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最後のTight Hug⑮


これまで、冬は大嫌いだった。


寒くて起きることが億劫になる朝も。暖房で乾燥する喉も。着膨れをして、動きづらくなる学ランも。


夏派、冬派論争は皆、必ず経験したはずだ。


冬派の言い分は「夏はどんなに脱いでも暑い。冬は着れば凌げる。」だろう。


それに対する夏派である俺の反論はこうだ。


「夏は、どんなにやる気がなくても頑張れば動けて、活動が出来る。冬は、寒すぎて本当に外に出る気力が無くなって、活動が出来ないじゃないか」


それが本当に正しい反論かと言われれば、そうではない。というよりそもそも夏派と冬派はお互いに重要視している所が違うから、永遠に水掛け論だと俺は思う。


夏派=冬の寒さに耐えられない≒精神的なダメージを嫌う派閥。


冬派=夏の暑さに耐えられない≒肉体的なダメージを嫌う派閥。



…これが正しいかはさておき、俺はこう解釈している訳であって。


話を戻そう。


俺は冬が嫌いだっ"た"。



でも、最近は悪くないのかもしれない、なんて思う。



だって、コートに身を包んで、マフラーに顔を半分隠して小さくなってる絵梨花の姿は、とても愛くるしいし

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寒い!って、その一言で手を繋いで、人がいなければ、ハグまですることができるし

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外に出る機会が減る分、どちらかの家でゆっくりと過ごす時間が増えたから。

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これまで苦手だったものでさえ、大切な人と一緒に過ごすことが出来れば、こんなにもいい所が見つかるもんなんだと、1人でに感心していた。



そんな、季節は12月下旬。



俺と、齋藤、絵梨花はよく3人で図書館に籠り、坂道大学の対策をするようになった。


国語と社会は齋藤が、


数学は俺が、


理科と英語は絵梨花が相対的に得意だったので、お互いに苦手分野を教え合いながら、時にはノートに落書きをして、静かな図書館で笑いをこらえたり。



『…ねぇ、いくちゃん。…ここ、分かんないんだけど』


『…んー、ここは…時制の一致が…』


『はー…なるほど。』




教え合いをしている齋藤と絵梨花を眺めながら、あの学園祭の日を乗り越えて以降、俺ら3人の結束力はより強くなった事を再実感していた。



齋藤に関してはモデルを目指すという事を打ち明けられた時は驚いたが、それでも大学は行くらしい。


"本当なら"そんなことせずに、直接進みたい道に進むことが1番いいのだろうが。


絵梨花だって、本当は歌手のためだけに時間を使いたいはずだ。


それでも、俺らと同じ大学に行くために、今は歌手のオーディション活動をセーブしていた。


本当に、絵梨花のためには、これでいいんだろうか。



答えは分からないし、だからといって俺にどうにかできる問題ではなかった。



『おい、ぼーっとしてるだろ。』


「…あ、ごめん。何、齋藤」


『いや、そろそろお開きにしようって。いくちゃんが。』


「え、あぁ…そうだね。」

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『…どうしたの?○○、最近よくぼーっとしてるけど』


「そんなことないよ。じゃあ帰ろっか。」


『あ、私お先に失礼するね』



そそくさと荷物を片した齋藤が、リュックを背負って立ち去ろうとする。


「え、なんで。一緒に帰ろうよ、齋藤。」



呼び止めた俺に対して、絵梨花に背を向けるように齋藤は俺の肩を組んだ。


『バカ、今日何日だよ。』


「…え、あ…」


『…ったく。せっかく私が気を使ってあげてんだからさ。察しろよな。』


「…やべぇ。…俺」


『…まさか、何も買ってないの。』


突き刺すような齋藤の冷たい視線に、俺はコクリと頷く。



『…終わってるね。あんた。』


「…どうしたらいい。」


『…素直に欲しいものを聴いて、買ってあげるか…あとは、どっか泊まりに行くとか。』


「…泊まりにいけったって…何処に…」


『んー…』




『…ウチ、泊まる?』


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いつの間にか俺らの会話を聞いていた絵梨花が、後ろから声をかける。



