日本人の労働生産性は低いのか
私が大嫌いな言葉の一つに労働生産性という言葉がある。今回は労働生産性について書いてみたい。
例えば2019年に日本の労働生産性はOECD加盟国36ヶ国の中で21位であるわけだが、この事実を指して、日本人の生産性は低い、長時間労働が多く非効率な業務が多い、デジタル化が進んでない、という語られ方をすることが多い。この見方は本当に正しいのだろうか?(注:ちなみに今回の記事を書くにあたりデータの多くは以下URLのレポートを参照している
https://www.jpc-net.jp/research/list/pdf/comparison_2019.pdf)
まず、労働生産性の計算方法は非常に単純だ。
労働生産性=GDP/(就業者数もしくは就業者数×労働時間)
私は、この資料を見るまで分母は「就業者数×労働時間」だと思っていたので、「就業者数」だけという指標もあることに驚いた。ちなみにどちらの指標を使っても日本は21位なので、就業者一人当たりの労働時間が多いので日本人の労働生産性が低くなっている、という指摘は正しくない。ちなみに米国は就業者一人当たりを分母に利用した場合は3位で、就業者数✖️労働時間で計算した場合は6位なので、アメリカのGDPの高さは労働者一人当たりの長時間労働に支えられていることになる、という見方ができる。米国はIT大国であり、デジタル化が進んで効率的に仕事をしているので生産性が高い、という見方は全く当てはまらない。米国の労働者一人当たりの労働時間は日本より長い。
上記レポートで面白いのはOECD加盟国以外のデータに関しても世界銀行の調査による労働生産性というデータが載っていることだ。OECD加盟国以外のデータも含めた場合、日本の順位は31位である。そして、今や米国と並ぶ経済大国、IT大国と称される中国のデータも載っており、中国の生産性は89位であり、経済の急成長が注目されているインドは110位、ブラジルは86位だ。マカオが2位、シンガポールは5位であり、労働生産性という観点では人口の少ない都市型国家が圧倒的に上位である。分母が就業者人口なので当たり前なのだが。また、失業率が低いほど就業者人口は増え、生産性は下がる。日本の失業率は2019年2.4%である。日本より生産性が高いとされるスペインの失業率はおよそ14%、イタリアの失業率はおよそ9.5%〜10.5%である。ちなみに人口一人当たりのGDPは日本(18位)はイタリア(19位)やスペイン(24位)より上である。
イタリアやスペインの例から分かるように、労働生産性に関しては失業率が高くなると大きく指標が改善する。私が労働生産性という指標が嫌いな理由の一つはこれである。ちなみにスペインやイタリアの国民一人当たりGDPは日本より下である。
もう一つ付け加えるとOECD加盟国の中での労働生産性の1位と2位はアイルランドとルクセンブルクである。この理由は圧倒的にGDPが高く算出される金融業がメイン産業であり、金融業はそれほど多くの人口を抱えてなくても売り上げを上げやすい業種である。一次産業従事者の多い国の労働生産性は低くなる。労働生産性は産業構造に依存する部分が非常に大きい。
工場制手工業がメインの時代ならいざ知らず、様々なサービス産業が勃興している現在社会において人口が増えるに従ってリニアにGDPが増えるなどいうことは起こり得ない。畢竟、人口が増えるほどただ労働生産性は下がる。また失業率が増えると生産性は上がる。また、ルクセンブルクにおいては勤労者の多くは隣国からの通勤者であり、彼らはルクセンブルクの富を産み出しているにもかかわらず、労働生産制の分母である人口には含まれていない。
ちなみに私は日本人の働き方に問題がないとは思っていない。言いたいことは、労働生産性という指標に含まれている「人口で割る」という変換にあまり意味がなく、この数値から何らかの改善点を見出すことは不可能だということだ。この労働生産性の低いという言葉が、日本人の自己肯定感を不当に下げており、おかしな印象操作が行われているのが非常にいただけない。
多くの人が、日々不毛な会議や人間関係の折衝に疲れ、生産性の低い作業に忙殺されているという思いをいただいているからこそ、日本人は労働生産性が低いという言葉がこれほどの共感を呼ぶのだろう。だが、この言葉はとてもミスリードだ。指標としての労働生産性と日本人の働き方はなんら関連性がない。
ちなみに私はGDPを分析することは否定しない。日本が1996年以降ほとんど GDPが伸びていないのは事実であり、ルクセンブルクやフィンランドはGDPが伸びている。GDPは国民の賃金に直結する指標であり、GDPが伸びていないことは日本人の賃金が増えていないことを意味している。ここは分析する価値があると思う。機会があればGDPという数値をもう少し掘り下げて書いていきたい。
ちなみにGDPの数値などは下記サイトから得られる。