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チョコとほろ酔い、あとベッド

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「…マジ。…これ、俺のために…?」


恐る恐る手を伸ばした〇〇は、私から小さな正方形の箱を受け取ると、分かりやすく頬を朱に染めた。


『…嬉しい?』


「…うん、めちゃくちゃ嬉しい。」


少し、マウントを取り気味に上から目線で嬉しい?なんて聞いたけど、内心はドキドキしていた。


そんな私の心の駆け引きには一切気が回る様子もなく、彼は素直に嬉しいと言ってくれる。


そういう所なんだよね、好きなの。


『…勘違いしないでね。』


「…え?あ、あー…なるほど。…でも嬉しい。義理でも、遥香から貰えるなら」


『アホ。…本命や。』


私の告白に、しばらく沈黙が訪れた後、慌てて彼は


「…お、俺も。俺も遥香のことが…!!」



──────────


『…って、ああ…!』


私の下らない妄想を現実に引き戻したのは、あまりにも焦げ臭いギトギトのチョコレートの香りだった。


慌てて火を止めて見てみるけど、明らかに底の方が焦げて固まってしまっている。



『うわぁ…やっちゃった…。また作り直しやん。』



私は念の為に多めに買い込んでいた板チョコレートを改めて鍋に落とすと、再びコンロに火をつける。


今度こそ、ぼーっとしてないでちゃんと見張ってなきゃ。


私はチョコの中に、ありったけの愛が注がれることを願いながら、ヘラでチョコレートを溶かし続けた。


そこから小一時間ほど、紆余曲折を経た後に、私の思いを込めたチョコレートの代表4粒が仕上がる。


惜しくもチョコ代表に選ばれなかった候補生たちよ、君たちはさく達の胃の中に向かうことになるよ。ごめんね。


4粒のチョコレートを入れた箱をリボンでコーディネートした後に、袋に入れ、ようやく今日の主役が出揃った。


手紙とか、つけた方がいいかなって思ったけど、万が一受け取って貰えなかった時に形で残るのが嫌だからやめといた。


〇〇がバイトが終わるのが18時で、多分19時には家に帰ってくるはず。だからその頃に彼の家に行くことを逆算すると、あと1時間ほどはベッドでゆっくりが出来るかな。


そんな算段を立てつつ、セットした髪が崩れないように気をつけながら、ベッドに寝転ぶ。



最近の私がスキマ時間にすることは決まっている。YouTubeだ。


改めて検索履歴を見て、自分でもうんざりとしてしまうけど、それでも辞められない。何だか、そういう情報とか、話を集めたくてしょうがない。


"友達から脱却するには"

"男子が好きな仕草"

"重い女と思われない、LINE"

"愛されテクニック"

"Novelbright"


…最後のは、最近彼がよく聞いてるバンド。毎年夏にフェスで来るらしくて、「もし、今年来た時に興味あったら、一緒に行く?」って言われたから予習中。


興味なんかなくても、そんなの言われたら興味持っちゃうに決まってんじゃん。


それにどことなく、声が似てる気がして、聞いていて心地よくて、目をつぶって夜は彼らの音楽に身を委ねている。


やばいんだよなぁ、私。


どんどん染まってっちゃうじゃん。そんなキャラでもなかったのにさ。


好きって、凄いな。


私が彼を好きだと自覚したのは、ひょんな事だった。



何気なく大学の同期で集まっての宅飲みで〇〇真佑と話してる時、ふと横に座っている真佑から耳打ちされた。


『…かっきー、見て。』


『…へ、何』


『〇〇と話してる時のかっきーの顔。…めちゃくちゃ乙女じゃない?』


真佑がそっと差し出したスマートフォンの画面には、〇〇の話に食い入るように身を乗り出して、自分でも見たことがないほどに気が緩んで、顔を覆いたくなるほどに力の抜けただらしない表情で彼を見つめる私だった。

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きっと真佑は『何で撮っての』とか『消してよ!』とか、そういうツッコミを期待していたはずだろう。