「えっ…」


『あ、良かったじゃん。…じゃあ決まりで。いくちゃんちでクリスマスパーティでもしなよ。』


『あすは?』


『行くわけないじゃん。』


「何でだよ。」


『むしろ、ここ2人のカップルに挟まれて、クリスマスを過ごす独り身の私の身にもなれよ。』


「…それは、確かに…」


『そういうわけだから。私帰るね。あとはよろしくやっといてよ。』



そう言い残すと、齋藤はあっという間に図書館から出ていってしまった。


『…じゃあ、お買い物いこっ』


「ちょ…まだ図書館の中だから…」


そう言って腕を組んできた絵梨花を離そうとするけど、頑なに離れようとしなかった。



『やだ。クリスマスだからいいじゃん。』


「いや、そうだけど…」


『嫌なの?』


「嫌なわけ…でも…」



『…でもじゃない!離れません。絵梨花と○○は固く固くむすばれたまま、一生一緒にいたのでした。めでたしめでたし!!』


「…わかったよ。」



『じゃあ、行こっか。私ね、コートが欲しいかな。』

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俺は指先を絡めて繋いだ手を、周りにバレないように、自分のコートの中に入れた。





「"おかえり。"○○くん。…外は寒かったろ」


インターホンを押すと、中からお義父さんが出てきて、暖かい表情で俺たちを迎え入れてくれた。


『ただいま、お父様。』


「…お義父さん、これ、気持ちだけですが。」



俺は手土産に買ったシャンパンのボトルを手渡す。


「ありがとう、ちょうど酒が少なくなっていたんだ。気が利くね。」



「…飲みすぎないで下さいね。」



俺は牽制をするように、キツく、忠告をすると、おおらかにお義父さんは笑った。



「大丈夫だよ。それよりいつまでをもこんな寒い玄関で立ち話をしてないで、中に入りなさい。夕食の支度は出来ているから。」


急かすように、リビングに通されると、テーブルの上にはチキンやら、ステーキやら、ロブスター、ケーキやら、最後の晩餐のような豪勢な食事が並んでいた。


父親の力の入れように、少し、圧倒される。


『凄い!!お父様!!これ全部食べていいの!?』


「あぁ、育ち盛りの2人だからね。…絵梨花の食欲は○○くんを困らせていないかな」


「…ちょく、ちょくですかね。」


『なっ…違いますお父様…!!そんなこと…』


突然のことに、顔を真っ赤にして絵梨花は否定をする。



そんな姿に、お義父さんと笑いながら俺たちは食卓に着いた。



「せっかくだから、頂いた物を開けようか。」


「いや、そんな。…こんな豪華な食事や日頃お義父さんが飲んでるものと比べたら…」


「何を今更。…君が買ってきてくれた事が何よりも価値の高いことじゃないか。…そうだ、君も1口飲まないか。」


『ちょっと、お父様!!○○は未成年ですよ。』



「いいじゃないか、こうやって絵梨花の大切な男性とお酒を飲むのが、私の夢だったんだよ。」



そこまで言われて、俺は断ることなんてできるわけがなかった。


「…頂きます。」



「…ありがとう。○○くん。」



『もうっ!』


怒っている絵梨花を横目に、俺はお義父さんとグラスを交える。


チャッ…と、上品な音がリビングルームに響き渡った。




「絵梨花、いい加減脱ぎなよコート。」


『だって、可愛いんだもん。』


そう言うと今日買ったベージュのロングコートをまだ着たまま、何度も姿見を見ては嬉しそうに顔を綻ばせていた。


「そんなに嬉しいもの?」


『嬉しいよ!!○○が買ってくれたんだよ?そりゃ、脱ぎたくもなくなるよ。』


「はいはい。分かったから、シワになるからね。」


そう言って絵梨花の前に立って、羽織っていたコートに手をかける。


「…いい?脱がせるよ。」


コクリと頷いたのを確認して、コートを絵梨花から抜き去り、ハンガーに掛けようとすると、絵梨花が俺のシャツの裾を引っ張った。




『…コートだけ…?』


「…だけ?…」


『…脱がせるの、コートでおしまいで、いいの』



トロッ、とした甘ったるい表情になった絵梨花を見て、彼女の真意を理解し、ハンガーにかけようとした動きが止まる。



「…いや…でも…」



『…でも?』


「…お義父さん、いるし…それにケーキもまだ…」



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『…意気地無し。』


悪戯っこのような笑顔を見せると、絵梨花は1枚、また1枚と、身につけているものを床に落とし始めた。


『…寒いなぁ…』



「…わかったよ。」



俺は、絵梨花を抱き寄せると、そのまま2人でベットに潜り込んだ。


暖かくて、乾燥した部屋の中で




布1枚もへだてることなく、絵梨花と体温を分け合い、


グラスに注いでいたコーラの炭酸が抜けきってしまうまで、





何度も、何度も、絵梨花と触れ合った。



時計の長針が一周する頃には、俺も絵梨花もぐったりとして、服を着る気力も無いまま毛布の中で身を寄せる。



誰かをこんなに愛しいと思うことって、この先の人生で彼女以外にあるんだろうか。


こんなに幸福感を抱いて、頭の中が真っ白になるほど、他のとこが考えられなくなることって、あるのだろうか。


「…絵梨花、愛してるよ。」




『…そうじゃなきゃ、許さない。』

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そう笑うと、絵梨花は"喉が乾いたね、コーラ新しい飲もってくる。"と、ベットから起き上がる。



