[西洋の古い物語]「皇帝の求婚」
こんにちは。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
今回は、ライン河畔の丘にそびえるグーテンフェルス城を舞台とした真実の愛の物語です。ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。
※ 画像はライン河から望むグーテンフェルス城(左奧)とプファルツ城(右手前)です。https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Burg_Pfalzgrafenstein_-_Kaub.jpg
「皇帝の求愛」
カウプは小さいですが、とても古い町です。昔、町の背後にはグーテンフェルス城が聳え立っておりました。もう何年も前のこと、この城にはファルケンシュタイン伯爵フィリップが唯一人の妹グーダと住んでおりました。両親はもう亡くなっておりましたが、兄妹は一緒に幸福に暮らしておりました。
(※カウプはドイツ西部、ライン川支流のナーエ川河口に位置する町です。ライン川の中州に通行税徴収のために建てられたプファルツ城、町の背後の丘にあるグーテンフェルス城など、中世の歴史的建造物があります。2002年、「ライン渓谷中流上部」として世界遺産(文化遺産)に登録されました。)
美しいグーダとの結婚を求めて大勢の求婚者たちがやってきましたが、彼女は兄との愛に満ちた暮らしに幸福を感じていましたので、他には誰も望みませんでした。フィリップはしばしば彼女に大勢の求婚者から夫を選ぶよう促しておりました。
「ねえ、妹よ。」と彼は言いました。「私がお前のもとを去らねばならない時も来るだろう。もう今にも戦が起こりそうなのだから。」
「フィリップお兄様以外どなたの愛も保護も私は望みませんわ。お兄様のおそばを去りたいと私に思わせるようなお方とは、まだお目にかかったことがございませんわ。」
フィリップ伯とグーダはずっと一緒にいました。片方が行く所にもう片方も行きました。ですから、ケルンで大馬上槍試合が開催されたときにも、二人は一緒に見物に出かけました。その試合には大勢の騎士が参加していました。そのうちの一人がグーダの美しさにとても魅了された様子でした。彼は試合で全ての賞を勝ち取りましたが、彼が誰であるのかを知っているのは司教だけで、他の誰も彼の正体を知りませんでした。
誰だかわかりませんでしたが、その騎士の礼儀作法や話しぶりは魅力的で、皆は好感を持ちました。特にファルケンシュタイン伯爵フィリップは彼のことがとても気に入りました。勝者となったその騎士の振舞いに感服した伯爵は、グーテンフェルス城を訪問してくれるよう彼を招待しました。騎士はこの招待をとても喜んで受けました。
フィリップとグーダは彼を温かく歓迎し、新たな友人をとても好きになりました。一方、客人はますます明らかにグーダへの崇拝の思いを表すようになりました。日に日に彼はこの美しい乙女への好意を深めていきました。
彼はとうとう言いました。「ここに永久に滞在できたら楽しいことでしょう。」
しかし、それはできないことでした。なぜならドイツでは大きな戦が行われていたからです。皇帝が世継ぎの君を残さずに崩御なさいましたので、大勢の者が帝位継承権を主張していたのでした。コーンウォール伯リチャードが最も支持者を集めておりました。貴族たちの多くが彼の支持を表明し、彼のために武器をとる準備を整えていました。
フィリップ・ファルケンシュタインも戦へと出発しました。彼は客人を残して出立しました。客人は、3日以内に出発して彼に続き、ともに戦うことを約束していました。
「出発する前に」と彼は言いました。「ある伝言を受取らねばならないのです。」
2日後にその伝言が届きました。その間に騎士はグーダに結婚の申し込みを承知してもらうことができました。彼女は彼の帰りを待つことを約束しました。そしてグーダはグーテンフェルス城に一人残されたのでした。長い間彼女は不在の恋人のことを思い、彼の帰りを待ち望みながら過ごしました。
