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最後のTight Hug⑧



"明日と明後日って用事ある?"




昨晩そのLINEに、ないよ、とだけ返信した結果、今俺は行先も告げられないままにバスに揺られることとなった。


隣では絵梨花が楽しそうに弁当を食べては、水を飲み、また食べては、水を飲みを繰り返している。


かれこれ1時間半程は揺られているだろうか。


都市部からはとうの昔に離れ、これぞ田舎と言った景色が窓の外には広がっていた。


何となく、どこかに向かっているのは分かるのだが、絵梨花は何を聞いても答えてはくれない。



"まもなく…△△町…△△町、お降りのお客様は…"



そんな車内のアナウンスに、絵梨花は唐突に反応して、立ち上がった。



『ごふっ…ごほごほっ…おります!』



おにぎりをつまらせながらもボタンを慌てて押すと、俺の手を引いてバスから降りる。


有無を言わさずに降車したはいいものの、辺り1面には見渡す限りの山、そして田んぼ…それから……山。


見覚えのある、7のマークのコンビニや、黄色いMの文字を掲げたファストフード店もない。


恐らくこの辺りであるとすれば、見たことの無い看板を掲げた、中では手作りおにぎりを販売してるような個人商店のコンビニだろう。


こんなド田舎に何をしに来たのか、気になるところではある…


が、それ以上に



「…ねぇ、絵梨花。」


『んー。』



「荷物、多くない。」



俺はジーパンのポケットに財布とスマートフォンのみを持つだけだが、一方の絵梨花はというと、しっかりとパンパンに詰まったリュックサックを背負っている。



そんな俺の質問に、絵梨花は少し考えたのち、もういいか、と呟いた。



なにがいいのだろうか…それよりも帰りのバスの時間を──────




『今日は、お泊まりだからね。』


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「…生田様、2名様のご利用ですね。…お部屋はこちらから外に出られて突き当たり奥、右手にございます椿の棟です。…お食事は19時にお持ち致しますので、それまでにはお部屋にお戻りください…」


『はい!』


「…待て、絵梨花」


『待たないっ!』


女将から鍵を受け取ると、絵梨花は一目散に椿の個室へと走り出した。



「おい!」



そのまま絵梨花を追いかけ、椿の棟に2人で入る。



『見て!すごく綺麗じゃない…川が見えるよ!お部屋も綺麗だし、ほらほら、こっち来て!』


"荷物くらい置きなよ"というツッコミもはばかられるほどテンションが上がっている絵梨花。


彼女に手を引かれ、連れられた先で俺は困惑をした。



「…いや…、これ…」



『内風呂…!凄いでしょ…』



「あのさ、絵梨花…一旦ちゃんと話をしよう。とりあえず、荷物置いて、そこの座敷座って。」



『…分かった。』



遂に諦めたように、絵梨花は中身の詰まったリュックサックを下ろすと、座椅子の上で三角座りをする。


「…これ、何。」


『…旅行。』


「ちゃんと言ってよ、行く前に。俺変えの…」


『変えの…?』


「…いや…とにかく、むちゃくちゃだよ。お金の持ち合わせないし。」


『大丈夫だよ、お父様から宿泊券貰ったから。交通費さえあれば、他はタダだよ。』


「なら尚更、だよ。お礼しなきゃ、失礼じゃん。…ちゃんと事前に言うようにして。」


『…言ったら…』


「…ん?」



『…言ったら、来ないと思ったんだもん…』

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不貞腐れたように、頬を膨らませた絵梨花の仕草が、不意に俺の胸の当たりをそっと締め付けた。



『…お父様が、2人の思い出づくりのためにって…くれたの。…そんなの、無駄にできない。…○○とじゃなきゃ、意味ないから。』



「…ちゃんと、そう言ってくれれば来るよ。…だから、騙し討ちはやめよう。」



『…本当?…ちゃんと相談してたら、来てくれた…?嫌じゃない…?』



「…うん。来てた。…来てたし、今も絵梨花と過ごすのは、嫌なんかじゃないよ…」





『ありがとう。…もう。…好き。』

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心做しか、絵梨花はあの公園の日以降、俺に想いを伝えてくれることが多くなったように思う。


そんな時の俺の気持ちは大抵決まっていて


素直に好意が嬉しい4割

自分も好きだよと、まだ言えない申し訳なさ3割


そして



絵梨花と過ごす度に確実に彼女を意識する頻度が増え、本当に好きになってしまっているんじゃないだろうか、と言う気持ちが3割。


「…ありがとう。」


やっと絞り出したその返事にも、絵梨花は嫌な顔一つせず、そっと俺の手を握った。



『大丈夫だよ、気にしなくて。私が勝手に頑張るだけだから、○○はそのままでいて。無理しなくていい。』

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その言葉に、また少し、絵梨花への思いが強くなった実感があった。




