アスリートと母の共通点
夫から送られてきたコラムを読んで
生きるとはを自分なりに考えた。
アスリートと母という生き物は似ているなあ、と。
自己責任のもと走るアスリートと、自己責任のもと子育てする母。
一律にアスリートという型にはめられること。
一律に母という型にはめられること。
母になったところで根は変わらないし(オタク腐女子でズボラ)アスリートと同じく、それ以前にただの人間なのだ
でももう母じゃない人間には戻れないので、この自分で生きていくしか無いのだ。
母という役割を果たし切る日まで母として生き、
同時に
ただの人間(役割や肩書きなどのレンズを通さず)として
話をすることができる環境や人の場を増やしていくのが生きることかなぁ
などと母親らしき生物が供述しております。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?