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わたしたちの結婚#35/深夜の旅立ちと優しいドライブ


私たちが暮らす家が決まった頃、夫が帰省に誘ってくれた。

「そろそろ世間も落ち着いてきたし、僕の実家に行ってみようか」

ご挨拶はもう少し先になるかと思っていたので、このお誘いはとても意外だった。そして、とても嬉しかった。


丁度月末にふたりが4連休を取れる週末があったので、3泊4日で旅行も兼ねて伺うことになった。

私は以前見せてもらった、夫のご家族の写真を思い出した。

夫と同じ優しい眼差しを持つお義父さんと、聡明そうなお義母さん。

緊張するイベントではあるけれど、大好きな夫を育んだ故郷とご家族にお会いするのが、素直に楽しみだった。



*


金曜日の深夜、夫が私の家の前にそっと車を停めた。

私は仕事から帰って、早めの夕飯とお風呂を済ませて待っていた。

夜に旅に出るなんて学生時代ぶりで、なんだかとてもワクワクした。

車の中で履く柔らかいスリッパや、首に当てる枕といった、旅ならではのアイテムは、旅への期待感をより膨らませてくれた。

「お待たせ」

夫はいつも通りの笑顔で私を迎えた。

「遅い時間にごめんね。ご両親はもう休まれたかな?ご挨拶はどうしよう?」

そんな相談を持ちかけてくれた時に、丁度私の両親が家の外に出てきた。

「よろしくお願いします」というようなことをペコペコお辞儀しながら夫に伝えた後、私には、「失礼のないようにね」と念を押した。

私は大丈夫と頷いて、助手席に乗り込んだ。
窓を開けて静かに手を振ると、車が走り出した。



夜の高速道路は空いていて、軽快に進んだ。

夜の運転は疲れやすいから苦手だと夫は言うけれど、助手席の私は夜の高速道路が結構好きだ。

流れていく風景がキラキラしているし、どことなく静かで、車内に流れる音楽が澄んで聴こえる。

出会った頃、車内には夫好みの歌詞のないリラックスした音楽が流れていたけれど、私が流行のポップスを適当に口ずさむことが好きだと悟ったからか、最近のヒットソングをランダムで流してくれるようになった。

夫のこういうさりげないホスピタリティは、いつも私を気付かぬうちに安心させてくれる。

決して押し付けがましいことをしないで、何も言わずに私に寄り添ってくれる姿勢は、大人だな、と素直に思うのだ。


走りはじめて少しした頃、夫は少し大きめのパーキングエリアに車を停めた。

「夜ごはんを食べてないんだ。何か食べてもいいかな」

もうすでにレストランは閉まっていたので、唯一空いていた吉野家の牛丼を買った。

私は夜ごはんを食べていたけれど、牛丼の匂いに釣られて、私の分も買った。

「せっかくの旅の一食目が、チェーンの牛丼でごめんね」

夫はそう言ったけれど、私は全然気にならなかった。

ガラガラのサービスエリア。
外の簡易なテーブルに温かい牛丼を並べて食べた。

いつも、夫が選んでくれるおしゃれなカフェやレストランで少し気取った食事ばかりしていたから、こうした生活感のある食事を一緒に出来るようになったことが、私にとっては嬉しかった。

家族みたい。

いつもより豪快に、遠慮なく牛丼をかき込む夫を見ながらそう思った。

それが嬉しくて、背徳感溢れる深夜のジャンクフードは、より美味しく感じられた。


車に乗ると、夫が優しく声を掛けてくれた。

「まだまだ遠いから、寝ておいて。僕はもう十分寝たから」

夫は今日は午後から半休を取って、夜の運転に備えて昼から寝ておいてくれたらしい。

夫はいつも、仕事の時間を上手に調整してくれる。私はそれがうまく出来なくて、ついつい人に良いように使われてしまうところがあるから、夫の管理能力を尊敬している。

今日だって、私も午後半休を取れれば、昼に出発出来たのだ。でも、連休前にさらに休みを取るなんて、とても上司に言い出せなくて、今回のプランになった。

そんな私を責めることなく、いつも私の状況に寄り添って動いてくれる夫に心から感謝した。


私は夫の勧め通り、助手席でうとうとと眠った。

私がまどろみ始めると、夫はカーステレオの音量を下げてくれた。

静かな時間が心地よかった。

私にとっての新しい故郷へ向かう旅がはじまった。



ロン204.

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