ベンダからみたコンピュータ西暦2000年問題と1999年当時の企業法務
1999年といえば、コンピュータ西暦2000年対応のゴールも見えはじめて、今度は2000年問題の未対応や対応漏れによる誤処理が原因となって発生した損害をどこまで開発ベンダが負うべきなのか、法的問題やY2K訴訟への関心がにわかに高まってきた時期でした。
当時は、誤解を怖れずに言えば、契約書を交わすより先に開発がはじまるようなことは日常茶飯事で口頭の契約が先行したりします。しかも、契約書の内容はいかなる取引でも同じまま、モデル契約のまま使うことも多く、もしくはユーザー企業の用意する契約書にサインするだけという例も少なくないと聞いておりました。ビジネスの力関係のまま、いわばセレモニーとしての契約書が交わされる。その代わり(?)なんらかのトラブルがあっても訴訟沙汰になることはなく、それは次の取引において、貸し借り関係として塩梅良く精算される。良く言えば柔軟な商慣習的なもので問題解決されてきたということになります。
今と違ってメーカーやシンクタンク以外で法務部門を持っているITサービス事業者はなく、当然ながらインハウス弁護士がいる会社は非常に希で、IBMと富士通と野村総研しか知りませんでした。契約交渉を法学部出身者が担当することも少なく、多くはSEもしくはSEから管理部門に異動した者らが担当していたように思います。
要するに、各社に法務スキルがある人材がいない中で、契約書が必ずしも取引の実態を反映したものではなく、基本仕様書の整備も怪しく、仕様変更は何度も続き、その変更記録には漏れがあり、議事録なども杜撰なままで、さらには、既に終えた取引の一件書類が散逸し、ベンダー・ユーザーどちらに開発書類の管理責任があるのかの取り決めもないという事例が山のようにあったと思われます。
そこに2000年問題が入ってきたわけです。ITサービス取引に関する商取引法(特別法)もなく、商慣習法も判然とせず、裁判例もまだまだ少なく、頼りの契約書もあの通りで、問題はいきなり私法の一般法である民法に落ちてくるということになりますが、その実、そこには十分なルールが用意されておらず、ITサービス契約のデフォルトルールは不完全であるという印象を抱きながら当時はどこに拠り所をもっていけばいいのか途方に暮れておりました。最後は条理の問題になるのでしょうが。それを根拠に関係者が納得するのかどうか。
実際、契約の性質を決定をしたところで、請負か委任、そして有償契約の一般法である売買の問題ということになりますが、それらの条項で救えるところにも限界がありました。それに請負の判例の多くは請負建築事例でした。ゼネコンの責任にITベンダーが寄せられるようでは、ベンダーとユーザーの共同作業の割合が多いITサービス契約では大きくバランスを失する結果になるだろうと思っていました。
ちょうどその頃は、米国でもUniform Computer Information Transactions Act(UCITA)の議論がはじまっていると伝わってきていて、その後の Uniform Commercial Code (米国統一商事法典)2Bに向かっていく時期でもありました。
Y2K訴訟への対応を考えながら、民法の請負、委任ではないITサービス契約の典型契約を新たに立法化することの必要性を内心感じて、折に触れて主張してみたりしましたが、具体的にどのような条項を用意すべきか、腹案があるわけでもなくまったくもって説得力に欠けるものでした。
したがって、まずは適正な商慣習(法)を確立することが重要であり、そのためにもモデル契約の整備していくべきだろうと建築業界の四会連合約款などを横目でみながら、ベンダー側のモデル契約の整備と内容の充実に努めようと取り組んでおりました。
それがJISAの情報システム開発モデル契約であり、アウトソーシングサービスモデル契約であり、バリューベースド型アウトソーシング取引契約の研究であり、その後の『新しいソフトウェア開発委託取引の契約と実務』商事法務(2002)という書籍でした。
しかし、これらはいずれも一方当事者側の提案に過ぎず、ユーザ団体との協議なくして適正な商慣習は望むべくもなかったわけです。このことは、Y2Kはもとより、みずほ銀行、東証などのシステムダウンの事件などに接することによって、だんだんと世の中に認識され、その後の経済産業省を中心としてJEITA、JISA、JUAS等が集ってのモデル契約等の整備につながります。(その前に私は、ベンダー団体を離れてISPに移っておりましたので、残念ながらこの取り組みには関与できませんでした。)
