『7人の聖勇士の物語』第9章(2) アイルランドの騎士、聖パトリックがサテュロスに捕えられた貴婦人たちを救うお話
こんにちは。
いつもお読みくださりありがとうございます。
自宅からバス停への道は三本あり、季節や気分によってどの道を通るか決めています。そのうちの一本は住宅街を抜けていく道で、いろいろなデザインの家が並んでおり、庭もそれぞれ綺麗に整えられているので、眺めながら歩いていると楽しいのです。
今日はその道すがら、一軒のお宅の門のところに、何か文字が彫られた石板があるのに気付きました。苔がうっすらと生えていましたし、足を止めてあまりまじまじと見るのも憚られましたので、はっきりとは判読できませんでしたが、“PATIENCE IS A FLOWER THAT GROWS NOT IN EVERYONE’S GARDEN”と彫られているようでした。訳してみると「忍耐は誰の庭にも育つ花に非ず」という感じでしょうか。
人間の心を庭に、忍耐をそこに咲く花に喩えた美しい言葉ですね。
少し調べてみたら、イタリアの諺とありました。
そのお宅の方は、門を出るとき、帰るとき、その都度この賢い言葉の意味を考えていらっしゃるのでしょう。
私の心の庭には果たして「忍耐」という花は咲いているだろうか。
歩きながら自問自答して、すっかり恥じ入ってしまいました。
『7人の聖勇士の物語』の続きです。
巨人と鰐を倒した聖パトリックと従者テレンスのその後の冒険の物語です。今日の画像はフランク・ディックシー作「騎士道」(1885)より、木に縛られた乙女を騎士が救う場面です。パブリックドメインで偶然見つけました。今回のお話にぴったりかもしれないと思いましたので、お借りしました。
また、今回登場する「サテュロス」は、ギリシャ神話に登場する森に住む半人半獣で、酒神バッコスの従者です。お酒を飲んで騒ぐ乱暴者で好色で知られます。下は、ウィリアム・アドルフ・ブグローによる「ニンフとサテュロス」(1873) です(https://en.wikipedia.org/wiki/Satyr)。この絵では、上半身が人間の男性、下半身が馬か山羊みたいですね。元気なニンフたちにからかわれて困っている様子ですが、今日のお話の中ではもっと凶暴なサテュロスたちが登場します。
『7人の聖勇士の物語』
第9章 アイルランドの聖パトリックの冒険(2)
忠実なテレンスは、巨人のポケットの中から巨大な真鍮の鍵と黄金製の財布を見つけ、将来の緊急の入り用にそなえて財布を自分のポケットに移しました。そして、聖パトリックとテレンスは巨人と鰐の骸を空飛ぶ鳥が食らうようそこに置いておき、巨人の城へと進んで行きました。
巨大な真鍮の鍵で城門が開きました。入ってみますと目を見張るばかりの豪華絢爛さで、二人は広々とした大広間や中庭を歩き回り、すばらしい収集品に賛嘆しながら陳列室を見て回りました。武具庫には、鉄や鋼の切っ先をつけた椰子や松の丈高いまっすぐな木材が無数にありましたが、巨人はこれらを槍として用いていたのでした。巨人の剣は聖パトリックでさえもほとんど持ち上げることができませんでした。また、そのそばには別にもう1本木材がありましたが、それは他のどれよりも丈高く、片側の先には太い縄と巨大な船の錨よりも大きな鉤針がついており、巨人はそれを手にして岩の上に腰掛け、鯨を釣っていたのでした。
厩では、あれほど巨大な巨人を乗せて運ぶことができる大きな馬たちがいるのだろうと二人は予想していたのですが、そのかわりに鰐や河馬(かば)がずらりと並んでおりました。巨人は戦いに行くときや遊びに出かけるときにはいつもこの鰐や河馬たちを真鍮の車に引き具でつないで引かせていたのでした。しかし、鞍も轡(あぶみ)も見当たりませんでしたので、自分の巨体を運ぶことができるような馬を巨人が所有していないことは明らかでした。
聖パトリックと従者は、巨人の城でくつろいで数日を快適に過ごし、闘いで疲労した体を休め、旅の疲れから元気を回復しました。それから、彼らの馬を緊急用にしようと考え、12頭の河馬と同数の飼い慣らされた鰐を巨人の車の1台につなぎ、とても快適に便利に旅を続けていきました。戦車の天蓋は銀の房飾りのついた青い絹でできており、太陽の暑い日差しからの日よけになりました。