「…うん、ごめん。明日には帰るから」


「いいけど、本当に大丈夫なのね?絵梨花ちゃん、困らせたり、手を出したりしないのよ」


「いや、…ちが…」



「母親、なめんなよ。じゃ、帰ってきたらラブラブエピソード聞かせてね。」


プッ、と音と共に、母親と通話が切れる。結局友人の家に泊まりに来たという嘘は通じず、どうやら絵梨花と一緒にいると言うことが見抜かれているようだ。


窓辺では、風呂上がりの絵梨花が月夜に照らされた川を眺めながら烏龍茶を飲んでいる。


そんな姿が素直に綺麗だ、と思って俺はスマートフォンを取りだし、写真に収める。


パシャッ、と響く乾いたシャッター音に絵梨花が反応した。


『…あ、写真撮ったでしょ。』


「外の景色だよ。」


『うそ、私写ってるでしょ!消して!』


「やだよ。」


『もー!すっぴん残さないでっ』


そう言うと浴衣姿の絵梨花がじゃれながら俺のスマートフォンを奪おうと飛びかかってきた。


交わすように避けると、また絵梨花が両手で俺の右手のスマホを取ろうと飛びかかってくる。


ドタドタと、じゃれあいを繰り返すうちに、絵梨花と共にバランスを崩した俺は、畳の上に敷かれた布団の上に大の字に倒れ込んだ。


「…あ…」



至近距離に倒れ込んだ絵梨花と、強く交わった視線をそらすことができずにいた俺は、彼女にスマートフォンを確保されたことに気が付かなかった。


『へへ!ゲットー…』


そういって、得意げにスマートフォンの画像フォルダをスクロールしていた絵梨花の指がとまり、一瞬表情が曇る。



「…なにしてんのさ、消したなら返してくれ。」


そう言いながら、彼女からの取り上げたスマートフォンには、1枚の写真が表示されていた。


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それは授業中、居眠りをしていた齋藤の姿。


これまでとは少し違った、痛みを咬み殺すような笑顔をうかべた絵梨花に、胸が苦しくなる。



『…やっぱり、飛鳥のことが好き?』



それは、絵梨花の一種の躊躇いのようにも感じた。


私がこのままいたら、邪魔なんじゃないか、という気持ちだろうか。



「…これは、たまたまふざけてとっただけだから…」


『そっか!今の…今の私を撮った時と同じ感じか!』


切り替えたように、明るく笑おうとする彼女が、とても愛おしくて、


その瞳が、潤んでいるのを、これ以上濡らしたくなくて、


俺は絵梨花を強く抱きしめた。


いつまでも絵梨花の気持ちを宙ぶらりんにして、俺は齋藤が俺の事を好きだと言ったから、付き合えそうだから付き合うのだろうか。


それは、絵梨花にも、齋藤にも失礼じゃないだろうか。


自分の都合に付き合わせて、いい方と一緒にいるなんて。


『…どうして、好きじゃないのに抱きしめるの…離れてよ…』


そんな言葉とは裏腹に、絵梨花が俺を抱きめしる腕には、どんどんキツく力が入ってきた。


『私の事好きじゃないなら、どうでもいいもん…』


また、強くなる彼女のハグ


『…嫌い。…中途半端に優しくする○○が大っ嫌い…』


俺の事を睨みつける彼女の瞳は、もう表面張力で涙がこぼれていないだけだった。


「…絵梨花…」


『…もし、…もしも飛鳥と出来ないこと、私と出来たら…好きになる…?』


「…出来ないことって?」


『…そういう…こと…』


「…やめよう絵梨花。…そんな形でするのは本意じゃない」


『でも…でもそれじゃあ私はいつまで経っても飛鳥の…!!』


「大丈夫だから!!」


絵梨花を制するように、声を出す。


この時、俺は心に決めたんだ。



「…俺は、本当に絵梨花のことが好きになっちゃったんだ。…だから、本当のカップルとして、付き合って欲しい。…大好きだよ。」



そういって、絵梨花の唇を奪う。




そのまま、強く抱きついた絵梨花は、そっと俺の耳元で甘い言葉を囁いた。



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『……だったら、しよ…。…正真正銘の、カップルになれた記念に…』


「…まだ早いよ」



『…いいから、2人きりなんてこんなチャンス、中々ないんだから…』



「でも」



『ちゃんと示して、…飛鳥より、私のことを好きだよって気持ち。』



「…分かった。」




俺は震えている絵梨花の指先を強く握りしめると、ゆっくりと彼女の髪を撫でて


そっと、彼女の素肌に指を滑らせた─────




to be continued...




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