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君の涙の意味を、


笑ってしまうくらい、ドラマチックな恋の始まりだったと思う。誰に馴れ初めを話しても、感激されるような。



僕が遥香と出会ったのは、僕の命日になるはずの日だった。



ちょうど、"あの日"から1年が経った日。


"あの日"から、僕の世界は止まったままだった。


無色で、無味で、無臭で、


そして、無意味なこの世界にピリオドを打とうと、隣の市まで向かう終電が走る線路に、歩みを進めた。


遮断機をくぐって、暗い線路に警笛を鳴らしながら走ってきた電車のライトが、僕の顔を照らす。


さようなら、世界。


そして、行ってきます。



大きな轟音と体を吹き飛ばしそうになるほどの風を全身に受けながら、次の瞬間僕の目に入ってきたのは、くぐったはずの遮断機と、どこか安心したような背中を見せ、終点へと向かっていく電車だった。


少し、時が止まったように感じたのち、我に返る。


尻もちを着いた僕は、誰かの体の上に乗っていると。



『…痛たっ……』


「…誰」


知らない人に引っ張られて尻もちを着いた痛み

知らない人に突然体を寄せられた恐怖


せっかくの決意をふいにし、死なせてくれなかったことへの憤りを抱え、彼女を睨みつけた。



『…誰?じゃなくて、ありがとう、でしょ。』

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僕の体を押し退けた遥香は、すぐさま立ち上がると、今度は僕を睨みつけた。


「…人助けのつもり」


『…実際君は助かったじゃん。』


「…余計なお世話だよ。死ねなかった。」


捨て台詞とともに彼女に背を向けて帰路につこうとした瞬間、思いっきり彼女から突き飛ばされて、僕は無惨にも路肩にうつ伏せに倒れ込む。



「…何すんだよ…!!」



『ふざけんな!!死にたいなんて…生きられる命があるくせに…いらないならその健康な体、私に頂戴よ!!!!』

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振り返って目に映った彼女の表情は、とても苦しくて、悲壮感が漂うものだった。


彼女の言葉にはどこか重みがあって、それは命の重さを知ってる人のそれで、自殺をしようとしていた自分の悩みよりも深いものを抱えてきた人なんだと、突然に肌で感じる。


返す言葉もなく、唖然と這いつくばっていると、ふと、彼女はしゃがみこんで泣き始めた。


「…えっ…何…」


『…痛い…痛いぃ……』


立ち上がって彼女の元に駆け寄り、手を当てて摩っていたズボンの裾を捲ると、パンパンに腫れあがった左足首が顕になる。



「…うわ…挫いたの。まさかさっき僕を引っ張った時?」


『…うん。…うー…』


「…どうしよう…家は…」


『遠い…友達の家に泊まりに来ただけだから…』


「友達に連絡しよう…」


『今日は彼氏が来るって…さっきドタキャンされた…だから…この街にアテ、無いよ…』


「…そんな…」



どうしようか、と考えていたが、あまりにも痛そうに脚を摩っていて、とても1人で返せる状況じゃなかったから、僕は泣いている遥香をおぶって、二度と帰ることの無いと思っていた家へと、歩みを進めたのだった。




「…これでひとまず、大丈夫だと思う。」


『…ありがとう…』


「…ううん…元はと言えば、僕のせいだから…」


湿布のゴミを捨てながら、救急箱を片付けていると、後ろから遥香の遠慮がちな声がする。



『…どうして……その…』



どうして、死のうと思ったの?



その言葉に、一瞬、話してみようかと思ったが、直ぐに考えを改めた。


縋って、話を聞いて欲しい気持ちはある。


けれど、初対面の人にする話じゃない。



「…別に、大したことじゃないさ。…ただ嫌なことがあってね。…楽しくないから、死のうかな…ってさ。」


言った直後に、また怒られるかと思ったが、案外に遥香の反応は柔らかいものだった。


『…そっか。……あるよね、そういう時。』


先程までの強い口調ではなくなったことに違和感を抱いて振り返ると、遥香はぼんやりと湿布の貼られた足首を撫でながら、俯いていた。



「……君も、…そういうこと考えたこと、あるの。」


『……無くは、ないよ。……私はずっと体が弱くてね。…先月も大きな手術を経て来たんだ。』



「…もしかして…手術…」



『…大成功。…ここから、快方に向かっていく、薬の療法を続ければもう心配ないって。』



笑顔を見せた遥香に、一瞬で緊張の糸が緩んだ。



「…びっくりさせないでよ。…だったらなんであんなに怒ったのさ。」



『…怒るに決まってるでしょ。…私、手術受けるまでどれだけ不安だったと思う?毎晩、毎晩、お父さんやお母さんに会うの、これが最後かもしれないって、暗い病室でいつも泣いてたんだよ。』