しばらくはITサービス契約のデフォルトルールの一部は民法改正に反映されるべきということを言ってはおりましたが、その後どういう取り組みをされたのかわかりませんが、結果として債権法改正に反映されることはありませんでした。民法というより商法(特別法)なのかもしれません。
IT契約の実務とも離れてしまった今となっては本問題の解決に貢献できるところはありませんが、当時は、こうした問題意識の下でY2Kの法的問題に取り組んでおりました。その一部が次の論文ですが、現在に続く、ITサービス産業が置かれている法的な基盤整備の必要性を強く認識する機会となりました。(ベンダの側に身を置く者として、けして自由に書かせてもらえたわけではなく、上司の決裁をもらっての論文執筆で随分窮屈な思いをしたのも確かですが、今はそうした制約もなく自由に何でも書けるはずなのに、原稿は遅々として進まず忸怩たる思いにかられます。)
さて、いよいよ新債権法の時代となり、ITサービス契約もまた再点検の作業が必要でしょうが、依然として同種の問題は残っているようにも思われます。新債権法対応とともに今一度検討して新規立法に、IT契約法に臨んでいただきたいと思います。さて既存の業界団体はどうするか、既存団体が着手せぬのなら、仕事は増える一方ですがここは民事法の先生らのご協力を仰いでJILISで取り組むべきなのか思案のしどころではあります。
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「法律のひろば」1999年6月号(通巻52巻第6号)30-35頁
「ベンダからみた西暦2000年問題と企業法務」
1999.6
鈴木 正朝
目 次
一 はじめに
二 ベンダーの問題意識
1.複合的原因と階層的取引構造
(1)2000年未対応の競合の問題(多数当事者と複合原因)
(2)契約会社との契約関係(下請取引と求償関係)
2.法的紛争の現れ方(訴訟と不公正な取引方法)
3.2000年問題固有の論点
4.産業政策、立法政策的対応
三 おわりに
一 はじめに
コンピュータの西暦2000年問題(以下、「2000年問題」)[注1]は、金融、交通など産業活動の基盤をなす数々の情報システムや中小企業のオフコンやパソコン等に限らず、工場の生産ラインやビル施設、事務機器、家電製品などに使用されているマイクロチップの一部でも発生し得ることが予想されている。高度情報化社会においては、すでに意識すると否とに関わらず何らかのコンピュータ・システムに依存した生活をおくっているのであり、2000年問題における最大の利害関係者は、消費者ないしは一般生活者としてのわれわれにほかならない。
2000年問題はこのような消費者としての視点から検討し対応することが重要であるが一方では、企業側の視点からしか見えてこない問題も存在するものと思われる[注2]。本稿では、企業側の視点、特に「消費者対企業」という視点では見落とされがちな情報サービス事業者[注3](以下、「ベンダー」)とその下請事業者に焦点を当てて、2000年問題の法的責任について検討することとする[注4、5、6]。
ニ ベンダーの問題意識
実際の2000年問題訴訟の多くは他の訴訟同様に伝統的な日本法の枠組みの中で解決されていくものであろうし、その意味ではとりたてて特異性を強調するものではないが、ベンダーという一方の当事者ないし利害関係者から関心をもって捉えるといくつかの問題意識があるのも事実である。ここでは、その点について若干述べてみたいと思う。また、あわせてベンダーの企業法務上の問題点についてふれてみたい。
1.複合的原因と階層的取引構造
2000年問題は、「消費者対企業」という図式において論じられることも多いが、一言で「企業」と包括される中にも実に多くの企業の様々な取引関係が複雑に存在しており、現代取引全般に通じることではあるが、もはや単純 な二元的な対立軸を中心とした考察では、利害関係者全体の利益バランスを量ることは困難であるように思われる。例えば、第一に当事者が多数におよびしかも原因が複合的であること、第二に下請企業への求償の問題があること、などを指摘することができる。
以下ではこの点について情報システム開発の契約関係の概念図を用いて説明する。
表 情報資源の2000年対応・未対応の組み合せ(略)
(1)2000年未対応の競合の問題(多数当事者と複合原因)
情報システムの契約関係の大枠は、図に示したように情報資源別に①メーカ・ユーザ間のコンピュータ等ハードウェア機器の売買契約(なお、汎用機の場合はリース契約によって調達することが多い。)、②OSベンダー・ユーザ間のOSライセンス(使用許諾)契約、③ベンダー・ユーザ間のアプリケーション・ソフトウェアの受託開発契約等により構成されている。