ついに戦は終わり、グーダの兄は帰ってきました。しかし彼女は幸せではありませんでした。彼女の騎士からは何の頼りも受取っていなかったので、心配が募りました。
何週間も過ぎました。不安な日々は彼女の頬を蒼ざめさせていました。とうとう彼女は自分の部屋に引きこもり、悲しみに暮れました。あの騎士は死んでしまったにちがいない、と思ったからでした。新しい皇帝、コーンウォール伯リチャードが彼女の兄を訪ねて城へやってきたときすら、彼女は姿を見せようとも思いませんでした。
皇帝である客人は来訪の際、頭から足の先まで重厚な武具に身を包んでおりました。彼は面頬(かぶとの顔の上半分をおおう覆い)を上げることさえ断りました。
「私がやってきたのは」と彼は言いました。「個人的な用件のためなのです。そなたの妹御グーダ姫が素晴らしい佳人であることはしばしば聞き及んでおります。妹御を我が皇妃に迎えたいのです。」
フィリップは、妹にかくも幸福な結婚の見通しが開けたことを大いに喜びました。彼は喜び勇んで皇帝の申し出を妹に伝えに行きました。
「ああ、お兄様」と彼女は言いました。「皇帝陛下の愛をお受けすることは私にはできません。私の愛は別なお方のものなのですから。」
彼女の返事がもたらされますと、皇帝は穏やかにそれに耳を傾け、不愉快な表情はみじんも見せませんでした。
「姫君のお姿を拝見してもよろしいでしょうか。」と皇帝は言いました。「もっと良いお返事をいただけるかもしれません。」
面貌を下ろしたまま、くぐもった声の調子で皇帝はグーダに話しかけました。
「美しき姫君、なぜ皇帝の求愛を退けられるのですか。以前の恋人のことはお忘れになるがよい。その者は死んだか、あるいは不実なのですよ。」
「陛下」と彼女は答えました。「この世で最高の名誉を私にお与えくださいましたが、やはりお受けすることはできかねます。私は愛をお捧げした方に誠を尽くさねばなりませんん。もう亡くなっているかもしれませんが、あの方が不実でないことは確かでございます。」
これを聞くと皇帝は面貌を跳ね上げ、グーダを腕に抱きしめました。その輝く顔を覗き込むと、以前ただの騎士として彼女の愛を勝ち得たその人であることがわかりました。
彼女はもう彼の求婚に耳を傾けることを拒みませんでした。その後ほどなくして彼女はコーンウォール伯リチャードと結婚し、ドイツの皇妃となりました。
「皇帝の求婚」のお話はこれでお終いです。
リチャードもグーダも互いへの愛を忘れず、誠を尽くしたのですね。戦争はしばしば、将来を誓った恋人たちを引き離します。別離の期間が長いと心に不安や疑念が浮かぶこともあるでしょう。戦死したのかもしれない、心変わりして別な人と結婚したかもしれない・・・。そんな気持ちを振り払いながら、戦争が終わって愛する人と再会できる日を待ち続けている恋人たちが今もいることでしょう。その日が一日も早くやって来ますよう、毎日毎日お祈りせずにはいられません。
なお、物語の中で「ドイツ」と書かれているのは歴史的には「神聖ローマ帝国」を指します。コーンウォール伯リチャードは、13世紀半ば、神聖ローマ帝国の大空位時代(先帝が後継者なく死亡したために空位が続いた時代)に帝位に推挙された実在の人物だと思われます。物語の中でグーダを迎えにくるときには皇帝と呼ばれていますが、実際にはいろいろあって即位できませんでした。歴史上のリチャードもファルケンシュタイン伯家の令嬢と結婚したようですが、名前はグーダとは異なっています。
物語は歴史上の事実をそのまま伝えるものではありませんし、虚構や脚色が混じっているものですよね。それでも、皆が虎視眈々と帝位を狙う争乱の日々にも挫けることがなかった真実の愛の物語は、今日読んでもしみじみと胸に響きますね。
このお話が収録されている物語集は以下の通りです。
今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次のお話をどうぞお楽しみに。