「成功したじゃないか」


『君みたいに健康な体なら、こんな得体の知れない不安や悩みを抱くことすら、ないんだよ。…だから呑気に、死のうと思えるんだ。』



そう言われて、何となく腑に落ちる。そういう死と真面目に向き合ったことがあるからこそ、彼女の言葉には、重みがあったんだと。



「…そうかもね。」


呑気に死のうと思ったわけじゃない。僕には僕なりの苦しみがあって、きっとそれは彼女の知らない種別の苦しみだ。



でも、訂正をしてやる必要までは無いと思ったから、適当な相槌で誤魔化す。



『…ダメだよ』


「…え?」


『今日は、私が居たけど、また、死のうとするつもりなんでしょ。』



「…関係ない話だよ。…寝て起きたら、帰ってくれ。…この部屋自由に使っていいからさ。」


ソファーやテレビ、ブランケットを指さして、寝室に向かおうとした僕を、彼女は呼び止める。


『待って…!!』


「…何?」


『一緒に、居てみない?…こんな所で出会うなんて、奇跡だよ。…君がつまらないと思ったこの世を、私が楽しいと思わせるから。』



「…そんなこと、出切っこないよ。」



『出来る。…生を実感してる私には、今この世の中が物凄く素敵で、綺麗に映ってる。それを君に伝えるだけだよ。』



「…そんなことして、君に、何のメリットがあるのさ。」



『…私も、この歳になるまでずっと入院を繰り返して、恋愛なんてしてこなかったの。…だから、彼氏が出来たらやりたいことが、沢山ある。』


「…もし、僕がそれでもこの世から消えたいと思ったら…」






『…私も一緒に、死んであげる。…2人なら、怖くないでしょ。』

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あまりにも綺麗な涙を流す君に、僕は首を縦に振るしかなかった。