例えば、上記の基本的な3つの情報資源に限定したとしても、表に見るように2000年対応・未対応の組み合わせは2を3乗した8通りの可能性があり、全部対応の1例や原因が1つである場合を除いて4通りの2000年未対応の競合が起こり得る。実際上もベンダー、OSベンダー、メーカ等の提供ないし構築した情報資源の2000年未対応が複合してユーザの情報システムの誤処理等を招くといったケースが多くを占めるものと思われる。この場合、ユーザは個別の取引ごとにベンダーの契約責任を追求していくのであろうか。それともハード、OS、その他の環境下で業務用アプリケーションソフトを開発したベンダーに対してその複合的原因による損害の一切を負担するよう求めるのであろうか。後者の場合は、果たして後の求償関係で実際上公平な責任分担を図ることができるのか危惧されるところである。
またベンダー・メーカ等の共同不法行為責任(民法719条1項)が認められた場合、その損害賠償債務は不真正連帯となるが、最終的に加害者側の損害に対する寄与度ないし過失割合に応じた公平な分担がなされるか、またその寄与度ないし過失割合をいかに評価するのか、といったことも問題となる[注7]。
後の求償関係の処理も含めて考えていくと紛争全体の事務処理の量は相当なものに膨れ上がる可能性があり、2000年問題の紛争が多発する場合は、仲裁機関等何らかの紛争解決のスキームを別途検討することが必要となろう。
その他、ミドルウェアやパッケージ・プロダクト、ネットワーク機器など調達する情報資源の種類が増加するほど契約関係と当事者も増えることとなり、公平な責任の分担の実現や立証はより一層困難なものとなる。
(2)協力会社との契約関係(下請取引と求償関係)
ここでは「消費者対企業」の背景に隠れ、2000年問題における全体の利益考量の当事者からこぼれおちかねない下請事業者の存在を指摘したい。
受注ソフトウェアの開発にあたっては、その規模にもよるが一般的にはベンダーが単独で開発することは少なく、いくつかの協力会社にその全部ないし一部の開発を再委託することが多い。また、再委託先もさらにその一部の開発を再々委託することもけして稀なことではない。いわゆる下請、孫請(二次下請)、ときには三次下請といったゼネコン型の階層的な取引構造によってソフトウェアが開発されている。
また、メーカにおいては、ハードウェア機器を構成するマイコンチップなどの部品調達の契約関係、マイコンチップの部品メーカにおいてはマイコンチップ用のソフトウェア・プログラムの開発事業者との契約関係などがある。
一般にこうした下請取引ないしは継続的な役務の委託取引においては、相対的に優越的な地位にある大手事業者が消費者やユーザ企業に対して支払った損害賠償額を下請事業者との契約関係に基づき、求償することがある。実際上は正面から権利行使することは多くないようであるが、原因究明作業に技術者の無償派遣を要請したり、その後の契約において代金の減額要請があったりと貸し借り関係の中で長期的に解消していく手法がとられがちである。下請事業者に真に原因があるのであれば責任を負担するのは当然のことであるが、実際は原因が不明であったり、曖昧であったり、双方にあったりすることが多く、下請事業者が過分な負担を強いられていることも少なくない。
2000年問題においてはマイコンチップの2000年未対応が特に問題視されており、上記の構造が色濃く現れてくる可能性がある。例えば、製造物責任はソフトウェアに適用がないとしてもマイコンチップについては部品として適用されるという考え方が有力である[注8]。従って、メーカのみならずマイコンチップの部品メーカもエンドユーザから直接訴えられる可能性がある。マイコンチップ用のプログラム開発事業者は、製造物責任法の適用を受けることはないものと考えられるが、プログラム開発契約上製造物責任等に基づく損害賠償の求償条項が明記されていることがあり、実際上はその全部ないし一部を負担する可能性が高い[注9]。
現在の経済環境下で2000年問題の法的紛争が多発した場合、旧来の貸し借り関係の中で時間をかえて解消するゆとりがなくなり、下請事業者に即時に損害を転嫁してくるという問題が発生することも考えられる。個々の解釈においては、公平な責任分担になるよう求償権を制限することも考慮される必要があろうが、一方においては中小企業対策という政策的配慮が求められる局面も考え得る。
2.法的紛争の現れ方(訴訟と不公正な取引方法)
