鳥を焼く匂いをかいくぐって細い路地に入ると、すぐに私の働く店がある。この辺じゃ老舗の二階建ての居酒屋。入り口は狭い。ガラガラと引き戸を開けて、一番乗りとわかっていてもおはようございまーすと声を出す。明るいうちのハモニカ横丁はひどく他人行儀な感じがする。サッサと掃除を終わらせて、店の赤い看板の電気をつける頃になると、ようやくこの飲み屋街に血が通い出す。空は薄いオレンジの光を名残惜しそうに見送り、群青が濃くなっていく。 夢や目標と呼ばれるものがなければないほど、切実に自分の居場
2月の東京は寒い。ヒートテックとスパッツの上からタートルネックにニット、厚手のパンツにもちろんコート、おまけにもこもこ靴下をはいてもまだつま先が寒さでしびれるのに、あと3か月もしたら半袖で過ごせるようになって、今はガンガンに暖房をいれているこの電車も今度はキンキンに冷房を入れるようになるなんて。日本の四季ってすごい。すごい変化だけど、少しずつ変わっていくから受け入れられるんだろう。考えてみれば、少しずつ変わっていくから気が付かないことばかりだ。そう。いつから翔太に会ってないん
"ライに逢えないくらいなら、死んだ方がマシ、、、" 山手線はぐるぐると同じところを回っている。カミコは何度も同じような文面を打っては消す。中古のiPhoneはすぐ熱くなる。近頃は電車も何もかも窓を開けるのが正義だから冷房が効きすぎなくていいんだけど、やっぱり寒いんだよなぁ、ノースリーブじゃ。でもコレを着てるあたしを見て欲しいの。今。 カミコは考える。明日死ぬとしたら、私は絶対ライに会いたい。会いに行く。なのになんで、死ぬ確率の低い感染症が流行ったからって会わないなんてこと
くるりが聴きたくなって ばらの花、スーパースター、バースデイ YouTubeで聴いた なつかしいな、大学生の頃だね すっかり忘れていたのに、 曲を聴いているうちに胸が苦しくなるくらい想い出がノンストップ上映会8ミリ風インマイヘッド 案の定、コメント欄はそんな人たちでいーっぱい くるりはすごい たくさんの人たちがびっくりするくらい強力な魔法にかけられてる なつかしくてなつかしくて たぶんちょっと猫背だった、黒縁メガネの彼 近くにいくとほんのりわかる、独特の匂いだった
鬼滅に進撃に約ネバ…最近人食いものが多いなぁと思うのは気のせいかなぁ。なんていうか…昔ドラえもん見てドラゴボ見てスラダン見てた子ども(私)と今鬼滅見て進撃見て約ネバ見てる子どもを思うと、なんて厳しい時代を生きてるんだろうと思ってしまうのはまだ早合点でしょうか。
「あっ…」 んーとね、最近ね、ものすごく良い事も、ものすごく悪い事も、簡単に起きそうでこわいの。 できればね、ほんの少し良い事と、ほんの少し悪い事に挟まれて生きていきたいの。 ううううううわ、なんつーか、ごめんなさい。欲深き我を許し給え。私のドス黒い欲、どうか持っていってください。ほーーーんの少しずつだけど、捨てる努力はしてるんです。 「いっちゃったね、流れ星」
まだ父のことを書くには少し、早すぎる気もするけど、現時点で、ぼんやり浮かぶのか、絞り出してんのかわかんないけど、なんかしらの言葉を残せたらと思う。 まあほんとにありきたりなんだけど、私の父はお酒が好きだった。ビールはもちろん、ワイン、日本酒、ウイスキー、焼酎……それぞれのブームが来ては去っても、一杯目はほぼ確実に、お約束のビール。 父は美食家を気取っているふしがあり、もちろんビールにもお気に入りの銘柄がある。キリン、一番搾り。新発売のビールを試しても、結局コレが一番うまい
2020年9月6日。台風の訪れとともに灰色の夏も終わるようだ。といってもまだまだ暑くて、なかなかエアコンの効いた室内を出る気にはなれない。 旦那を送り出し、1歳の息子に朝ご飯を食べさせ終えた月曜日の午前中、テレビの大画面でYouTubeを自動再生にしていたら、ビリー・ジョエルの「ピアノ・マン」が流れてきた。小さな頃から何度も聞いたことのある曲で、一般的にいい曲だとは思っていたけど、個人的には何の思い入れもない。はずだった。 ぼんやりと消えていく小さな字の日本語訳をみながら
私のキャパの狭さじゃ、子ども一人育てるのもいっぱいいっぱいみたいだ。 初めて住む街、キリのない授乳、コロナ、寝不足、夜勤の夫、気がつかれない配慮、理想と現実の乖離。些細なことが積もりに積もって、夫にキレ散らかした。その、些細なことが積もりに積もっていたことに気がついたのは、怒鳴り足りず止めどなく湧き出る怒りに思いっきり指を任せて、スクロールしないと読めない長文のLINEを3通送ってからだった。そういえばもうずいぶんと夫と義両親以外と会っていないし、立ち上がる時いつも目眩がして