最後のTight Hug⑬
「まずは、1年生代表の、遠藤さくらちゃんです!!部活は吹奏楽、特技は…」
そんな司会の声を聞きながら、舞台の裏でずっと、心を落ち着けるように私は彼のことを思い返していた。
いつだって、私を照らしてくれた、○○のことを。
高校に入るまでは、まさか私がこんな全校の注目を浴びて、ステージに上がり、ミスコンに出場するなんて、夢にも思わなかった。
"暗い"
"地味"
"つまらない"
私の中学3年間は、そんな言葉で形容される。
上手くノリに乗れないのは、私のせいでシラケた空気にさせてしまいたくないからだし、
誰とも話さないのは、私のために時間を使わせるのが申し訳ないからだし、
話しかけられても言葉少なに返事をするのは、私の言葉で万が一にも人を傷つけたくないからだ。
でも、そんな私の真意なんて誰も知らずに、ただただ私は嫌な奴だと烙印を押されてしまった。
1度そんな烙印を押されてしまえば最後、スクールカーストで上位に返り咲くことなんて到底無理で、だからこそ、高校では上手くやろうって、そうきめてた。
緊張で眠れなかったことを証明するクマを、春休みに練習したメイクで誤魔化して、迎えた入学式。
男女ともに分け隔てなく仲良くできる齋藤飛鳥をめざして、私は同じクラスで隣の席に座った○○に声をかけることにした。
横目でチラッと見た印象は、The普通の男子高校生。
まだ幼い顔と、少し大きい学ラン、そして部活用のシューズ袋。
ASICSだから、陸上か、バレー、バスケもかな?
入る部活の相談がいいかな
それよりもこの学校のこと?
出身中学…は、聞いても盛り上がらないよね。
私、上手く笑えるかな。
また、つまんないって思われないかな…
そんなことをグルグルと考えながら、1人で悩み続けている時、担任が配った自己紹介プリントで事件が起きた。
「じゃあ、みんな今配ったプリントに自己紹介書いてくれな。集めたら、明日まとめた物をみんなに配るから、お互いを知って、仲良くなっていく努力をしろよ。」
そんな説明を聞きながら、私は明日配られるクラスの自己紹介シートを暗記しようと心に決めた時
隣から「あっ…」と、声がした。
声に反応して、横目で見ると、○○は鞄を漁っていて、しばらくすると私の方に声をかけてくる。
「…ごめんなさい。…シャーペン1本、貸して貰えませんか。」
突然投げかけられた言葉にキョドりながらも、私はコクコクと頷くのが精一杯で、筆箱からサブのシャーペンを手渡した。
「…ありがとう!!…助かった。」
その言葉と共に少しだけ、彼の表情が緩んで、私は我に返る。
そうだ、ここでなにか一言くらい会話をしてみなきゃ。せっかくのチャンスなんだから。
『…筆箱、忘れたんですか。』
「いや、忘れてない。…間違えただけ。」
『…間違えた?』
「…うん、焼きそばパンと間違えた。」
そっと、カバンの中からチラッとパンを見せてくる。それは確かに焼きそばパンだった。
『え。』
「ん?」
『…いやいやいやいやいや。間違えない、間違えない。』
「いやでも…ほら…」
『え、どういうこと。筆箱持ってこようと思って、焼きそばパン持ってきたの?』
「俺の、形一緒だから。」
『…ないないないない。怖い怖い。…何言ってるの?』
「目の前で起きてるんだから、いい加減信じろよ。」
そんな有り得ない押し問答をしていると、担任に名前を呼ばれた。
「○○、齋藤、うるさいぞ。どうした。」
『いや、筆箱と間違えて焼きそばパン持ってきたとか言うんです。』
「本当です、先生。ほら。…なのにそれを信じてくれません。」
『いやいや、有り得ない。有り得ないから!!怖っ。そういうネタを考えてきたの?』
「違うわ!!誰がそのためにわざわざ焼きそばパン持ってくるんだよ。」
『いや自分やってるし』
「だーかーら、間違えたって!!」
「うるさいぞ!!もういい、齋藤と○○は立ってろ!!」
そんな担任の呆れ顔と、クラス全体の笑い声に包まれて、気がつけば私も○○と一緒に笑っていた。
『最悪。…アンタのせいで立たされたんですけど。』
「俺の話を信じてくれない、齋藤のせいだけどな。」
気がつけば私はあまり周りなんて気にしなくて、こいつと一緒にいると素の自分で笑っていた。
ありのままの、齋藤飛鳥を引き出してくれる、それが○○という男子だった。
──────そして、最後は大本命、3年生代表の齋藤飛鳥さんです!
