新たな仲間に勧める3冊

 私立大学の入試の結果が出つつあるようです.本日,こんなご質問をいただきました.

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 ぼくは職業数学者ではないですし,好きな分野だけを好きなようにやって好きなように喋って書いているだけで,つまりかなり興味の対象は狭いのです.そのくせ専門分野に限れば多少は腕に覚えもあるもので,ぼくがおもしろいと感じることをそのままお伝えしてもそんなに伝わらない気がします.

 そこで「モチベ上がるよ!」というポイントに絞って,ぼくが読んで数学のおもしろさを感じられた書籍を3冊ほどおすすめしたいと思います.3冊にしたのは,ちょうどこのタグを見たからですね.

1.アイグナー&ツィーグラー「天書の証明」

 1冊目はアイグナー&ツィーグラー「天書の証明」です.原題は “Proofs from THE BOOK” と言います.このタイトルには少し説明が必要かもしれません.

Paul Erdős という天才数学者がいました.大学には所属せず,「君の頭は営業中かね?」と全世界にいる共同研究者たちを訪ね,猛烈な共同研究をして一区切りがつくとまた次の共同研究者のもとへ,というスタイルで生涯を送りました.生涯で,500人以上の共著者と約1500本の論文を書いたと言われています.

 その Erdős がよく言及していたのが THE BOOK でした."THE" と定冠詞なのがポイントで,古今東西ありとあらゆる定理の素晴らしい証明が記されている本とされています.もちろん実在はしませんが,この THE BOOK に載るような証明を与えたいと思うのです.

 この本は(もちろん完全なものではないにせよ)現在人類が得ている中で THE BOOK に掲載されていると思われる証明を集めようと編纂されたものです.数論,代数,幾何,解析,組合せ論と多岐にわたる中から,素晴らしい証明がずらりと揃えられています.

 ぼくも数学科の前半でこの本を求め,それ以来折に触れては読み返しています.ぼく自身,興味がわかない部分は読み飛ばしたりもしており,全部理解できているわけではないのですが,それでも見返すたびに圧倒され嘆息するのです.

 数学科に進学なさる方なら,ぜひ手元に置いていただきたい1冊です.学びを進めることで,わからなかった部分が理解できたり,証明が追えた部分でも一層理解が深まるのを体感できます.自分の数学の世界の広がりを長きにわたって体感できる書籍になることでしょう.

2.黒川信重・小山信也「ABC予想入門」

 ABC予想といえば,最近,京都大学の望月新一教授による解決論文が査読を通過したことで話題になりました.望月教授は宇宙際タイヒミューラー理論を数百ページをかけて建設し,その高く大きな架け橋から手を伸ばしてABC予想を掴み取ったのです.

 本書は,この望月教授の偉業もさることながら,ABC予想が提出されたきっかけや歴史から始まり,Fermat予想(解決済み)やRiemann仮説(こちらは未解決)などの数論の重要問題との関係を説き,多項式版ABC予想との対比からなぜ宇宙際タイヒミュラー理論という大理論を打ち立てる必要があったのかという疑問にまで答えようとします.

 前提とされている数学のレベルはあまり高くありません.可換環の初歩と整数環・多項式環の知識が少しあれば充分でしょう.宇宙際タイヒミュラー理論自体には立ち入れませんが,そこまでたどり着きたいと好奇心を刺激される1冊です.

 2冊めは元タグに倣って新書で……と思ったのですが,現在はAmazonでも普通に入手することはできないようです.幸い Kindle Unlimited に収録されているので,ご登録の方は無料で読めます.

3.佐藤文広「数学ビギナーズマニュアル」

 3冊めには「数学ビギナーズマニュアル」を推したいと思います.特にこれから数学科に進もうという方ならご覧いただいて損はないでしょう.

 どの業界でもあることだと思いますが,数学もご多分にもれず,学んでいるとちょっとした業界用語や方言に引っかかることがあります.例えば「定理」「命題」「補題」「系」「事実」をどう使い分けるか説明できるでしょうか?「簡単のため(For Simplicity)」というのはどういう意味でしょうか? 他では見られない謎の英単語 iff とは何でしょうか?

 本書は,このような「数学科で学ぶときのちょっとした言葉遣いや作法」について解説した本です.数学の内容というよりは数学の学び方についての本という感じなのですが,ちょっとしているがゆえにわざわざ教えてもらう機会があまりないものばかりで,類書もほとんど例を知りません.読み物としても充分におもしろいと思いますので,大学入学前に是非どうぞ.

最後に手前味噌

 最後に,手前味噌ながら数学日誌 in YouTubeをおすすめしておきます.大学での数学に興味がある方に向けて,はじめての可換環シリーズを毎週日曜日にお届けしております.現在は,大学の数学でよく使う考え方を盛り込んで整数の性質を観察しています.下記が第1回です.こちらも合わせて是非どうぞ.

 そんなわけで,今日は3冊(+手前味噌)をご紹介しました.もちろん,他にもおすすめしたい本はたくさんあるのですが,新しい場所で新しく学ぶ人たちに期待して,今宵はここまでといたしましょう.


Twitter数学系bot「可換環論bot」中の人。こちらでは数学テキスト集『数学日誌in note』と雑記帳『畏れながら申し上げます』の2本立てです。