彼女と3ヶ月過ごした。


人生はいい時もあれば悪い時もある。


悪い時がすぎた後には、きっといい時か来る。


そんな、僕がバカにしていた言葉の深さを教えてくれたのは、遥香だった。




『今日仕事休みでしょ。遊びに連れて行ってよ。』


「疲れたから、家でゆっくりしたいよ。」


『…えー。…じゃあ桃鉄しよ。5年で、負けたら言うことを聞く事ね。』



Switchのコントローラーを渡されて、2人並んでテレビの前で夢中になった土曜日。


僕が勝ちそうになると、何度も遥香はやり直しをさせて、結局夕方まで2人で夢中で日本全国を駆け回っていた。



『やったー!!かったー!!』


「そりゃ、勝つまでやり直したらそうだよ。僕が4回は勝ってたんだから。」


『そういうの、負け犬の遠吠えって言うんですー』


「狡いな。…いいよ、それで遥香が満足なら。で、何?」


『何って…?』


「罰ゲーム、ありなんでしょ?」


『あ、そうだった。じゃあさ、あれ食べたい。〇〇のカレー。』


「また?先週作ったばっかりなのに」



『えー!だって美味しいんだもん。いいじゃん、お願い!!』



上目遣いで訴えかけてくる遥香は、自分が最も強いインパクトを与えられる顔だと分かって居ないのが末恐ろしい。


もしこれが、僕にとっての最強の必殺技だと知ってしまえば、きっと彼女はことあるごとに、悪用するだろう。



「はいはい、じゃあ、テレビでも見といて。」



『やった。』


全く動揺を顔に出さないように気をつけながら、僕は彼女の頭を撫で、エプロンを巻いてキッチンに立つ。


人参や、玉ねぎ、牛肉などの必要な食材を包丁で切り分けながら、ふと、テレビを見ていた遥香の後姿を見た。



トン、トン、トン…と、響く音がとまる。


彼女の重なる面影に、僕の包丁を動かす手が止まったから。



『…まだぁー…?』


包丁の音が止まったことに不思議がって、振り返った遥香の顔に、急に我に返って、慌てて手を動かす。



「まだって、まだ今作り始めたばっかりじゃないか。」


笑いながら、玉ねぎを切る。



だから、目にしみて、涙が出る。



滲んだ玉ねぎに、また包丁の手が止まった。


「これ、染みるな。何回やっても、なれないね。」



笑いながら、包丁を置いた僕の体を、遥香が後ろからそっと包み込んでくれた。


『…大丈夫…?』



「…大丈夫、染みただけ。」



『そっか…。…私が居るからね。』


トン、トン…と、後ろから抱きついたまま、僕の腰にまわした手をゆっくりと動かす。



心地よくて、安心感がある。


遥香が居てくれてるんだ、って。



遥香は、どんなときも、僕の心追い詰めることはしなかった。


ただ、優しく『そっか』とか『大丈夫だよ』って、笑ってくれた。



たとえ、Switchのアカウントに、自分の知らない名前があっても


ずっと飾ったままにしてる、ツーショットの写真があっても


僕が、"彼女"のことを思い、涙を流していることがあっても。



遥香は何も言わず、何も詮索をせず、ただ僕を包み込んでくれたんだ──────




半年が経過した頃


僕はとても焦っていた。


同期から「付き合って半年で、1度もしてないなんて、おかしいぞ。愛想つかされるんじゃないか」と、脅されたから。


だから、今日こそは、自分の殻を破ってみようと奮い立たせている。


2年ぶりに薬局で買った避妊具をポケットに忍ばせたまま。


『お風呂上がったよー…』

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こっちの緊張なんて全く知らない遥香が、まだ少し濡れた髪のままで、洗面所から戻ってきた。


「遥香…もう、寝る?」


『もう?早くない。まだ10時だよ』


「…いや、今日は早く布団に入った方がいいと思うんだ。明日もお互いに仕事でしょ。」


『そうだけど…何?何企んでんの…?』


「いや、疲れてる遥香をマッサージしてあげようと思って…」



『…ふーん。…何か怪しいけど、いいよ。』


不思議そうに笑った遥香と手を繋いで、寝室に入り、僕は遥香と横並びになってベットに寝転んだ。


『…マッサージじゃないじゃん。』


「遥香」


『なぁに。』


「…しようか。…したい。」


上体だけ起こして、寝転んだ遥香の頭を撫でながら、勇気を振り絞って伝えてみる。


びっくりしたように瞳を開きながら、遥香は小さく


『…ダメって、言うと思うの?』



と、笑った。


途端に、遥香の表情から、本能的な感情が蠢いて、彼女の唇を奪い、片手を握って、片手で彼女に触れた。


次第に、身体の核心に迫っていき、遥香のリアクションと漏れる吐息が大きくなってきた時、



───────もー!!〇〇のエッチ!!

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そんな声が、フラッシュバックして、僕は手が止まった。



『…〇〇…?』


「…ごめん。…ごめん…遥香…」



『私は…大丈夫。…大丈夫…?』



「…僕…やっぱり…ダメだ。…消えないんだよ。」


『消えない…?』



「彼女が、消えないんだ。…もう、この世には居ないのに。…いや、いないからこそ、…僕から消えちゃったら…もう…本当に…」


遥香の首筋に、僕の涙が零れる。



『…忘れられない人が、いるんだよね。』



彼女のその言葉には、全く驚きはなかった。

きっと、僕自身遥香には、バレていると分かっていたから。

あとは、いつ素直に伝えるか。

それが、今日なのだろう。




「…僕は、絵梨花のことが、忘れられないんだ。…時々、君に重ねて、絵梨花の影をみて、懐かしくなってる。」



『…うん。』



「…喧嘩したんだ。…どっちが洗濯物するか、で。…当番は僕だった。…でも疲れてしないまま、寝ちゃって。…翌朝、絵梨花に怒られた。僕が悪いのに、開き直って、怒って。…絵梨花は怒ったまま出ていった。」


『…』


「…そのまま、車に轢かれた。…即死だったんだって。…最後の顔も、見せて貰えなかった。…僕が轢かれれば良かったのに。」



『…そんな…』



「…僕の心には、いつまでも、怒って出ていった、あの日の最後の絵梨花の顔が焼き付いてて、きっと彼女はそんなことで命を落としてしまって、怒ってると思う。」



「…遥香といればいるほど、絵梨花のことが薄れていってしまうしがして。自分だけ幸せになって…あの日の絵梨花の顔はもう、笑顔にならないのに。…僕が消してしまっちゃ、ダメなんじゃないかって…」


