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最後のTight Hug②


朝方、7時半きっかりに俺の家のチャイムは鳴る。


「来たみたいよ、アンタのハニー」


そんな母親の声を無視しながら、部活着が入った袋を手に、スニーカーを履いて玄関を開けた。


「…おはようございます、〇〇さん。」


如何にも紳士、といった成りをしている運転手にまだよそよそしくも会釈をして、俺は運転手、いや佐々木さんが開いたドアからベンツに乗り込んだ。


『…おはよう、〇〇くん』


「うん、おはよ。」


シートベルトを着用したのを確認して、佐々木さんはギアをドライブに入れ、学校へと車を走らせ始める。


1週間だ。



もう、この通学スタイルになってから1週間経つ。


まだ、生田さんと並んでベンツに乗って登校するのは慣れない。

というか、慣れる日がそもそも来るのだろうか。


『…今日も部活?』


チラリと俺の部活用のカバンを見た生田さんが問う。


「うん、遅くなりそうだから先に帰っていいよ」


『…そっか、分かった。』


それからは俺が窓の外を眺めていれば、生田さんは学校の正門に車が着くまで話しかけてくることは無かった。



一切弾むことの無い生田さんとの会話に、俺は深くあの日の発言を後悔するしかないのだった。




1週間前の、晩。


生田さんの父親に、学ランの襟が引き伸ばされそうになったあの晩、風呂上がりにリビングでテレビを見ていると、固定電話がなった。



母親があの女性特有の、電話になった途端に変化する猫なで声で受話器を取ると、2言ほど返事をした後、俺に受話器を差し出した。


「…俺?」


今どき連絡を固定電話にしてくるやつなんているか?


そう訝しんだ俺の疑念は、直ぐに声を聞いて消し飛んだ。


「もしもし」


゛あ…あの…生田です。…生田、絵梨花です…゛


「…あぁ、どうしたの。」


゛その…今いいかな…゛



「…あ、あー…っと」


チラリと振り向くと、母親が憎たらしいほどの笑みで俺を見つめていたので、とりあえず携帯の番号を教えて、そっちにかけ直すよう依頼し、受話器を置く。


「彼女?」


「違うわ、うるさいな。」


ふーーん…と、あからさまに私は分かってます感を出す母親がうっとおしすぎて、俺はそそくさと自室に戻った。


部屋に戻って数秒すると、スマホがなり、知らない番号が液晶に表示される。


「…もしもし」


『あ…生田です…こっちなら大丈夫…?』



「うん…どうした」


『…その、今日は本当にごめんなさい。…お父様が乱暴して…』


「…うん、それはいいんだけど…」


『…それと…』



ありがとう、そういわれると思っていた俺にとって、生田さんの発言はまたもや予想だに出来ないものであった。



『それと…明日から、本当にごめんね。』



「…明日から?…ごめん…?」



『…うん、きっと、明日になったら分かるから…だから…先に謝っとくから、ごめんなさい!!』



プツッ────と、そこで電話は切れた。



そして翌朝、俺は生田さんの言葉の真意を少しずつ、否が応でも咀嚼することになる。


まずは、朝の出迎え。


思春期まっただ中の俺にとって、ベンツから、しかも彼女(ということになっている生田さん)と降り、校舎に入る事がどれほどきついことか。


加えて、その日の朝礼で生田さんと付き合っている(という事になっている)ことを、担任からクラスメイトに報告される。


生田さんの父親から、しっかりと周囲に伝えるよう、担任に相当な圧がかかったらしい。


そんな連絡事項ありか?