「ちょ、待って!!」


『ん?』



「服!!服!!」



『あっ、そうか。』


思い出したように慌てて服をき直す絵梨花。


『大丈夫?バレない?』


「…多分、匂いさえなければ。」


『すぐに取って帰ってくる。』



笑いながら絵梨花が部屋を出て、携帯を開き、ラインを見ていた時だった。



『ねぇ、○○、ちょっと手伝って。』



コーラをもって戻ってきた絵梨花が、ドアから俺を手招きした。


俺はベットから起き上がると、絵梨花についてリビングに向かう。



「どうしたの?」


『お父様が、飲みすぎて寝ちゃったみたいでさ。風邪ひくから一緒にベッドに運んであげてくれないかな。』



その言葉に、俺は一瞬で血の気が引くのを感じる。



「…絵梨花、携帯…」


『え、それよりお父様を…』



「だから携帯!!電話でもいいから!!それ、貸して!!」


『きゃっ…』



俺は乱暴に絵梨花からスマホを取り上げで、119を掛けた。



俺の横で、何が起きてるか分からないと言った感じで、怯えている絵梨花のことなんて、気にしてやる余裕もなく



俺はただただ、夢中で救急隊員の方に、事情を説明する事に必死になっていたのだった─────





薄暗い証明に照らされた、病院の待合室におかれているツリーは、何とも不気味で、思わず目を逸らしてしまう。



お義父さんが運び込まれてから1時間はたっただろうか。応急処置を終え、担当医に連れていかれた絵梨花が戻ってくると、力なく俺の横に腰を下ろした。



『…もう少し遅かったら…もう…ってさ。…○○が、すぐに救急車を呼んでくれたお陰だね。…ありがとう。』



「……うん。」






『ねぇ、○○?…はいか、いいえで、答えて。』






冷たい絵梨花の声が、耳に触れる。




『…お父様の病気の事、知ってた。』


「…はい。」



『…知ってて、私に隠してた。』



「…はい。」



『…私と同じ大学に行こうって、そう言ってくれたのも、お父様にそういう様にお願いされたからだった。』



「……」



『私は夢を追いかけてる場合じゃないって、理解してたからこそ、歌手を諦めるように仕向けた。』



「…」



『…答えて。』



「…」



『答えてよッ!!!!』



横で突然立ち上がり、声を荒らげた絵梨花の顔を、俺はまともに見ることも出来なかった。


「…はい。」



返事を聞くと、絵梨花は何を言うことも無く、ただ薄暗い待合室のフロアに、乾いた音が大きく鳴り響いた。



そこからは、あまり記憶が無い。



鮮明に覚えていたのは、いつまで経っても絵梨花に打たれた頬は痛くなんてなくて



それよりも、彼女の冷たい言葉達だけが、俺の心を痛めつけていたことだ。



暗い1人の夜道に、鳴り響いた着信音と、底抜けに明るい声で話しかけてくる齋藤。



『ねぇ、メリークリスマス!!みて、ほら、帰り道にね、こんなに綺麗なイルミネーションがあったの。だから飛鳥ちゃんサンタから、お熱い2人にお裾分け!!』



そう言いながら、青々と街を照らすイルミネーションを、ビデオ通話で見せてきた気がする。


「…綺麗。」


『でしょ!!いくちゃんも、見えてる!?すごくない!!日本で最大級らしいよ!!』



「…齋藤、」



『…どうしたの?暗くない?いくちゃんは?』



「…メリークリスマス。」




その一言で、通話を切る。



俺はそのまま、家に帰ることも出来ず、いつも絵梨花と過した公園のベンチに腰を下ろした。



いつもと、変わらない公園。



いつもと、変わらない景色。



ただ、1つ、違うことは。






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『…メリークリスマス。』




いつの間にか、俺は齋藤の胸の中に居て、彼女の上着を濡らし続けていたことだ。




あぁ、やっぱり俺は




冬が、嫌いだ。




to be continued...










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