を積み重ねた人たちなのだ。

それってすごい。
そんなことに、今さら気が付く。

結婚さえすれば、積み重ねた未来が約束されるわけではない。

そんな当たり前のことを、なぜかこの時強く意識した。

夫は私と過ごす時間を、選び続けてくれるだろうか。


「そろそろ朝食を食べに行こう」

身支度が終わった夫に声をかけられて、私は慌てて神妙な表情を隠すように、笑顔で振り返った。

シャワーを浴びて、さっぱりした夫が笑顔で立っていた。

「何を見ていたの?」

「ほら、あそこのご夫婦。散歩されてる。時を重ねたら、あんな風に素敵な夫婦になりたいなって思って」

「そんな先のことを?」
夫は笑った。

「明日どんなことがしたいとか、来年何がしていたいとか、そういう近い未来のことを考えなよ。そうしたら、自然と遠くの未来は近づいてきてくれるんだから」

「今を夢中で生きていれば、いつの間にかあっという間に、僕らもあんな風にふたりで歩いていると思うよ」

夫は朗らかに言った。

私は、遠い未来を不確かなものだと不安に思っていたけれど、夫にとっての未来は、明日と繋がる地続きのものだった。



私たちは昨日の夕食と同じレストランで朝食を取った。

朝食は洋風のレストランに似合うシンプルな洋食で、フワフワのオムレツが美味しかった。

レストランも、客室同様陽の光で十分満たされていて、優雅な朝食をより引き立てていた。

「緊張してる?」

夫は少しからかうように、それでいて真剣な声色も滲ませながら、私に聞いた。

「ううん、緊張していない。自分でも意外なくらい、冷静でいられてる。むしろ、楽しみだなって」

「母親は少し神経質で、いらないことをあれこれ言うかもしれないけれど、気にしないで」

「父親は、こういう時になにか言うような人じゃないから、君の気に障るようなことはないと思うんだけど」


私よりも、むしろ夫の表情に緊張が滲んでいた。
確かに、私の両親に紹介した時の方が緊張したかもしれない。

自分の両親が何か変なことをしでかさないか、ということは、結構心配なものだ。

相手の家族が多少失礼なことを言ったって、笑って許す気持ちを持ち合わせているけれど、自分の両親が自分の決めた相手を傷つけたり、悪く言おうもんなら、それはとても辛いことだから。

「君なら大丈夫だよ。きっと自分の家族ともうまくやれる」

私に言っているようで、どこか、夫自身に言い聞かせるように言った。



朝食のあと、私たちは軽く庭を散歩し、ホテルの売店でお土産を買った。

チェックアウトを済ませると、ホテルマンがホテルの前で写真を撮ってくれた。

ふたりとも、すごく幸せそうな笑顔で写っていた。

今、楽しい。
今、幸せ。

その先に、私たちの未来があるといい。
そんな気持ちで写真を眺めた。



ロン204.

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