note創作大賞 恋愛部門応募作。『50代からの生き方、恋愛についてのあれこれ』その8。私も恋がしたい。
私も恋がしたい。
最近、高校のときからの友人、雪乃が恋を始めた。相手は高校生の時の恋人。同窓会で再会しそのまま付き合い始めた。雪乃でも恋人ができるなら私にもという気がしないでもない。私のほうがまだスタイルも崩れていない。胸の形をキープできている、といっても元々そこまであるわけではなくキープしやすい大きさなのだが。
雪乃は私よりも背も低い、でも胸は大きい。男はいくつになってもおっぱいが好きなんだな、と雪乃に恋人が出来たと聞いて改めてそう思った。
雪乃が子育てが終わったら楽しむねん。とずっと言っていて、実際に子供の就職と共に、家族に独立宣言をしたって聞いて、その後すぐに恋が始まる。すごいなって思ったのと同時に私もその考えにほだされたのかなと思う。
恋がしたい。
しかし、実際は出会いなどない。もし出会っても戸惑い、困るだけで踏み出すことはできないと思う。
さて、雪乃と同じく私も子供に手がかからなくなった。
だからと言って、恋が始まることはない。
でも、仕事は今までの介護職のパート勤務から、正社員で採用してくれるところがあったので転職した。
二十年近く経験のある五十歳だけど一応新人ではあるので施設のルールとして教育係がついた。五つ年下の高野良一という男性社員のだったが、経験年数は私よりも少なく、
「施設のルールは教えることはできるけど、現場のことは教えることは何もないですね」と笑顔で正直に言ってくる接しやすい人だった。緊張していたのでホッとした。
休憩時間には、それぞれ弁当を食べながら、高野さんは、
「介護職は給料安いから、子供が二人居ると外でご飯を食べることなんか夢ですわ」と嘆いていた。聞くと上が高校三年生で下が中学三年、これからどれだけお金があっても足りなくなってくる年代。
「うわぁそれは大変ですね」と言うと、
「萩野さんどことはどうですか」と我が家の家庭事情を聞いてくるので、子育てが終わったので正社員になったと答えた。ふ〜んと大きくため息をついてから、いいですね。と心の底から出てきましたという感じで言葉が出てきた。
それから高野さんは私に色々と経験を聞きにくる。教育係なので休憩も同じ時間が多いので、子供の高校、大学でどれだけお金がかかるのとか、そんな話が多い。職場では先輩だが仕事と家庭の両方で私が先輩になるので何かと私を尊重してくれる。私の経験が役に立つならいくらでも話してあげる。そして、高野さん自身のことも、仕事、家庭の不満やあれやこれやと色々と話してくれるので、聞いてあげるようにしている。そうしていると自然と情が湧いてくる。
中学生と高校生の子供が二人。今が人生で一番しんどいときだろう。経済的にも肉体的にもぎりぎりだろう。精神的にも全く余裕がないだろう。私もその経験をしてきているので良くわかる。話くらいならいくらでも聞いてあげる。それで少しでも楽になるのなら。
働き始めて数ヶ月経ちボーナスが出た。私も一年目だけど少し出た。高野さんが職場の同僚と飲みに行くから一緒にいきましょうと誘ってくれた。
普段は自由に飲みに行けるほどお金に余裕があるわけではないので、ボーナスが出たときくらいは、羽目を外して楽しんでほしいと思う。
近所の居酒屋で呑んで、私はその飲み会は楽しかったけれど、よく見ていると高野さんはみんなの会社への不平不満の聞き役に回ることが多く、お酒を呑んで発散というよりもふむふむと頷いているばかりだった。あれでは少しも気分転換にならないだろう。
家庭と仕事のしんどさを全部聞いてあげたい。そんな気持ちが芽生えていた。もちろん、私で良ければだけど。高野さんが一人になる時を見計らい、楽しめていますかと聞いてみた。ええ楽しいですよと答えたけれど、
「仕事の愚痴ばかり聞かされて大変じゃないですか」と聞くと、私の方を向いて、目を合わせて、
「そうですね。萩野さんと話すような家庭の話しはできないですしね」と笑顔を見せた。
「私でよければいつでも聞きますよ」と言ってから、今、私は既婚者の男性を口説いているようだ。と思った。いや、客観的に見て口説いているのだろう。では、口説いた先、私は高野さんとどうなりたいのだろう。そこまで考えて、私の胸は疼いた。
雪乃だって楽しんでいるのだから、私だって。
その日、飲み会が終わってから、二人でもう一軒行くことになった。
「二軒目は、仕事の話はなしにしましょう」と私から言って、乾杯した。
家庭の話やをして、趣味の話をしてと言っても高野さんも私も無趣味。特に共通の話題はなく、自然と仕事の話になってしまった。でも、二人で仕事の話をすると、みんなの前では高野さんは聞き役だったけれど、私の前では高野さんが話して、私が聞き役となる。
奥さんに仕事の話はしないのと聞くと、家で話さないですよ、という返事だった。夜勤をして、管理業務をして、その上現場での介護の仕事もする。その上、今の男は仕事をしているからと家庭のことをしなくていいなんて時代ではない。高野さんに家庭でゆっくり過ごす時間はないのだろう。職場以外の友達と飲みに行ってもそこでも聞き役となるのなら、高野さんの心のもやもやはどこにいくのだろう。心の奥深くにどんよりと溜まっていくだけなのだろうか。それがしんどくなって辞めていった介護職員をいっぱい見てきた。高野さんのことも心配になる。中学生の子供が大学を出るまで後十年近くあるので、それまでどんなことがあっても頑張り続けないといけない。
