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わたしのおにいちゃんのはなし 17
第十七話
兄に何があったのかを知ったのは、意外なところからの情報だった。
それは宮ちゃんが塾のない水曜日のこと。火、木、金は宮ちゃんの塾、月曜日はわたしが委員会で遅くなる。一週間の中で貴重な二日間、わたしはうきうきと宮ちゃんと一緒に校門を出た。
「はなちゃん、今日これから予定ある?」
「ううん?」
「実乃里さんが、タピオカの店に連れて行ってくれると言うのだが・・・」
「タピオカ!」
今更、と驚くなかれ。
おこづかいの少ない中学生には、タピオカドリンク一杯と言えど、簡単には支払えない。特にわたしは今、来月発売のびーえる漫画の最新刊のためお金を貯めているのだ。でもタピオカは飲みたいし、久しぶりに実乃里さんにも会いたい。
わたしがちょっと悩んだのに感づいて、宮ちゃんが言った。
「行きたくない?」
「ううん、行きたいんだけど・・・お金が・・・」
「大丈夫。実乃里さんがご馳走してくれるらしい」
「えっ、でも悪いよ」
「わたしも自分で払うって言ったんだけど、いいからって・・・実乃里さんが行きたいからいいんだって言ってた」
「いいのかな・・・」
「払うつもりでお金準備して行こう?」
「そっか、そうだね」
わたしは今お財布に入っているお金を思い浮かべた。ぎりぎりだが一番安いやつにすれば大丈夫だ、と言い聞かせた。
わたしと宮ちゃんは一度家に帰って、私服に着替えてすぐにまた家を飛び出した。
ひさしぶりに会った実乃里さんは、やっぱりきれいだった。すらっとして、ショートカットが素敵で、笑顔が美しい。
「りかちゃん、久しぶり!華ちゃんも!」
待ち合わせの店の前で、実乃里さんは微笑んで手を振っていた。わたしたちは実乃里さんと一緒に、このあたりでは一番人気のあるタピオカ店に入った。メニューを見ながら、どれにするかをわたしと宮ちゃんが真剣に考えているのを、実乃里さんはにこにこしながら見守ってくれていた。
結局、実乃里さんはわたしと宮ちゃんの分をさらりと払ってくれた。わたしたちはありがたくタピオカの一粒も残さず、きれいに飲み干した。
空になったドリンクの容器を見つめて、何て事ない、と言った風に実乃里さんは言った。
「実はさ・・・・・・陽介と別れたんだ」
くわえていたストローから口を離して、わたしは絶句した。隣でもっと衝撃を受けている宮ちゃんがいる。
「ごめんね、りかちゃんにも言ってなくて・・・ついこの間のことなんだ」
二年生になったとはいえ、所詮は中学生。高校二年の実乃里さんはすごく大人びて見える。中途半端な年齢のわたしは、当然実乃里さんの恋愛に何も気の効いたことが言えなかった。と言うより、理解するには精神の成長が足りなかったのだと思う。
宮ちゃんは黙っていたが、お兄さんのことだからか、少しだけわたしと違う顔をしていた。
「同じ大学に行こう、って言ってたんだけど、陽介は就職したいって・・・陽介の考えは理解したつもりだったんだけど、話しているうちに喧嘩になっちゃった」
宮ちゃんは、飽くまでも明るく話す実乃里さんにおそるおそる尋ねた。
「別れたのに・・・どうして・・・?」
「あたし、ずっと妹が欲しかったんだ。だからりかちゃんや華ちゃんと遊ぶの楽しくて。だからさ、陽介と関係なくなっちゃっても、時々誘ってもいいかな?」
わたしたちは、すごいスピードで何度も首を縦に振った。
実乃里さんは、どんな状況でもやはり憧れの女性だった。だから彼女が陽介さんと別れたことを気遣うより、単純に嬉しく思ってしまった。
タピオカの店を出て、近くの女子中高生に人気の雑貨屋さんをふらふらしている時、実乃里さんがわたしに話しかけてきた。
宮ちゃんは少し離れたところでハンドクリームの試供品を手の甲に塗り塗りしていた。
「そういえば、木崎くん、元気?」
「・・・・・・え?」
「最近、学校で暗いっていうか・・・あんなことあったから仕方ないけど」
「・・・あの・・・?」
「あれ?」
実乃里さんはぱっと口を覆った。
「華ちゃん、ごめん・・・聞かなかったことにして?」
「実乃里さんっ」
「な、なんでもないの、忘れて」
わたしは実乃里さんの手をガッと掴んだ。
「教えてください!みーく・・・兄は何したんですか?」
わたしは家への道を全速力で走っていた。
(うちの卒業生と仲が良かったんだけど、その先輩に強引に誘われて断れなかったんじゃないか、って話になってるの)
(な・・・なにを、ですか?)
(・・・・・・高校生が居てはいけないところにいた・・・っていうか)
(居てはいけないところ?)
(あんまり良くない場所で補導されたみたい)
補導。
繁華街かどこかで飲酒でもしてたんだろう、と高校では噂になっているとのこと。実乃里さんも詳しいことは知らないと言う。補導されること自体はそんな珍しいことではないが、卒業生が絡んでいた、それもその卒業生が有名だったこともあり、在校生の中でも噂がどんどん大きくなって、一人歩きしているらしい。
兄はバイトに部活に忙しいはずだし、塾にも行っている。そんなところに遊びに行く暇なんてないのに。
(バスケ部も辞めちゃったし)
(えっ!)
(・・・嘘、それも言ってないんだ)
(・・・・・・あの、それっていつぐらいのことでしたか)
(ううんと・・・三週間前くらいかな)
三週間前。父がリビングで兄を怒鳴っていたのはその頃だ。あれから兄は、ほとんど夕食時に帰ってこなくなっていた。
あんなに好きだったバスケまで辞めていたなんて。わたしはショックを隠しきれなかった。
(実乃里さん・・・その、兄を誘った卒業生の方の名前ってわかりますか)
(・・・知ってどうするの?)
(・・・・・・・)
(木崎くんに言ったらだめよ。気にするから)
(はい)
わたしの予感は当たった。
実乃里さんが教えてくれた卒業生の名前は「双羽」。
双羽さんが兄をたぶらかすなんてあり得ない。違和感しかない。だって、あの夜の双羽さんは本当に愛おしいものを見る目で兄を見つめていたのだから。