半年間


遥香と一緒にいて、きっと、彼女なら受け止めてくれる気がした。


情けないけど、僕を救ってくれる気がした。



だから最後まで、ありのままを話したんだ。


普通なら引かれてしまって、愛想を尽かされてもおかしくないと思う。



それでも遥香は、僕の話を聞きながら、一緒に泣いてくれて




『…大丈夫。…大丈夫だよ。…〇〇は、悪くないよ。…きっと、絵梨花さんも、分かってる。』



そんな言葉を、かけ続けてくれた。




『凄い…こんな所あるんだ…!!』

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嬉しそうに天を見上げながら、車から砂浜に向けて走り出す遥香。



「星、綺麗でしょ。」


『うん、めっちゃ綺麗!!』



はしゃぐ遥香のことが愛しくて、走って追いかけて、僕は彼女を抱きしめる。


『わっ…』



「…捕まえた。…ここさ、凄く好きなんだ。…1番、好きな場所。」



『こんなに星が綺麗だったら、皆好きだよ。』



「…かもね。…でもさ、ここ、もっと綺麗に見える方法あるから。」


『…何なに……?』



僕は、遥香の手を引いて、砂浜に座らせると、その横に大の字に寝転んだ。



『大丈夫…?服汚れない?』



「大丈夫。遥香もやって見て。」



『うん。』



少し躊躇いながらも、ゆっくりと遥香も砂浜に仰向けになった。



『…凄い……一面、星…』



「…音…」



『…音?』



「うん。…星は、視覚だけじゃない、聴覚でも楽しむものなんだよ。…海の、波の音と、風がBGMになるからさ。」



『……そっか。』



「……って、受け売りなんだけどね。」



『……』



「…遥香…?」



リアクションがなくて不思議に思った僕は、横を見る。


遥香は、星を見ながら、涙を流していた。



「……ごめん。…また、その…」



『…ううん。いいの。…大切な人、だもんね。…それより、星が綺麗過ぎて、涙が止まらないんだ。』



「…そっか。…」



『…ここ、気に入った。…これからも、いっぱい来ようね。』


それでも笑ってくれる遥香の手を、僕は自分を戒めながら、優しく握りしめた。



もう、9ヶ月立つ。



未来を、見なきゃ行けない



少しずつ、僕は、前を見ていた───────





僕らの恋が始まったあの日から、ちょうど、1年が


つまり、"あの日"からちょうど2年が経った。


この1年、僕は沢山、遥香を泣かせてきてしまった。


いつまで経っても、前に進めない僕を、急かすことなく、一緒にいてくれた。


彼女は、その言葉通り、僕にこの世界が美しいと再認識させてくれた。


だから、もう、僕は。



『ただいまー!!』


「…遥香、おかえり。…話があるんだけど、いい?」



『…え…何…?』


「とりあえず、座って。」


リビングに通すと、遥香は目を丸くした。



『…部屋…凄く物少なくなってるけど…』



「…1年、経ったんだよ。…遥香と出会ってから。」



『…うん、そう…だね。』


「…僕は、沢山君を傷つけたと思う。…絵梨花とのことで。…きっと、君にとっては苦しい思い出なのに、僕はその思い出を手放すことが出来なかった。」



『…うん。』



「…けど、それじゃ、ダメだ。…君が僕の希望になってくれたように、次は僕も、君の希望になりたい。…前に進みたい。…だから、絵梨花との思い出は、もう捨てようと思うんだ。」



