最後のTight Hug⑭
『つまづいたり、転んで泣いてみたり。決して上手く生きれるあたしじゃないけど。』
歌えば、歌うほど。
1小節毎に、メロディを刻む度
『あなたがほら、あたしの手を引くから』
あなたへの想いが、気持ちが増していく。
私の音楽に、誰かへの愛情という伴奏を付けてくれたあなたが。
『怖がる、心も、強くね。なれるよ。』
○○のことが、どうしても、大好きだよ。
もっと、
もっと響け、
まだ来てない○○に届くように。
このホールの外まで…
この街の遠くまで…
○○の、鼓膜の中まで──────!!
『だから───────!!』
──────────絵梨花!!頑張れ!!!!!!
…遅いよ、バカ。
……愛してるよ。
『泣いて、笑って、繋いだこの手は。重ねた、言葉に負けない約束。』
「届け、私の手」って。ホールの1番後ろから、ステージに登ってきそうな勢いでこっちに走っている彼に、手を伸ばす。
聴いて、私の言葉を。
響いて、私の想いが。
知って、ありのままの、嘘偽りのない私のことを─────
『あなたに出逢えた、茜の空に、ほらあの日と、同じことを願うよ。』
⊿
夕刻のいつもの公園には、日が短くなったせいか、もう小学生達はおらず、俺ら2人だけの世界が広がっていた。
『…絶対、あの人達、禿げちゃえばいいのに。』
ベンチに座ったまま、真っ赤に腫らした目と、膨らました頬で、絵梨花はいつまでも審査員達にお冠状態だ。
オーディションは僅差ながらも、絵梨花は準優勝。結局事務所入りが決まったのは、別の候補者だった。
「…俺にとっては、1番良かったんだけどなぁ。」
『…本当?』
「本当。」
『…私のラストのサビしか聞いてないくせに。』
「聞かなくても分かるよ。…こんなに誰かの歌で鳥肌が立ったのは、人生で初めてだから。」
『…そっか。私の気持ち、届いた?』
不安そうに、俺の顔を覗き込んでくる絵梨花の頭を、そっと撫でる。
「…届きすぎ。……なぁ、絵梨花?」
『んー?』
「ごめんなさい。…絵梨花の気持ちを、信じてあげられてなくて。…俺、やっぱ、絵梨花が大好きだよ。」
その言葉に、また絵梨花の瞳から大粒の涙がこぼれ始めた。
『…うん。…私も、やっぱり○○と一緒に居たい。…もうお互い、隠し事はなしだよ。』
「…あー…うん。」
『…ん、何か隠してるでしょ。』
「隠してない、よ。」
『怪しい、吐きなさい!!』
絵梨花は顔を真っ赤にすると俺の鼻を思い切りつまんだ。
「いっ…た!わかっ…言う、言うから!!」
『ぬん!!』
よく分からないうめき声とともに、鼻が開放される。
「…俺、齋藤にちゃんと伝えてきた。…やっぱり、絵梨花といたいんだって。…もう迷わないようにするから…って。…だから…」
「…もう1回、やり直してください。」
『……』
その言葉に返事をすることはなく、絵梨花は、ただそっと俺の肩に顔を埋めると、鼻をすすりながら強くハグをした。
「…ごめんなさい。距離を置いてて。」
『……やりなおすってか…別れてないし。』
「…だな。ごめん。」
『…○○…?』
そっと瞼を閉じた絵梨花は、少しだけ顎を俺の方に向けた。
その唇に、ゆっくりと、自分のものを重ねる。
「ん。」
『…へへっ。仲直り。』
「…だね。…あと、俺から相談なんだけどさ。」
『…ん?』
「…やっぱり、一緒に坂道大学に行こう。齋藤と、3人でキャンパスライフも経験しながらさ。」
『…うーん。』
「俺、絵梨花ともっと一緒に居たいよ。…だからお願い。…もちろん、絵梨花の歌手になる夢は応援するし、出来ることは全部手伝うから。…だから、」
「…傍にいて欲しいから、さ。」
しばらく逡巡していたようではあったが、絵梨花はふと、顔を上げると大きな歯を見せて笑顔になった。
『…分かった。…○○がそこまで言うなら。…私は、○○と一緒の大学に行く。…昼は○○と大学生活を楽しみながら、夜は練習する。』
「…ありがとう。」
『…3月までだから…あと4ヶ月くらいか。』
「…もう卒業だね。」
『…違うよ、○○との同棲に決まってるでしょ。お父様に、報告しよっと。』
嬉しそうに笑う絵梨花の姿が、久しぶりに見られて、心が暖かくなる。
きっと、これでいいんだ。
俺は自分を納得させるように、強く絵梨花を抱きしめた────────
⊿
『良かったの、飛鳥。…せっかく優勝したのに。』
『いいのいいの。…なーんかずっとウジウジしてるアイツ見てるの、私はイライラしちゃうしさ。』
『…だからって…生田さんと仲直りしろ、なんて。』
『…かっこいいでしょ、私。』
『…飛鳥…』
『山、私ね…今日気づいちゃった。』
『何に?』
『…私は、モデルになりたい。…今日、ステージに立って思ったの。…新しい衣装で、自分の知らない自分になれる凄さ、気持ちよさを、さ。』
『…ふーん』
『…無理、かな…』
『…私が無理って言ったら、諦めるの?だったら、やめときなよ。』
『…お前、ほんと性格悪いよな。…でも、そうだね。…私、自分の夢を目指してみるよ。』
『…うん。飛鳥なら大丈夫だよ。…私の次に可愛いから。』
『あははっ。…そうだね。…ねぇ、山?』
『…いいよ。』
『まだ何も──────』
私が最後まで言葉を発するより先に、山は私のことをギュッと抱きしめてくれた。
とても、○○ほどではないけど
それでも今の私にとっては、とっても暖かくて
親友の胸の中で、いつまでも、いつまでも、私は彼女のブレザーを濡らし続けた。
『…サヨナラ、○○。…もう、迷うなよ。』
to be continued...