最後のTight Hug⑪
夏休みが明けて1ヶ月もすれば、俺と絵梨花の噂はピッタリとたち消えてしまった。
破局したらしいと周りが判断するには十分な程に、俺と絵梨花のコミュニケーションは無くなっていたが、実際のところは破局すら、していないというのが正しい。
あの日、
あの夏祭りの日の翌日、ふとLINEを見たら絵梨花からのメッセージは送信取消がされていた。
もちろんその前の内容は把握していたため、何が送られてきたのかが気になることなんてない。
ただ、何が送られてきたのかを知っているからこそ、その送信取消は、俺にとっては"逆ギレ"のようにも受け取れた。
────話をする気がないなら、私だって、別にもういいです。
そんな感じだろうか。…悪いのはどっちなんだ。
所詮、その程度の謝罪の気持ちしか、ハリボテの彼氏だった俺には抱いていなかったのだろう。
彼女とのことに関しては拭えない不快感もあったが、いずれにせよ俺の周りで回っていた噂は、今となっては学園祭の話に切り替わっていた。
そして、それはかく言う俺や齋藤も同じことで。
『えー…ホントにやりたくないんですけど…』
齋藤はサッシから持ってきた雑誌を開くことも無く、ただカウンターにうつ伏せたまま、カフェラテをスプーンでぐるぐると回していた。
「行儀悪いぞ」
『代わりに出てよ』
「なんで男の俺がミスコンに出るんだよ。」
『もぉー、誰だよ私に入れたヤツ。』
「遠回しの自慢か…っいて!」
『ぶっ飛ばすぞ。』
軽口を叩いた途端にすぐさま齋藤に脇腹を殴られる。
冗談はさておき、確かに齋藤にミスコンの学年代表で出ろというのは些かハードルが高いように思えた。
もちろん齋藤のビジュアルに関しては文句をつけるつもりは無いし、妥当な結果だ。ただ、彼女の表に立ちたがらない性格こそが、何よりのハードルだった。
学年代表として決まってしまった以上はでなければならないだろうが、派手なメイクと衣装に身を包み、人前で話す齋藤の姿はどうにも想像できず、なんとフォローしてやろうかと頭を抱える。
「…まぁ、ただ前に出て投票結果聞くだけだからさ。」
『…そぉ…だけど。』
「いいじゃん。堂々と胸張ってろよ。私が1番3年生の中で可愛いんですって。投票結果の総意なんだからさ。」
『…本当はいくちゃんのだったはずだけどね。』
「…なんで?」
『ほら、いくちゃんって取っ付き難いイメージあるじゃん。それにアンタのことがあったし。だから投票されてなかったけど、フラットな条件だったら多分みんないくちゃんに投票してるんじゃないかなぁ。…彼氏としては誉な──────』
「……まぁ…可愛いんじゃない。」
言葉を濁した所で、齋藤が"しまった"と言わんばかりの表情をし、顔を上げる。
『…ごめん。いくちゃんの話…嫌だよね。』
「…いや、別にいいよ。もう関係ないんだし…」
『…本当にもういいの。…未練、無いの。』
「無いよ。…いくらなんでも不義理過ぎるよ、絵梨花は。…もう今更、俺の気持ちなんて変わらない。」
決意を証明をするかのように、俺は手元のコーヒーカップを一気に空にする。
その姿を横で見ていた齋藤は、突然思いついたように眉毛を上げた。
『そうだ。…じゃあ、私頑張ってみるからさ、もしもコンテストで1位になったら、ひとつお願い聞いてよ』
「…何…急に。無理難題を押し付けてきそうだな…」
『…大丈夫、大丈夫。…私にほんのちょっとした肩書きさえくれればいいから。』
「肩書き…?」
『…彼女って、肩書き。』
『…いる?』
キラキラとした表情で俺に飲みかけのカフェラテを差し出す齋藤を、直視出来ないほどに俺はきっと赤くなっていた。
⊿
10月下旬にもなれば、皆がワイシャツの上にセーターを着て、女子はブレザー、男子は学ランを羽織るようになった。
いよいよ来る受験の冬への準備を始めている中で、来週に行われる学園祭の催しは、言わば受験前最後の学年参加イベントと言えるだろう。
そうは言いながらも、受験学年の高校3年の教室が催し物用に彩られるなんてことはなく、基本は通常授業。
そして、昼休みを挟んだ前後1時間のみ、学内のイベントを回ることができるようになっていた。
恐らくは多くのものが、出店で食べ物を片手に、最注目イベントのミスコンのステージに集合することになるのだろうが。
「そういえば齋藤、衣装決まったの。」
帰宅の荷物を纏め、リュックを背負った齋藤に声をかける。
『…うん、一応。山に選んでもらった。』
山下は誇らしげに横でピースサインをしている。
ちなみに一昨年、昨年のグランプリは山下で、自称殿堂入りということで今年は参加を拒否したらしい。
『任せてよ。あまりの美しすぎる飛鳥に、○○なんてイチコロで堕ちちゃうから。』
「…バカにしてんのか。そんな簡単に…」
『…ミ・ニ・チャ・イ・ナ…』
「……嘘。」
『おい、山。嘘つくな!!違うからな。○○も変な想像するのやめろ!!』
「嘘…!?」