『…うん……そっか…』



その言葉に、彼女は大粒の涙を零して、頷いた。



「…遥香。…僕とこの先も、ずっと一緒にいてください。」



彼女の薬指に、リングが通った時、彼女はこれまで出会った中で、1番涙を流して喜んでくれて。




僕らようやく、彼女の事を幸せにしてあげられたのだった──────────





──────────────────


──────────


──────




私が死んでから、1年が経とうとしているのに、彼は一向に良くならなかった。


むしろ、日に日に虚ろになって行って、今にも壊れちゃいそうで、私は見てるだけなのが、どうしても苦しくなった。



苦しくて、たまらなくて、どうしようもなくて、


神様にお願いをして、1年間だけ、賀喜 遥香ちゃんと言う子の体を借りて、彼と過ごしていいという許しを得た。


もちろん、正体を明かしてしまった時点で、彼とはなれなければならないという約束だったけれど。



初めての日なんて、酷かった。


あと1日、私が遥香ちゃんに転生するのが遅れたら、彼は死ぬところだった。


それはそれで、あっちの世界で一緒に…、なんて邪な気持ちがあったのは内緒だ。


でも、彼の「死ねなかった」という言葉にはカチンときて、突き飛ばした。


私はもっと生きたかった。


生きて、〇〇と一緒に居たかったのに。


死ねなかったなんて、ふざけんなって、思った。



その直後に、涙が止まらなくなった。


そっか、私が生きたかったのは、彼がいるからで。


彼が死にたいのは、私が居ないからなんだ。



一緒の気持ちで、いてくれたんだねって。嬉しくなって、泣いてしまった。



『…私も一緒に、死んであげる。…2人なら、怖くないでしょ。』

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本当はこんなこと言っちゃいけないんだろうけどさ。


一生懸命、君が生きていこうって、思えるように頑張るけどさ



それでもダメだったら、一緒に死のうよ。



そう思えたら、彼と一緒にずっと居られる気がして、涙が出てきた。



彼は私のことをずっと覚えてくれていた。



私が大好きだったカレーを作ってくれている時も、いつも『はやく!』ってテレビ見ながら駄々こねてた私を思い出してくれた。




〇〇は遥香ちゃんとは、セックスすらなかなか出来なかった。



ある日、そういう雰囲気になったけど、それでもダメだった。



私のことを思い出しちゃうって、そんなこと遥香ちゃんに言って、私じゃなかったらドン引きされてたよ。



…良かったね、中身が私で。



でも、あまりにも私の呪縛に苦しんでいる彼を見ていると、私も辛すぎて、涙が止まらなかった。



いいんだよ、私の事なんて気にしなくて。



目の前にいる遥香ちゃんのこと、愛しても大丈夫だよ。




だから、そんな辛そうな顔、私のせいで見せないで欲しいよ。



伝えてあげられないのが、とても苦しかった。



苦しすぎて、泣いた。




でも、少しずつ、彼は自分を変えようとしていた。



だんだん、私の前で泣くことが減ってきた。



明るく笑うようになった。



変わりに「遥香、大好きだよ。」って、言葉が増えてきた。



いつの間にか、部屋に飾ってあった私とのツーショット写真は、伏せられていて



『…やっぱりダメかぁ』って、そう思った。



だって、遥香ちゃん、可愛いもんね。



なのに…



「うん。…星は、視覚だけじゃない、聴覚でも楽しむものなんだよ。…海の、波の音と、風がBGMになるからさ。」



…それ、私がここで言ったやつじゃん。



なんでそんなことまで、覚えてんのよ、バカ。



忘れようって努力して、少しずつ頑張ってきてたじゃない。



なんで大事なところで、そういうこと思い出しちゃうのよ。



本当の遥香だったら、引いてるんだから。




…でも、彼の中に完全に私が消えたわけじゃないって分かって、嬉しくて泣いた。




…神様との、約束の1年がたった。



あっという間だった。



本当、体感3分くらい。


彼の家に帰りつくと、部屋の中がとてもスッキリしていた。



…あぁ、私との思い出の品って、そんなに沢山あったんだね。


カーテンから、シーツから、ソファから


全て買い換えたのは、それだけ生活の全てに私を思い出してくれていたからなんだね。





…そして、貴方は今日を持って






「…けど、それじゃ、ダメだ。…君が僕の希望になってくれたように、次は僕も、君の希望になりたい。…前に進みたい。…だから、絵梨花との思い出は、もう捨てようと思うんだ。」





私から、卒業していくんだね。



やっぱり、一緒には死ねなかったね。



でも、これで良かったのかな。



また、あなたの大好きな笑顔が見られて。



これで私ももう、思い残すことは、ないよ。



大好きだよ。



だから、遥香ちゃんと、絶対幸せになってね。



「…遥香。…僕とこの先も、ずっと一緒にいてください。」







辛すぎて、私は、泣いた





「君の涙の意味を、僕は知らない。」  fin.









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