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どくだみに、翻弄されれている

 どくだみ茶で有名な(?)どくだみ。効能がたくさんありそうなので、自宅の庭に、育てている人も多いと聞く。私の友だちで、あの白い花が好きで、観賞用として、自宅の庭に植えている人がいる。

 今回のNoteには、私にとっての、どくだみの憎らしさを、私なりの観点で、つらつらと書きたいと思う。

 そもそも、どくだみのあの匂いが嫌いだ。何より、見た目のギャップと、あの根の張り方が気に入らない。

 庭の雑草を取ると、気持ちいいほどさくさく抜けるものと、抜いたつもりでも、根本近くでちぎれてしまうものがある。雑草は、根を抜かないと、確実にまた生えてくるので、根を抜くのが必至だ。
 抜いていて思うのだが、このサクッと抜けない根っこの持主は、簡単に根絶やしさせないぞという、強い意志を感じる。悔しいけれど、雑草ながら賢いのだ。どくだみが、その賢い雑草なのだ。草取りでヤツを見つけると、毎回そう思う。

 どくだみは、葉が可愛らしい形で、時にはハート形にも見える。花は、ファンがいるくらい、白くて可憐だ。茎は細くて繊細である。つまり、ビジュアルは、オオイヌノフグリとかスミレのようなタイプなのだ。
 
 しかし、雑草として考えると、とんでもない正体を持っている。可憐な細い茎を抜こうとすると、すぐにポキッと折れてしまう。でも、このすぐ折れるのが曲者なのだ。

 ある時、ポキッと折れた先はどうなっているのだろう?と考え、掘ってみて、驚愕した。私の想像を遥かに超え、どくだみの根は、深いのだ。正に根深い(執念深い)。おまけに、縦に深いだけではなく、横にも伸びていた。根を深く伸ばし、土の栄養分を吸いながら、横にも根を伸ばし、仲間と手を繋ぐように、お互いに助け合っているのだ。可憐な植物なら、こんな根の張り方はしない。

 繊細に見せかけて強い。それが、どくだみだ。そして、抜かれても抜かれても、ちゃんと根っこが残すのがどくだみなのだ。

なわけで、私は、どくだみに、手を焼いている。それでも、庭でヤツを見つけるたびに、抜く努力はしている。そして、茎がポキッと折れるたびに、敗北感が高まる。

 そんなわけで、今のところ、どくだみに翻弄されている。
この先は、どくだみを全滅させるか、共存するかである。やっぱり、共存かなあ、、、と思う今日この頃。

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