「本当に、埃っぽい道を馬に乗って行くよりもずっと快適ですね!」と従者は騎士に言いました。その気楽な心安さに主人は愉快になりました。従者は言葉を継いで言いました。「アイルランドの人たちは、私たちがアフリカの焼け付くように暑い平野をこんなに快適に旅をしているのを見たら、何と言うでしょうね!」
しかし、彼らの楽しい会話は、目の前に見える森の中から聞こえてきた激しく嘆き悲しむ女性の声と、荒々しい大声や無礼な笑い声によって中断されました。これを聞くやテレンスは懸命に鰐と河馬に鞭を入れ、彼らの愛馬には後ろから駆けさせて、森のへりのところへと駆けつけました。そして、頑丈な木に車をしっかりと結わえ付けると、彼らは馬に跨がり、悲鳴が聞こえてきた方角を目指して駆けだしていきました。
叫び声と嘆き声はどんどん大きくなっていきました。ついに騎士と従者はその場所にたどり着き、森の中の小さな谷間を見下ろしました。すると彼らは憐れみで心臓を溶かし、恐怖で血を凍らせるような光景を目にしたのです。そこでは、緑色の衣装をまとった6人の美しい乙女たちがそれぞれ木に縛り付けられ、頬に涙を流し、目で慈悲と憐れみを乞うているのが見えました。そして、彼女たちの回りでは、恐ろしい面相の見るも忌まわしい百匹の獰猛なサテュロスが踊っておりました。
サテュロスたちはそれぞれ木のような巨大な棍棒で身を固めており、それを荒々しく振り回しておりました。また、もう一方の手には屋根の頂を越えて昇る満月のように大きな盾を携えておりました。鞘(さや)のない2本の剣が真鍮の鎖で両脇に吊り下げられ、長弓と矢が満杯に詰まった矢筒が背中にかけられていました。彼らが踊りながら発する声が騎士と従者の注意を引いたあの恐ろしい物音だったのです。
貴婦人たちの近くには6頭のミルクのように白い婦人用の乗馬がおり、少し離れたところには、最初は見えなかったのですが、別な6人の乙女たちがおりました。衣服や振舞から、あの緑の服を着た貴婦人たちの侍女たちであることがわかりました。一瞬でアイルランドの戦士とその忠実な従者の心は燃え上がり、あの忌まわしいサテュロスたちから6人の美しい貴婦人とその愛する侍女たちを救い出そうと燃え立ちました。そこで、剣を抜き、アイルランドふうの鬨の声をあげながら、彼らは猛然たるスピードで突っ込み、恐ろしいサテュロスたちが誰も彼らの接近に気付かぬうちに、切りつけ、めった切りにし、たたき切りました。
多くの仲間が殺されて地面の埃を噛むはめになりましたが、やがてサテュロスたちは我に返って一団となり、敵が騎士一人とその従者だけなのを見てとりますと、巨大な棍棒を振り回し、一万頭の雄牛の咆哮よりも大声で叫びながら向かっていきました。
雄々しく、男らしく、聖パトリックと従者は闘いました。おぞましいサテュロスたちの巨大な棍棒による攻撃は二人の兜に雨霰と降りかかりましたが、彼らの飢えた剣は敵の血をぐんぐん吞み、サテュロスは一頭また一頭と次々に倒されました。しかし、サテュロスはどんどんやってきました。離れたところに立って長弓から矢を放つ者もあれば、近寄ってきて手にした大剣で猛然と打ち、切りつける者もおりました。騎士も従者も勇気と敏捷さを振り絞らねばなりませんでしたが、幸い両者とも勇気と敏捷さの両方にたいへん恵まれておりましたので、敵を追い詰めることができました。名誉のため、栄光と名声への欲求のため、そして、木に縛り付けられた美しい貴婦人たちと、もちろん6人の侍女たちの姿にも励まされて、彼らは頑張り抜きました。
おぞましいサテュロスたちの3分の1が騎士と従者の断固たる攻撃に命尽きて倒れ、他方、多くの者が深手を負い、手足が不具となって足を引きずりながら逃げ去りました。しかし、残りの者たちは、不屈の勇気をふるって猛烈に闘いを続けました。そんな勇気はもっとましな理由に用いるべきなのですが。