情報サービス事業者は、資本関係によりメーカ系、ユーザ系、独立系といった分類がなされることがある。コンピュータメーカの情報サービス部門やユーザ企業の情報開発部門が子会社化してきたという発展の経緯によるものであるが、実際上の取引もこうした資本関係のある親子会社間の取引が非常に多い。従って、こうした中での2000年問題は、訴訟という紛争解決手法をとらなくとも話し合いで解決し得るし、また、一般にその方が紛争解決コストも少なく、よりエレガントであるとされている[注10]。従って、情報サービス産業においては、訴訟の多発という社会問題にまでは発展しないものと予想されるが、逆に資本関係のない場合、取引継続を優先するより損害賠償を請求した方がメリットのある場合、従来の取引において不満が鬱積しているような場合等においては訴訟の可能性を否定できない。また、比較的良好な関係においても近年の不況下においては2000年保守サービスに対する代金の支払遅延、代金の減額要請、著しく低い対価での取引要請といった問題が発生しやすい状況にある。一般にユーザ企業の方がベンダーよりはるかに企業規模が大きいケースが多く、ベンダーにとってはユーザの債務不履行ないしは優越的地位の濫用(独占禁止法19条、2条9項、不公正な取引方法14項、役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針を主張せざるを得ない場面も登場してくると考えられ、こうした中で2000年問題の法的責任論が再燃ないし顕在化してくることも考えられる[注11]
また、2000年保守サービスの契約内容によるが、保守後に2000年未対応による誤処理が発生することもあり、ユーザのやり直しの要請が適正な権利行使であるか、優越的地位の濫用であるかといった問題も発生し得る。
3.2000年問題固有の論点
2000年が到来することは周知の事実である。しかもシステム・エンジニア(SE)であれば誰もが西暦年下2桁処理が2000年誤処理を招きかねないという事実を知っており、また少なくとも知り得たという点に争いがないのであれば、ベンダーに対して法的責任を追及することにはさしたる問題がないようにも思える。しかし、現実は2000年未対応のプログラムが世界中に数多く存在し国際的問題にまで発展している。かかる事実一つ見ても2000年未対応が即ベンダーの責任を帰結するという単純な図式にはないことが推察される[注12]。この点がソフトウェア開発契約のバグなどの問題と一律に扱えない2000年問題固有の事情である。ベンダーの2000年未対応に対する法的評価はケースバイケースというほかなく、裁判の場でその責任の切り分けの基準がどのように示されるのか、企業法務担当者の目下の関心事はそのあたりに注がれている[注13、14]。
4.産業政策、立法政策的対応
解釈論を離れた問題であるが、情報産業全体が訴訟や訴訟外でどの程度損害賠償や2000年対応費用等を負担するのか、それが過大であった場合、次世紀の情報産業の発展が大きく阻害されないかという懸念がある。けして個別企業の免責を求めるものではないが、個々の訴訟における公平な裁判だけでは吸収することができない産業政策的な問題もあり得ることを指摘しておきたい。また米国の動向をみるにつけ[注15]、日本においても立法政策的見地からオープンな議論を展開してくるべきであったという反省や、2000年問題の検証に早期に着手し今後の日本の危機管理のケーススタディとすべきであるといった意見があることも併せて紹介しておきたい[注16]。
三 おわりに
2000年問題は、情報産業が21世紀のリーディング・インダストリーとしての適格性を備えているか否かの一つの試金石であるとも言われている。確かに2000年対応のあり方は個々のベンダーの信用に関わる重要な問題であると同時に情報産業の社会的評価に影響する大きな問題である。はたして21世紀には市場選別を勝ち抜いた企業群と日本経済を牽引するような強靭な情報産業が出現しているのだろうか。少なくともその答えは、2000年問題に際してのユーザの満足度、2000年問題を教訓にしたベンダーの業務改善の度合いといった点にも関わってくるものと思われる。
最後に、2000年問題を一つのきっかけに情報産業の足元を見つめ直し、エンドユーザに真に奉仕する健全な高度情報化社会の実現に向けてさらに飛躍することを祈りつつ、またSEの2000年正月一斉返上が家庭崩壊といった隠れた2000年問題を引き起こすことのないよう切に祈りつつ、本稿を終えることにしたい。