司会の声と共に、会場から大きな拍手が沸き起こり、私は舞台裏からステージに出た。
こんなふうに、みんなの前に立つ勇気をくれたのも、○○だね。
ずっと、私にとっての、希望の光でいてくれた○○。
私は、あなたにだけ、見てて欲しいんだよ。
『おーい、バカ○○!!見てるか!!私は、優勝するぞーー!!』
数百人いる学生の中からも、私はコンマ何秒の時間で○○を見つけ出し、大きく手を振った。
⊿
「歌唱力"は"抜群なんだけどね。ルックスも良いし。」
『…はぁ。そう、ですか。』
何度も言われてきた言葉だ。
いつも1次審査、2次審査は軽々しく突破するのに、最終審査の手前で私は同じ評判を食らっていた。
私はこう見えても自信家で、他の候補者と比べても見栄えも歌唱力も見劣りなんてしてない…と、信じてやってきた。
でも何故か、最終審査に私は呼ばれない。
納得がいかなくて、何度も審査員の人に理由を聞いたけど、みんな口を揃えて"何か、響かないんだよね。綺麗なただの音って感じ"と、言う。
綺麗な音こそが、素晴らしいんじゃないんだろうか。
綺麗な音で、丁寧に音程をなぞらえている私の何がいけないんだろう。
理由が分からなかった。
そんな私に、本当の歌の楽しさを教えてくれたのは、○○だった。
初めて2人でデートした日に、カラオケでマイクを持った時、○○に言われたことがある。
「生田さん、カラオケ面白い?本当に好き、この曲?」
そう言ってマイクを持った○○は、モニターに写る歌詞や、音程のガイドバーに背を向けて、私を見た。
『…え、○○くん…それじゃあ画面見えないよ…』
「見る必要ないよ。だって歌詞覚えてるし。」
『でも、音程が…』
「大丈夫!!俺が歌った所が、正しい音程になる。カラオケってそういうもんでしょ。」
そして、彼は音程なんて気にすることなく、心の底から声を荒らげて、乱暴に私に言葉を投げつけてきた。
─────Oh you came a long way to get here
やっとここまで来たっていうのに
Forgot all the memories with beer
故郷での青臭い思い出をビールで忘れ去ったのに
Brought all the dreams and you’re about to blow it
全ての夢を引っさげてきて ようやくそれを全て叶えようってときに君ってやつは
(1,2,3,4,5!)
I’ll be instructing
教えてやるよ
(go go!)
行け 行け
Don’t let me down boy
俺をがっかりさせないでくれよ
(go go!)
行け 行け
I’ll make it right
俺が正してやる
I’ll make it right
俺が正してやる
I’ll make it right
俺が正してやる
Oh
Take my hand! Come up up up or just get the hell
俺の手を取れ さぁステージに上がってこい
la la
怖気付くならどこかに行け
No one wanna see themselves inside the vertigo
誰も自分が目眩しているところなんか見たくないだろう
Take your time to make up up your mind or get the hella la
「やる」って決めるために時間をかけるなよ
そうじゃなきゃもうどこかに行け
No one wanna sing a long with man like mosquito
蚊の鳴き声くらいにしか歌えないようなやつと
誰も歌いたくなんてないぜ。
「離さない、離さない」 手前の子を狂わせて
「離さない、離さない」って レーベルの社長さんも食い付かして───────
乱暴で、粗悪で、支離滅裂で、彼の英語は何を言っているかも分からないし、音程も酷いし
とても、歌として聴けたものではなかった。
…なかったのに、彼のその心の叫びや想いは、私の身体中の細胞を沸騰させて
我に返った時には、私も歌詞なんて分からないし、聞いたことも無い歌なのに、彼のマイクを奪い取って歌っていた。
…いつの間にか、忘れていた事だった。
歌って、楽しいものなんだって。
自分を表現するもので、誰かに評価を押し付けるものなんかじゃないんだって。
そう気がついた時には、私の心拍数は、メトロノームなんかでは表現が出来ないほど激しいビートを刻んでいて
彼に抱きしめられた時の感情は、すぐにでも歌に乗せて表現したいくらいだった。
"次は、エントリーナンバー19.生田絵梨花さん"
審査員の1人の声に反応して、私はセンターマイクの前に立つ。
目の前にいる5人の審査員と、
チラホラと座席に着いている観客達。
私は一瞬で気がついたんだ、
○○がまだ来ていないって。
でも、私がやることはたった一つのだけ。
生田絵梨花の心の叫びを、ここでありのままに、荒々しく、曝け出すんだ。
それが出来ないなら、こんな所から、いなくなっちまえ。
『"Buzz off(消え失せろ。)"』
小さく呟くと、私は彼が来ることを信じて、大きく深呼吸をした。
⊿
「今年のミスコン、優勝は───────」
次の瞬間、大歓声とともに、大粒の涙を流しながら、齋藤は確かに俺に大きく手を振った。
俺は、それに応えるように、大きく手を振る。
そのまま、司会者が閉会の挨拶を述べ終わると、ドレスの裾を左手で握った齋藤は、一目散に俺の元に駆け寄ってくる。
「さいと────」
『優勝したっ!!○○!!私凄いでしょ!!』
飛びついてきた齋藤の、華奢な体を抱きしめた。
「おめでとう、俺の言った通りだったでしょ」
『うん、○○の言う通りだった!!んー!!』
強く、強く俺の体に齋藤の腕が絡みつく。
『…○○…?』
耳元で、齋藤の潤んだ声がした。
「…どうした。」
『…大好きだよ。…だから、約束通り、私の願いを聞いてもらうからね──────』
to be continued...