見出し画像

『職業遍歴。』 #7 一ヶ月でクビになった喫茶店

筆者が過去に経験した「履歴書には書けない仕事(バイト含む)」を振り返るシリーズ第7弾。「陽キャ」のふりをして面接をパスし、喫茶店のウェイトレスとして働き始めたものの、あっさり陰キャバレしてクビになってしまったというお話です。

7. 喫茶店のウェイトレス

接客業のバイトの面接に落ちまくった経験から、「陽キャ」のふりをして喫茶店のウェイトレスの面接に臨んだ私。私の演技力はなかなかのものだったらしく、見事面接をパス。憧れのウェイトレスとして働くことになった。

池袋のサンシャインシティのなかにあった喫茶店。今はもうない。「セレサ」という名前だった。

特別おしゃれでもなく、こだわりがあるわけでもなさそうな、ごく普通の喫茶店。パスタなどを中心とした洋食系の食事も出していた。そこそこおいしかったし、価格も高くはなかったので、ランチの時間などは混んでいた。

店長は高齢の男性。厨房は若い中国人男性が一人で切り盛りしており、ウェイトレスは私の他に1〜2人入っていた。

ウェイトレスの仕事は注文をとり、料理を運び、レジを打ち、と、まあ以前ラーメン屋で働いていたときに一通り経験していたことだったので、すぐ慣れることができた。昼時は目の回るような忙しさだったが、ピークの時間帯が過ぎるとちょっとラクになる。とはいえサンシャインシティのなかという場所柄もあるのか、お客が途切れることはなかった。

一緒に働いていたウェイトレスの一人が店長と折り合いが悪く、よく文句を言っていた。店長もそのウェイトレスに対して当たりがきつく、彼女が何かを間違えたりすると「信じられませんね」と嫌味を言ったりしていた。店長は別に怖い人ではなかったのだけど、メガネをかけた神経質そうな感じの人だった。そのウェイトレスとのやりとりを側で聞いていて、なんだか陰険な人だなと感じた。とはいえ入ったばかりの私が店長に何か言われるようなことはなく、私は順調に仕事を覚えていった。

程なくして店長と折り合いの悪かった女性は辞めてしまい、代わりに新たなウェイトレスが2人入った。おっとりした感じの女性と、ヤンキーっぽい感じの女性で、2人とも私と年が近かった。私たち3人はすぐに仲良くなり、バイト帰りにカラオケに行ったりするようになった。

彼女たちとの時間は楽しかった。中学時代とかに戻ったような。大学の友達はインテリな人が多く、まだちょっと距離感があった。

そんな感じで楽しく働いていたのだが、働き始めて一ヶ月ほど経ったある日、突然店長に呼び出された。サンシャインシティのなかにある別の喫茶店で、店長は私を待っていた。店長が改まって私に一体なんの話があるというのだろう?さっぱり検討がつかないまま、私は指定された場所に向かった。

私が席につき、少しお店の話などをしてから、店長はいきなり言った。

「文月さん、明日まででいいですよ」

私は訳がわからなかった。私は何もミスなどしてないし、きちんと仕事をしている。それなのに、なぜ突然明日までで辞めなければならないのか。

店長によると、私の印象が面接のときと違う、という。面接のときは積極性が出ていたが、今はそれを感じない。新しく入った2人の方が積極性が出ている、という。2人はまだ入りたてで仕事もおぼつかなかったし、そもそも2人に仕事を教えているのは私なのだが。ていうか「積極性」ってなんだ?よくわからなかったので、どういうことなのかと私は聞いた。店長は言った。

「文月さんは欲のない人だと思うんです」

欲がない?それが悪いことだと、店長は言っている。店長の言いたいことはこうだった。人間は普通、欲がある。例えば「お金が欲しい」とか「もっと上にいきたい」とか、仕事の上でも「もっとこういう仕事がしたい」などなど。私にはそういった「欲」を感じない。それはウェイトレスという仕事をする上でマイナスだ、というのだ。

確かに私は職場において「もっと良くしよう」などと考えて仕事しているわけではなかった。ただ言われたことをやり、ウェイトレスとしての決まった仕事をこなしているだけだ。けれど、それは他のバイトだって似たようなものだったと思う。ただ店長の目には、他の人にはある「積極性」が、私にはない、と映った。多分、私は要領が悪かっただけなのだと、今となっては思う。みんな、別にそこまで真剣に仕事しているわけじゃなくても、店長の前ではなんとなく「がんばってます!」というのを出していたのだ。これは会社とかでもそうだと思う。私にはそういう、「がんばってます!」アピールがなかった。そんな必要を感じなかった。私はただ、決められた仕事をきちんと、ミスなくこなしていた。それでも、「がんばってます!」アピールをする人の方が、私より評価されるのだ。

このように言われて、もはや私は辞めるしかなかった。けれど「明日まで」というのはいくらなんでもあんまりである。せめて次のバイトが決まるまでは置いてほしいと頼み、店長はそれを承諾してくれた。ていうか、例えバイトだとしても、突然クビにするのって違法だよね。その頃はそんなこと知らなかったけどさ。私、舐められてたんだな。あー、思い返すとムカつくわ。

一緒に働いていた2人に事の次第を話すと、2人とも残念がり、憤った。ヤンキーちゃんが言った。

「路実ちゃん辞めさせられるのまじムカつく!辞める前に店のもん何かパクってやりなよ!

さすがヤンキーだな、と思った。結局私はヤンキーちゃんに勧められ、辞める前に店の卵切り機を「パクった」。ま、卵切り機なんて今では100均で買えるものだけどね。ムカついたから、店のもんをパクる。すごく小さな行為だけど、その行為によって確かに少し胸がすいたし、2人が今回のことで怒ってくれたり悲しんでくれたのが嬉しかった。その卵切り機は今も私の家のキッチンにあり、ずっと使い続けている。






いいなと思ったら応援しよう!