最終的にはそんな姿や噂が伝播し、俺と生田さんは学校内公認のカップルということになった。


…しかも、派生した話で俺が既に生田さんの父親から結婚の許しを得ているという、根も葉も茎もない噂が飛び交っている。


何より辛いのは、それが嘘だと、誰にも伝えられないこと。



「こんなのむちゃくちゃだよ、やめにしよう」


3日目の放課後、生田さんにそう伝えたが



『お願い…お父様に嘘をついたってバレたら…私怖くて…』


「…けど、このまんまなんて行くはずないじゃん。」


『卒業…、卒業までの1年間でいいから!!…そこで、私と〇〇君は違う進路に進む、別れる。…それなら納得してくれると思うから…お願いします!!』


必死に頭を下げる彼女に、いたたまれなくなる。


「…どうして、そこまでするの。…そもそもなんであんな嘘をついたんだよ…」


『…見ての通り…お父様は厳しいの…だから、何の関係もない人と触れ合うなんて…ハグなんてありえない。唯一の弁解が゛私が本気で君の事を愛してる゛という理由だけだったの…』


「…そんなバカげた話…」


『…あるの。…私の家が箱入り娘過ぎておかしいことなんて分かってる。…でもそんな世間の常識なんて、私の家の中では、お父様には通用しないの…』


そう懇願すると、生田さんは両手で俺の手を強く握って頭を下げた。




『この1年間だけ、私のことを好きでいてください!!』

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『…お前さぁ』


「ん…?」


『モテないだろ』


齋藤は勝手に俺のサンドイッチを頬張りながら、またまた失礼な発言を浴びせてきた。


「何がよ。てかそれ俺のな。後で100円払えよ」


『んなこたぁどうでもいいの。今から私のありがたーいお言葉を頂戴するんだから、その授業料だと思え。』


「はいはい…で、何」


『彼女、ほたくっていつまで私と飯食べてんだよ。』


小声でそっと囁くと、齋藤は俺の前に座って1人で弁当を食べている生田さんを指さした。


『おかしいだろ、朝も一緒に車で来て、今や学校中に知れ渡ったカップルのくせに。…てか、このままあと1年間こうして飯食ってたら、私が泥棒猫みたいに思われるわけよ。』


「え、じゃあ齋藤が俺の机にくっついてこなければ良くね?」


『…ホント、バカ。』

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呆れたように舌を出すと、齋藤は細い手をめいっぱい伸ばして生田さんの背中をたたいた。


『えっ…な、何…』


びっくりしたように目を見開いて振り向いた生田さん。


『生田さんも一緒に食べようよ。…彼女なんだし、さ。…こいつの愚痴なら私が一番話合うと思うし。』


くくくっ、と意地の悪そうな笑みを浮かべた齋藤と、俺の顔を交互に見て



『…い、いいの…?』


と、生田さんは呟いた。


『…いいよな?』


「…うん、別にいいけど…」


『うわうわ、ウザ。…゛まぁ…お前が俺の事そんなに好きなら、勝手にすれば゛感。…生田さんこんな奴やめといたら…?』


いつもの軽口で、齋藤が悪態をついた時だった




『…そっ、そんなことないよ!!』




教室中に響くほどの声に、俺も齋藤も面を食らう。


「…へっ…?」


『…め、…めっちゃ〇〇のこと好きなんだね…』


『あ、いや…ごめんなさい…わ、私も一緒に食べさせてもらうね…』


カーッと顔を真っ赤にした生田さんは、せかせかと机を俺たちにくっつけると、遠慮がちに弁当をまた食べ始める。


そこからは、生田は一言も喋ることなく、ずっと遠慮がちに俺と齋藤の話に相槌を打って笑っているだけだった。



日も沈み、薄暗くなった春先の部活終わり。練習着から制服に着替えて、顔を洗顔シートで拭いていると齋藤が教室に戻ってきた。


『おいっす。…お疲れ様。』


「ん、お疲れ。…図書館?」


『うん、本読んでたらたまたまこの時間になっちゃってさ。…今から帰るの?』


「うん、齋藤も?」



『あ、じゃあさ…旅、行こうよ。…って、ダメか』


「え、なんで。」


『…いや、ほら…お前、生田さん居るし…』


「大丈夫だよ。部活の日は一人で帰ることになってるから、生田さんはもう帰ったし。それに…」


『…それに…?』


「…別に、友達と寄り道するくらい、文句言ったりしないでしょ。」





『……だな。…友達だから、大丈夫だよな。』

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to be continued...

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