わたしのおにいちゃんのはなし 1
第一話
わたしには三つ違いの兄がいる。しかし血は繋がっていない。だいたい想像がつくと思うのだが、要するに親が違うのである。
わたしの母は、父の二番目の妻だが、わたしが二歳の時に再婚しているので、幼かった兄もわたしも、お互いを本当の兄弟だと思って育った。
そうではない、と知ったのはわたしが中学に上がったときで、兄はその三年前には知っていた。
わたしは自分の生い立ちを知っても、驚きもしなかった。それは元来わたしがあまり動揺しない性格なのと、兄とわたしがあまりにも似ていなかったせいだった。
肌が浅黒くて骨格がしっかりしたわたし。色白で、華奢なつくりの体つきをした兄。わたしはストレートの黒髪、兄は染めてもいないのにきれいな栗色の巻き毛。
どこにも共通点が見つからず、もしかして、と思うのも当然だ。
なので、父と母に改まって打ち明けられても、なるほど、やっぱりか、としか思わなかった。そして知ったところで、わたしと兄の関係は何も変わらなかった。
兄とわたしは、いたって普通の兄妹だ。
普通に喧嘩もするし、思春期に入ってからは会話することも減った。勝手にわたしが兄の部屋に入って漫画を持って行ったのがバレて殴り合いになったり、兄がわたしの分のプリンを勝手に食べたという理由でひと月口をきかなかったりもする。
兄の見た目がいいからといって、血が繋がっていないからといって、少女漫画のように兄に淡い恋心を抱いたりはしなかった。
三つ違いなので、幸い中学も高校も同時期に通わなくて済んだ。あまりにも似ていないため、兄妹だと言っても信じてもらえないだろうと、わたしはひとりっこの振りをした。もちろん先生たちにはバレていただろうが、同級生にはずっとそれで通した。
兄の名前は、倫也(みちや)という。
家族には「みっちゃん」とか、「みーくん」とか呼ばれる。小さい頃、わたしは可愛らしく「みーくん」と呼んでいた。今でもその癖は抜けない。
兄が中学に上がる頃、仲のいい友達を連れてきた
。その友達は兄を「みっちゃん」と呼んでいた。汗臭くて声が大きな、いかにも野球部という坊主頭の男の子だった。
小学三年生のわたしには中学一年の兄と兄の友達がやたらと大きく見えて、どかどか階段を上がって来る足音が聞こえると、少し怖くなって決まって自分の部屋に逃げ込んだ。
隣の部屋から、ゲームに熱中する声が聞こえてくる。少しは遠慮してほしいと思いつつ、わたしはベッドに寝転がって漫画を読んでその大騒ぎをやり過ごした。兄は普段寡黙な方だったのだが、その友達が来たときだけ、大笑いしていた。
わたしが自分の友達を呼ぶときは、まるで仕返しのように、隣の部屋に聞こえるほどの音量で男性アイドルのCDをかけて応戦したものだった。
わたしが六年生、兄が中学三年生。
兄は成績がよく、市内の高校と、少し離れた町の全寮制で偏差値の高い高校を受験して、余裕でどちらも受かった。
どっちに行くか、という話になったとき、兄は即答で市内の高校に行くと言った。父はせっかくレベルの高い学校に受かったんだからそちらに行け、と言ったのだが、兄は頑なだった。
わたしは、正直どっちでもよかった。
むしろ兄が全寮制の高校に行ってくれれば、広い部屋を使わせてくれる、と母が言ったので、密かにそちらを選んでくれることを期待していた。が、結局兄は家を出ることなく、市内の高校に進学することになった。
わたしは近所の中学に進学した。友達はあまり多くない。同じクラスになった宮原里香子(みやはらりかこ)という子と特に仲良くなった。
あだ名は「宮ちゃん」。
わたしは「木崎 華(きざき はな)」なので「はなちゃん」。
なんのひねりもない。
宮ちゃんとつるむようになって、わたしは新しいことをたくさん知ることになった。
宮ちゃんにも兄がいた。わたしが兄の話をすると、なんと同じ高校に行っていることがわかった。おまけに同じ学年で、しかし残念ながら同じクラスではなかった。
わたしは兄と血が繋がっていないことはもちろん黙っていた。宮ちゃんなら言ってもいいか、と思ったが、今ではない気がした。
宮ちゃんは、ある日の休み時間、机の上にどん、と一冊の漫画を立てて見せた。
「はなちゃん、これ読んだことある?」
知らない漫画だった。可愛い絵柄の少年のキャラクターがふたり、描かれている。
「知らないけど・・・宮ちゃん、これはもしや」
「そう・・・・・・これは、びーえる、と言う」
「びーえる!」
宮ちゃんはありとあらゆるジャンルの漫画を読む。お兄さんの買ってくる少年漫画も読破しているという。ごくたまに、本棚の奥に隠された、ちょっとエッチな青年雑誌も見つけだして読んじゃったりもする強者だ。
「宮ちゃん・・・そこに手は出さないって言ってたのに」
「確かにそのつもりだった・・・・・・でも、まさかこんなに興味深い世界だとは思わなかった」
「興味深いとは、いかに?」
「まずは読むべし。これはライトなほうだから、ビギナーのはなちゃんでもイケるはず」
「お・・・おお・・・」
オタク気質のわたしと宮ちゃん。端っこの机で額を付き合わせて、他のクラスメイトに聞かれないようにひそひそと話した。
学校ではオタクはヒエラルキー最下層だ。
正直そこまでびーえるに興味はなかった。が、この親友、宮原里香子のいうことはだいたい間違いはない。なので、わたしはそれを借りて家に帰った。
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