『…だって…何かアイツだけ私の事かっきーじゃなくて遥香って…呼ぶし…』


『…??』


今思い返しても、真佑が??となることに納得しかないような、意味のわからない返事をしていた。


それ以上真佑は詮索してきたり、お節介を焼いてきたりはしなかったけれど、確実にこの瞬間が私の恋心を自覚した時だった。


私は改めて、YouTubeのトップにある検索ワードの欄を指先でクリックし、最後の1時間で詰め込める情報を頭に叩き込もうとする。



『…田村…遠藤…早川……何で私だけ遥香やねん。』


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期待してまうやろ。


そんな思いと共に、"バレンタイン 告白"という検索ワードをYouTubeに入力していた。





「…何か、遥香今日飲みすぎじゃない…?」


『別に、普通ちゃう?てか、まだ2缶目残ってるやん。人のことはいいからはよ飲み。』


少し圧倒されたように頬を引き攣らせる〇〇。でもそんなこと知ったこっちゃない。


お前が悪いんだぞ、おこ。


私は恨めしそうに彼の机に置かれた、私からでは無いバレンタインのチョコの袋を睨みながら、空になった3缶目のほろ酔いを握り潰した。


「…あ、そうだ。せっかくだし食べる?」


『…は?いや、アカンやろ。〇〇が貰ってるんやから。』


「いいでしょ。そんなに甘いの得意じゃないし。…どうせ義理チョコだし。」


ヘラヘラと笑いながら袋から出して、箱を開くとそこにはいかにも女子力満点、と言った可愛らしいチョコが9粒入っていた。


全く、鈍いんだね、〇〇。


『義理でこんなに手の込んだチョコ、渡すわけないでしょ。…多分美月さん、本命だよ。』


って、私が解説するのも虚しい。


「…え…!?…あの美月さんが…」


1学年上で学部1のマドンナからの好意に満更でもない表情を見せた〇〇に、より一層の苛立ちを覚える。


…辛いのは、美月さんのことを悪く言えないこと。


美月さんは優しいし、可愛いし、綺麗だし…私も1番好きな先輩。だからこそ、あざとい!とか…狙ってる!とか、そういう悪口も言えないし、言いたくない。


あーぁ。なんでよりによって、美月さんかなぁ。


『…美月さん、と、…つ…付き合うの。』


「…え、…いや。…それはどうかな。」


『…告白されたら?』


「されてないし…わかんない」


『考えなよ、相手の好意を踏みにじるのは良くないよ。』


「そんな事言われても」


『…私、〇〇君のこと、好きだよ。…付き合って欲しいな。』


「…何だよ」


『言われたらどうすんの。』


「…分かんないって。…てか、何ムキになっんのさ。…あ、分かった…!遥香、もしかして」


『……え、あ…いや…』






「美月さんのこと、好きなんか!?」





『…ったま痛い…』


「…飲みすぎるから…」


『うるさい…』


鈍痛がする頭を抑えながら、机で突っ伏して居たが、チラリと自分のカバンに入っているチョコの箱を見ると居た堪れない気持ちで自暴自棄になり、私はフラフラとした足取りで〇〇のベッドに倒れ込んだ。


「…あ、おい、遥香…」


『…なん。』


どーせ、ベッドに寝転ぶなって言うんでしょ。分かってるよ、〇〇が他人にベッド上がられるのが嫌な性格って事は。


だってずっと見てきたもん。真佑とか聖来がベットに上がった時に、「俺マジで嫌なタイプなんだよ。やめてくれ。」珍しく怒って直ぐに引きずり下ろしてたの。


だから今までそんなことしなかったけど、もうどうでもいい。どうせベットで寝る遥香だろうが、ベッドで寝ない遥香だろうが、美月さんには叶わないんだ。



「…はぁ…遥香。」


ベットの横に近づいて来て、呆れたように〇〇が腰を下ろす。


『…はい、はい。悪う御座いました。…嫌ですもんね、ベッドから降りますよー…』



そうやって体を起こそうとした私を、彼はそっと制してベットに寝かせた。



「…あ、いや。…遥香は…いいよ。」


『…え?』


遥香"は"──────────?



「…だから、ベッドで、寝てもいいよ…」


『…嫌ちゃうん…聖来と真佑には怒ってたやん…』


「…早川と田村は…嫌だったから…」


『…私はいいの…』


「…遥香は…嫌じゃないから…」



何それ。ズルすぎひん。


そんな言われ方したら、期待しちゃうやん。


美月さんにも勝てるかもって、勘違いしちゃうやん。



「…水、ここ置いとくから、ちゃんと飲めよ。…じゃあ、おやすみ」


そう言って灯りを消し、ソファに向かおうとした〇〇の腕に、精一杯手を伸ばして掴む。


「…遥香…どした…」


暗闇の中で、あのボーカルの人と重なる声がする。この声が、好きだ。



『…一緒に寝よ。』


「…一緒にって…いや…それは…」


『…だって、私のせいでソファーで寝られたら、私1人ベッドで寝て寝心地悪いやん。』


「…知らないけど…」


『…ね。お願い。…一緒が嫌なら、私がソファで寝る。』



しばらくの逡巡の後、〇〇は諦めたようにベッドに潜り込んできた。


自分のベッドなのに、それはそれは肩身が狭そうな彼の姿に笑ってしまう。



『…〇〇、ありがとぉ…』


「…んー。…いいよ…」


いつもよりハリのない、彼の柔らかな声が心地よくて、胸が締め付けられる。


YouTubeで見た、添い寝で彼の心を掴むようなテクニックはもちあわせていないけど


こうして身を寄せあえるだせでも、多幸感に包まれる。



きっと、美月さんの本命チョコにも気づかない鈍感な彼は、今私がこうしていることがどれほど凄く勇気の必要なことで、


どれだけ私がアピールをしているのかにも、気付かないんだろう。


チョコを渡す何万倍も、積極的なアピールをしていることにも。


気がつけば、隣からは規則的な寝息が聞こえてきた。



『…〇〇…もぉ寝たん…?』



そんな私の声にも返事をすること無く、彼は静かな呼吸の音を立てているだけ。


お酒でフワフワしたままの私は、ゆっくりと立ち上がると、カバンの中で箱をあけ、1粒だけ、手作りのチョコを取り出した。


そのまま再び彼の横に寝転ぶと、一口だけチョコを口に入れて、舌の上で溶かす。


やばいって、分かってるよ。


でも、美月さんのチョコだけで終わらないで。







『……私のも、食べてや…。』

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私は、お酒と、甘いチョコの味がする唇を、そっと重ねた。



fin.



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