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(注1)コンピュータの西暦2000年問題の定義については、本誌、夏井高人「コンピュータ2000年問題の法的論点」を参照されたい。
(注2)消費者との関わりについては、本誌、坂東俊矢「コンピュータ西暦2000年問題と消費者」において述べている。
(注3)情報サービス事業者とは、一般にオンライン情報処理(VAN、受託計算)、オフライン情報処理(パッチによる受託計算)、受注ソフトウェア、ソフトウェアプロダクト、キーパンチ等データ書き込み、マシンタイム販売、システム等管理運営受託、データベースサービス(オンライン、オフライン)、各種調査(市場調査、世論調査等シンクタンク業務)その他情報技術者の労働者派遣、情報サービス業務に係るコンサルティング、教育等を業とする者をいう。通商産業大臣官房調査統計部「平成9年度特定サービス産業実態調査情報サービス業編」(平成10年12月)によると平成9年度の情報サービス産業業務別売上高は、①受注ソフトウェア、②ソフトウェア・プロダクト、③情報処理、④システム等管理運営受託の上位4類型で全体の約8割を占める。中でも受注ソフトウェアは5割を占めており、情報サービス事業者の中心的業務となっている。なお、2000年問題の法的責任については、上記サービス類型ごとにも検討する必要がある。
(注4)西暦2000年問題における法的検討の必要性については、社団法人情報サービス産業協会(JISA)2000年対応研究会『西暦2000年問題に関する報告書』(1996年5月)において一部言及している。なお、同報告書は、鈴木正朝「西暦2000年問題の概要」『JISA会報No.43』117頁(社団法人情報サービス産業協会、1996年9月)として公表されたほか「システムハウス技術情報誌JASA Techono Board Vol.33」13頁(社団法人日本システムハウス協会、1996年11月)、電波新聞1996年12月19日(木)第6面「特別企画 西暦2000年問題の概要」に転載された。なお、上記報告書中「ベンダーの法的責任」の項について、ベンダーの責任回避であるとする武末高裕『西暦2000年コンピュータが反乱する』146頁(ダイヤモンド社、1997年2月)の批判がある。しかし一般に、法的紛争の可能性があれば予防的見地から検討を行うことは企業にとって当然のことであり、またそれが社会的問題に発展する可能性がある場合には、国、学会、法曹界、産業界等においても、紛争解決のための理論的、制度的な対応を検討する必要が生じる。法的検討イコール責任回避とする安易な論調には一言異議を述べておきたい。
(注5)2000年問題を法的に検討した初の報告書として社団法人情報サービス産業協会2000年問題委員会取引部会(部会長:大谷和子(株)日本総合研究所法務部部長)『西暦2000年問題 法的問題Q&A』(1997年3月)がある。また、弁護士による最初の論文としては、龍村全「情報システムの西暦2000年対応を考える-ソフトウエアの契約等に係わる法的諸問題」『JUAS通信/情報システムフォーラム1997/2』8頁(社団法人日本情報システム・ユーザー協会、1997年)がある。
(注6)2000年問題の法的責任に関する論文は、1999年に入ってから次々と公表されるようになった。代表的なものとして、以下の文献がある。飯田耕一郎「2000年問題の法的責任(1)~(4)」NBL No.656、658、659、660(1999年1月~3月)。森綜合法律事務所『コンピュータ西暦2000年問題に係る法的問題に関する調査研究』(財団法人産業研究会、1999年3月)。飯田耕一郎「コンピュータ2000年問題の法的責任と法務対策」『JICPAジャーナルNo.525』69頁~71頁(1999年4月)。久保田隆「コンピュータ西暦2000年問題を巡るアメリカの法的対応とわが国への示唆」『ジュリスト』1999.4.15号(No.1154)など。また、近年は、重要な法律論文や情報が書誌等紙媒体だけではなくWebサイトやメーリングリストで広く公開されるようになってきており、特に日々状況の変化がめまぐるしいサイバー法領域において顕著である(例えば、「サイバー法研究会」<http://www.isc.meiji.ac.jp/~sumwel_h/cyberlaw/index.html>、「サイバースペースの法律」<http://www.law.co.jp/okamura/index.html>など)。2000年問題に関しては、日野修男「2000年問題における法的責任」『セキュリティ専門メールマガジンScan』<http://www.so-net.ne.jp/scan/>が参考になる。