とうとう聖パトリックはテレンスに逃げるように命じ、あたかも逃げ出そうとするかのように馬の向きを変えました。しかし、これは、忠実な従者がよく心得ていたとおり、巧みな計略に過ぎませんでした。いったん逃げると見せて、直ちに勢いを倍増し、散らばった敵の方へと戻りますと、彼らは猛烈に攻撃を行いました。生き残ったサテュロスたちは、泣き喚きながら遠くの森の中へと逃げ去り、森は彼らの嘆き声で鳴り響きました。そして、6人の貴婦人と6人の侍女たちは勇敢な騎士とその従者の保護下に残されました。
聖パトリックが緑の衣装をまとった6人の貴婦人たちの美しい手足の縛めを切って緩めているあいだに、テレンスも侍女たちに同じようにしました。
貴婦人と侍女たちは、近くの水晶のような小川からくんできた清らかな水をひと口飲み、戦士が用意した食べ物を食べて元気をとりもどしました。その後、彼は彼女たちを森から連れ出し、礼節ある心遣いと礼儀正しい話し方で、彼女たちに鰐と河馬に引かせた車に乗るようにと勧めました。それから漸く彼は、彼女たちの名前と身分と生まれ故郷を尋ねました。
一番年上の貴婦人が答えました。
「武勲に輝く勇敢な騎士様、実は私たちはグルジア王の不幸せな娘たちでございます。生まれてこの方、私たちはずっと不幸でした。まず、私たちは怪物のような巨人にさらわれて7年もの長い間白鳥に変えられ、外の世界を見ることもできず、どんなドレスが人気なのか、流行はどんなふうに変わったのか、その他たくさんの大切な事柄を知らずに過ごしました。
とうとう、高貴な騎士様、スコットランドの聖アンドルー様の勇気によって、私たちは幸運にも囚われの身から解放されたのです。あの方のことはあなた様もきっとお聞きになったことがおありでしょう。ところが、驚いたことに、私たちが父の宮廷に戻りますと、一番上の姉が別な名高い戦士様、イタリアの聖アンソニー様の花嫁となって父の宮廷を旅立った後だったのでございます。巨人はその方の力強い武勇によって殺されたのでございます。すると間もなく、このことをお聞きになった聖アンドルー様も、かつてのお仲間で親友である聖アンソニー様を探して出立されたのです。
ああ、こんなことを告白しますのは身の恥をさらすことになりますが、私たちはあの立派な騎士様をお慕いする気持ちが胸に湧き上がるのを禁じ得ませんでした。あの方なしにはもはや生きられない、というのが私たち全員の一致した気持ちでした。それで、父の宮廷を後にしたのでございます。世界中をめぐってあの方をお探しし、故郷グルジアへお連れしよう、さもなければあの方のお墓の傍らで嘆きに満ちて死のう。私たちはそう決心したのです。」
「あなた方がご苦労の多い旅を始められた原因となった高貴なる戦士は、私が大いに尊敬している良き友なのです」と聖パトリックは声を上げて言いました。「彼に会うためなら、この大きな大陸を、木々が生えている地域を越えて遠くまで行きたいと思います。この者は私の忠実な従者テレンス・オグレーディです。テレンスと私は、皆様と6人の侍女たちのお供をいたしましょう。公正で高貴な聖アンドルーか、キリスト教国の6人の勇敢な騎士の誰かを見つけるまで、ご一緒に参りましょう。あの騎士たちと長く会っておらず、別れてから夏が七回過ぎ去りました。」
6人の王女たちは、聖パトリックの言葉と優れた礼節にたいへん喜び、彼の申し出に同意しました。彼女たちは、聖アンドルーが目指したと思われる方角へと12頭の鰐と河馬に引かせた巨人の車に乗って旅を続けました。車の後ろには6頭のミルクのように白い乗馬に乗った6人の乙女たちが付き従い、車の両側には聖パトリックと忠実な従者が付き添い、護衛をしておりました。というわけで、当面の間、一行には旅を続けていただくことといたしましょう。
今日はここまでです。
危機一髪、サテュロスから救われたグルジアの貴婦人たちは、聖パトリックとテレンスに守られながら、愛する聖アンドルーを探す旅を続けます。鰐と河馬が引く車は考えただけでも恐ろしそうですが、テレンスによれば案外快適みたいですね。次回はウェールズの騎士、聖ディビッドの冒険のお話です。
次回をどうぞお楽しみに!