「高野さん、頑張れ」と声に出した。
「どうしたんですか、いきなり」と笑われたので、私は今自分の頭にあったことを説明した。
「あぁ、そっか。後十年かぁ、長いなぁ」とふっとため息をついた。そのため息を聞いて、私でよければいくらでも話くらい聞くよ。いくらでも甘えていいよ。これは流石に言葉にはできなかった。でも、わかってほしい。と視線を送った。
その気持ちが伝わっているのかどうかわからないけど、私の前では高野さんはいくらでも喋る。甘えているのだろう。嬉しいと思う。
その日の二人での飲み会は楽しく終わった。何か優しさに満ちた時間だったように思う。高野さんからまた二人で会いたいですと言ってくれた。別れ際、どちらかがもう一言、何かを言葉を発したらどうなっていたかわからない、そんな微妙な時間があった。でも、その日は何事もなく終わった。
その後も高野さんとは休憩時間に一緒になることもあるし、子育ての終わっている私は他の人よりも夜勤も多く入れる。夜勤で高野さんと一緒になると、時間が長い分より距離が接近する。
ふたりとも弁当を持ってきているのでたまにおかずを交換したりするようにもなった。驚くことに萩野さんの弁当は手作りだった。
「毎日作るわけじゃないですけど、気分転換になるんですよ。料理作ってると」なるほど、それが趣味か、いい趣味だと思う。
高野さんのだし巻きは美味しかった。正直私のよりも美味しいだろう。褒めると、
「自信あるんですよ。学生時代、ずっと居酒屋の厨房でバイトしてましたから」と言いながら私の私の弁当に入っていた冷凍のハンバーグを食べた。当然のことながら感想はなかった。高野さんと夜勤に入るのが私の楽しみになっていた。そして、夜勤上がりの午前に、駅前の定食屋さんでビールを呑んだりする。夜勤明けのビールは効く。眠気、疲れ、夜勤中ずっと一緒にいたという親密感が重なり、このまま二人でベッドに入りたい。そんな事を思ってしまう。誘えば高野さんはどうするだろう。断らないだろうとは思うけど、私からは流石に誘えない。男性から誘ってほしい。でも、待っていたら高野さんから永遠に誘ってくることはないかもしれない。高野さんは私に女性としての魅力を感じないのだろうか。
そんなことを考える私は淫乱なのだろうか。そんな何事もない日々が過ぎていく。
そして、その日は、突然やってきた。
休みだったので家にいると、高野さんから連絡があった。
施設で虐待があった。高野さんが発見した。利用者さんの体に傷があり、この傷はおかしいと思い、この利用者さんを担当した職員に聞いて発覚した。その職員は、以前高野さんが教育係として担当しており、しかもそのフロアの責任者は高野さんだった。
それで高野さんが責任を取ることになり、急に転勤することになった。もちろん、フロアリーダーや教育リーダーやらの役職は全てなくなり、転勤先では一から出直すこととなる。
「いつから転勤ですか」このまま会えないままかと思い、仕事中にもかかわらず電話をしてしまった。電話は留守電になったので、LINEをした。
処理が済み次第このまま転勤先に行くことになります。という返事が来た。
その返事には、仕事終わり何時になるのかわからないので、今日はここに泊まります。とホテルの名前が書いてあった。
最後にご飯一緒に食べますか?とLINEを送った。
全部の処理が何時に終わるのかわかりません。と返事があり、待ちますと返信をして、そのホテルの部屋を私も一部屋取って待つことにした。夫には、夜勤の人が急に休みになり代わりに私が夜勤で入ることになったと連絡をいれておいた。
私はお酒とおつまみ、お腹がすいているだろうと思いガッツリとした弁当を買っておいた。しかし、手を付けたのは明け方だった。
深夜0時を過ぎる頃、高野さんがやってきた。数日会ってないだけなのに、げっそりとしていた。
「くやしい」と入ってくるなり言うので、その先は何も言わせずに抱きしめた。その後は、何も言うことはない。幸せなときを過ごした。
夢中で抱き合った。途中に、
「おっぱい小さくてごめん」
「そんなの気にしなくていいよ。これで十分。おいしい」
「味あるの」
「あるよ」
そんな他愛もない会話があったくらいで、明け方まで二人とも夢中で、何度も楽しんだ。 こんな楽しい時間を雪乃は過ごしているのか。私もずっと過ごしたい。けど、高野さんとは今日が最初で最後。転勤でもう会えなくなる。
明け方二人ともようやく落ち着くと、無性にお腹が減り、冷めた弁当と頬張りながらお酒を呑んだ。
「もう会えないの」と聞いてみた。会えるのか会えないのかの返事はなくて、
「会いたい」と言う返事が来た。
「じゃ、会いましょう」
結局、その後私達の関係は続いている。幸い転勤先が転居を伴うほど遠いものではなかったので、二人の勤務シフトの時間が合えば、一ヶ月に一度とかだけど、会っている。
私も雪乃と同じく五十代で恋が始まった。
さて、ここまで三つの五十代の恋を見てきた。
皆さんどう思っただろう。
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