(注7)詳細は、前掲夏井論文及び本誌、岡村久道「2000年で問われる企業の責任」参照。
(注8)ソフトウェア及びその取引に精通した弁護士によるPL法の論文としては、水谷直樹「情報サービス企業の製造物責任(PL法)対応」『JISA会報No.38(1995.9)』(社団法人情報サービス産業協会)86~103頁、吉田正夫「ソフトウエアと製造物責任法(PL法)」『日経コンピュータ1996.7.8』144~151頁がある。
(注9)ソフトウェア開発契約等においてPL法に関する求償条項を求められた実態についてはPL法施行直後のJISAにおけるアンケート調査の結果からもその一端を伺い知ることができる。なお、アンケート結果は、鈴木正朝「製造物責任法の施行と情報サービス取引への影響について」『JISA会報No.39(1996.12)』(社団法人情報サービス産業協会)76~82頁参照。
(注10)情報サービス産業においては、急速な成長が紛争を吸収していったことと系列取引や人間関係ベースの取引が中心であったという経緯もあって、顕在化するような法的紛争が比較的少なく、従来は法務部門の必要性が特に意識されてこなかったように理解している。ところが近年、知的財産権や2000年問題等の領域で法的紛争に発展する可能性が高まってきたこともあって、法務部門の必要性ないし強化についても一つの経営課題として認識されつつあるように思われる。また、発注書、請書のみの取引、簡易な契約書による取引など契約に対する安易な姿勢が2000年問題で過大な契約責任を負うリスクにつながっていることが営業現場でも認識されつつある。かかる意味において、2000年問題は、情報サービス事業者の法的責任論を検討する大きな契機となっている。
(注11)公正取引委員会事務総局経済取引局取引部企業取引課長 横田直和『役務の委託取引ガイドラインのポイント』(財団法人公正取引協会、1998年)、元公正取引委員会事務総局経済取引局取引部企業取引課係長 前田雄一「役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針の解説」『JISA会報No.51(1998.9)』96頁(社団法人情報サービス産業協会)、社団法人情報サービス産業協会 法的問題委員会独禁法部会報告書『役務取引ガイドラインと情報サービス取引』(1999年3月)参照。
(注12)その他、情報産業における時間の観念、相対的なスピードの速さには特に考慮が必要である。例えば、10年前に法律事務所にパソコンがどの程度普及していたか、5年前に何人の弁護士がE-Mailアドレスを持ちメールソフトを駆使していたか、数年前に世間を席巻した情報関連企業のうち何社が今でも第一線で活躍しているか等を考えて見るとわかりやすい。目につく範囲でも情報技術の進展およびその開発環境の変化のスピードが著しいことが理解できるはずである。「わずか3年」、「わずか5年」といった評価が鉄鋼、石油、自動車といった伝統的産業のそれとは全く意味合いが異なることに留意すべきであろう。
(注13)その他法務担当者の関心事としていわゆる「紙吹雪」の問題がある。この点に関しては本誌、高橋郁夫「2000年問題に対する諸外国の対応状況-適合化レターの「紙吹雪」の法律問題」参照。
(注14)以下私見であるが、発注書、請書のみによる受注ソフトウェアの開発契約においてその契約責任が問題となった場合、当該契約の性質決定の問題を生じるが、「請負」等民法上の典型契約として、そこから紛争解決の指標を定立することがはたして常に妥当かどうか常々疑問に思っている。社団法人情報サービス産業協会(JISA)及び社団法人日本電子工業振興協会(JEIDA)のモデル契約の存在とその普及状況、「共通フレーム98 SLCP-JCF98国際規格適合」の存在とその認知度等を基礎に商慣行上の契約類型としての「ソフトウェア開発契約」を措定し、適用すべき規範を導き出す方がより実際的な解決に資する場合もあるのではないだろうか。
(注15)前掲久保田論文及び前掲高橋論文参照。
(注16)解釈論とは別に、2000年問題の法的責任の研究等も一つの基礎として、米国のUCC2B草案ないしUCITA(統一コンピュータ情報取引法)やEUの同種の検討内容を参考に、日本においてもそろそろソフトウェア関連の取引法の研究に着手すべき時期にあるようにも思われる。
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