[西洋の古い物語]「シャルルマーニュの寛容」
こんにちは。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
今回も、前回に続きまして、シャルルマーニュ(カール大帝)にまつわるお話です。
なかなか暑さがおさまりませんが、ようやくコスモスやヒガンバナが咲き始め、秋の風情が感じられるようになりました。中秋の名月はご覧になりましたでしょうか。本当に美しい満月でしたね。物語を読むのにぴったりな季節になってきました。今日もご一緒にお読みくださいましたら幸いです。
「シャルルマーニュの寛容」
シャルルマーニュは自身の居城として新しい宮殿をライン川近くの美しい場所に建てさせました。それが完成しましたので、彼はそこを訪れました。宮殿で過ごした最初の一夜のこと、とても不思議な出来事が起りました。天使がやってきて彼のベッドの傍らに立ったのです。
「起きなさい」と天使は彼に言ったように思われました。「起きて出かけなさい。そしてアルノーの館に秘かに忍び込みなさい。」
この命令にとても驚いた皇帝は、どうしたらよいかわかりませんでした。このような命令が天使から下されるなどとても信じられなかったのです。そこで動かずにおりますと、命令は繰り返され、さらにもう一度繰り返されました。
三度目に天使が「行ってアルノーの館に忍び込むように」と命令したとき、皇帝は起き上がり、静かに厩へ行って自ら愛馬に鞍をつけると、暗闇の中へとそっと出て行き、アルノーの館の方向へと馬を進めて行きました。アルノーは彼が最も信頼している大臣の一人でした。
考えをめぐらせながら暗い道を進んでおりますと、誰かが近づいてくるのが聞こえました。すぐに彼には、それが黒っぽい色の武具に身を包んだ一人の騎士であることがわかりました。こんな時刻に馬に乗っているとは良からぬ用事に違いないとシャルルマーニュは思いました。そこで彼はその男に問いただしました。
「どこへ行くのだ。こんな夜更けに何の用なのだ」と彼は詰問しました。
騎士は答えず、馬に拍車を当てて皇帝に襲いかかりました。この動きを見るや、皇帝も同じく相手に突撃し、両者は猛烈な勢いで激突しました。両者とも落馬し、その後接近しての格闘が続きましたが、皇帝は見知らぬ騎士よりも優位に立ち、相手を地面に引き倒しました。騎士の喉元に剣を突きつけながら、皇帝は相手の名を厳しく問いました。
「私はエルベガスト、悪名高き強盗騎士だ」と彼は答えました。「多くの恐れを知らぬ所業を冒してきたが、私を打倒す力を持つ者はお前が初めてだ。」
「立て」と皇帝は名を名乗らずに言いました。「そして一緒に来るのだ。私もお前と同じ用事なのだよ。」
強盗騎士はためらうことなく自分を征服した者の仲間になりました。
「私は、皇帝の最も信頼厚き大臣の館に押し入るまで家に戻らないと誓っているのだ。」
皇帝はそう言いながら、アルノーの館へと道を進んで行きました。
エルベガストはすぐに侵入口を見つけました。連れに外で待つよう言いつけると、彼は音も立てずに館の中へと忍び込みました。
大臣の寝室に近づくと、熱心に話す声が耳に入りました。聞き耳を立てますと、大臣が翌日の皇帝殺害計画を妻に打明けているのが聞こえたのです。
この館にやってきた目的も忘れ、騎士は連れの所へと大急ぎでとって返し、直ちにシャルルマーニュのところへ行って迫り来る危険を知らせてほしい、と頼みました。
「皇帝のお命をお救いするため私自身が喜んで行きたいところだが、そうすればきっと厄介事に陥るだろう。なにしろ多くの悪事をなしてきたのだし、皇帝は私を信頼なさらないに違いないから。だが、私が何をしてきたとしても、あの方には大きな賛嘆の念を抱いているのだ。あの方は闘いで負けたことがないし、常に民の幸せのために尽くしてこられたのだからな。」
そしてシャルルマーニュとエルベガストは別れました。一方は山中にある自分の砦へと戻り、もう一方は自分の宮殿へと思案に耽りながらゆっくりと元来た道を引き返していきました。
翌朝、大臣一味は皇帝に対して企てていた陰謀を実行に移そうと試みました。しかし、彼らの陰謀は挫かれました。シャルルマーニュは一味全員を監禁し、彼らは皇帝に対する陰謀を告白しました。
しかし、シャルルマーニュは生まれつき高潔で寛容な気質でしたので、自分に対して陰謀を企てた者全員を赦しました。これほどの寛容さに謀反者たちは恥じ入り、以後は誠の忠誠心を尽くして彼にお仕えすることを誓いました。そして全員が忠実に約束を守ったと伝えられています。
シャルルマーニュはエルベガストを更生させようと心を決めました。そこで、彼に使いを遣り、宮殿へと伺候するよう求めました。
「私、ドイツ皇帝であるシャルルマーニュは、強盗騎士エルベガスト殿と内々で話したいのだ。宮殿への往復における貴下の身の安全は約束する」と皇帝の伝言にはありました。
シャルルマーニュの求めに応じてエルベガストは宮殿へと伺候し、皇帝の私的な談話室へと通されました。ほどなくして一人の男が入ってきました。彼は武具を身に着けておりました。エルベガストはその男がアルノーの館の冒険のときの仲間であった騎士であることがわかりました。
「エルベガストよ」とシャルルマーニュは言いました。「私に見覚えがあるようだが、私が誰だかわからないのだな。」
そしてシャルルマーニュは面頬を挙げました。相手の騎士は自分が皇帝の御前に立っていることがわかりました。
「そなたは」と皇帝は続けて言いました。「私のために忠実に務めを果たしてくれた。私は常に忠実な家来を必要としているのだ。だからそなたに我が家臣の地位を与えよう。そなたほどの勇気と熟練の士は皇帝の家臣の地位にふさわしい。」
エルベガストはいたく感激し、物も言えないほどでした。彼から武器を奪い無力にすることができた男はシャルルマーニュただ一人でした。それゆえに、彼はシャルルマーニュにおおいに敬服していたのでした。しかし、これにもまして、皇帝の寛容さが彼の心を打ったのでした。そこで彼は進んでよこしまな生き方を捨て、皇帝の忠実な僕となりました。
「シャルルマーニュの寛容」の物語はこれでお終いです。
シャルルマーニュはきっと、「こんな人にお仕えしたい」と思わせるような人だったのですね。相手を感服させるのは、力ではなく、人柄とか人間性なのだなあ、としみじみと思いました。
このお話が収録されている物語集は以下の通りです。
今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次のお話をどうぞお楽しみに。
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