顔を真っ赤にしたまま山下を見ると、性格の悪そうな笑みを浮かべて俺を嘲笑っていた。
『めっちゃ期待してたじゃん。やらしー。…○○ってそういう所、あるよね。』
「…お前さぁ…」
『それよりこの後どこで勉強する?…そろそろスタバ飽きたんだよね…』
『飽きたって…飛鳥いつも寝てるじゃん。』
そんな談笑と共に下駄箱からスニーカーを取り出して帰ろうとした時、ふと担任から声をかけられた。
「うわ…○○、お前ってやっぱり天才?」
「…は?何ですか。」
「男手がいるんだよ。図書室の本の整理。お前、バスケで鍛えたいい腕してるよな。」
「受験生なんで、なまってます。」
「じゃあ現役時代を思い出すくらいの運動量が必要な、課題でも出そうか。」
「…手伝います。…別に女子がいる分には…」
と、振り返ると、山下と齋藤は笑顔で俺に手を振っていた。
『先、飛鳥と行ってますね、ご主人様♡』
『場所、LINEしときます。お疲れ様でェす♡』
「友達辞めてやる。」
「まぁまぁ、とりあえず図書館行っといてくれ、作業はもう教えてるから。良かったな、お前一人じゃないぞ。」
「…はい?」
⊿
『…何。』
「…別に。…手伝えって担任に言われたから来ただけだよ。それ以上でも、以下でもない。」
そう言いながら、机の上に重ねられた本に伸ばそうとした俺の手を、絵梨花が払い除けた。
「…何すんだよ。」
『…邪魔しないでくれる。それ、私並び替えてるんだから。』
「…じゃあ俺は何すればいい。ちゃんと指示くれなきゃ終わんないだろ。」
『帰って。私ひとりでやりますから。』
「終わるわけないだろ…この量。」
『終わります。』
「二人でやった方が早いだろ。」
『相性が良くないんで。私たち。あなたと飛鳥と2人でするなら早いかもね。…色々と。』
「は、何の話だよ。」
『べっつに。…勝手にしてればって話。』
言葉を吐き捨てると、絵梨花はいくつか本を持って棚に移動し、帯を見ながら片付けを始める。
「…なるほどね。…もう用がなくなった男には、そんな感じで接するのが本性か。」
『…そっちこそ、何の話…?』
「べっつに。勝手にしてればって話。」
煽るように台詞を吐き返すと、俺は絵梨花が並べた本を抱え、これまた絵梨花と同じように帯を見ながら棚へと戻す作業を始めた。
背中併せで作業をしていて、棚と棚の間の距離なんてひと1人分程のスペースしかないはずなのに、お互いに違う方を見ている姿は、まんま今の俺たちの関係性のように思えた。
こんなに近くにいるに。
お互いが同じように振り向けば、向き合うことができるのに。
俺と絵梨花の間の距離は、果てしなく遠い気がしてしまう。
2人きりの図書室は、ただただコトっという本が置かれていく音だけが響き渡っていた。
しばらくすると、背後から、ガチャガチャ…という金属音が聞こえてきて、振り向く。
そこでは絵梨花が脚立を使いながら、棚の上の方に本を並べていた。
傍から見るとかなり危なっかしい。
背伸びをして、重い本を片手に紙一重のバランスを取っている姿は、まるでサーカスを見ているような緊張感を俺に味わわせた。
「…危ないから、変わるよ。」
脚立を支える俺を見下ろすと、絵梨花は無視して作業を続けた。
「絵梨花!!」
『うるさい!!もう○○なんか居なくても、私は出来るから!!』
「それとこれとは話が別だろ!!危ないから!!」
『だから、大丈夫だって言ってるじゃん。そうやって誰にでも優しいのやめたら?浮気者。…どうせ誰でもいいんでしょ!!』
「…誰でもいい?それはこっちのセリフだろ!!どーせ俺なんか、夢を叶える手段のくせに!!」
『…は、はぁ…!?一体いつ私が────ッ!?』
反論しようと、絵梨花が大きく身を捩って振り返った時、ガチャッ!!という音ともに、映像がスローモーションになった。
いつかのデジャブのように、俺は慌てて手を伸ばし、バランスを崩して倒れてきた絵梨花を抱き寄せる。
『…っ……』
「…だから危ないって言っただろ!!!!俺が居なかったらどうなってたと思ってんだ!!」
怒鳴り声にびっくりしたように、絵梨花は目を丸くさせると、次第に瞳をうるわせはじめた。
『……ご、ごめんなさい。……怖かった…怖かったよ…○○…』
「……良かった…良かったよ…絵梨花が無事で。」
俺は絵梨花が泣き止むまで、しっかりと腕の中に包み込んで、そして背中を撫で続けた。
⊿
『…あれ?飛鳥早かったね?』
『あ、うん。』
『もう終わったの片付け?○○は?』
『あ、もう少しかかりそうかな…』
『え、手伝いに行ったんじゃないの?』
『あー、うん…行ったんだけど…ちょっと居なくて。…他の手伝いもさせられてるみたい。』
『……ねぇ…飛鳥。…まさか』
『……』
『…ごめん、なんでもない。』
『……うん。…ありがとうね、山…。』
to be continued...
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