Only me...
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※注意
「付かず離れず」のスピンオフストーリーです。
未読の方は短編集から本編をご覧下さい。
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AM5:30
寝る時には暑かったから付けたクーラーも、さすがに朝方になれば冷風が肌寒く感じられて、意図せず目覚ましの代用となった。
スマートフォンの時刻を確認し、まだあと1時間程は二度寝が出来そうだと思うと同時に、昨夜は疲れて22時には意識を手放したことを思い出し、念の為LINEを確認する。
幸いな事に業務用の連絡は来ていない。
ただ、トーク画面の1番上には昨晩Nanami.から「明日って、定時上がり出来そう?」という文面が来ていた。
定時上がり出来るかどうか=その後ご飯を食べよう、という誘いであることは察しが着いたが、如何せんこの週中の水曜日に誘いが来ることに違和感を抱く。
「なんで、今日…」
゛頑張ってみますけど、ちょっと処理しなきゃいけない案件が溜まってるんで、約束はできません゛
そう書いた1通目を送り、゛どうかしましたか?゛と、いう2通目を打ち終わる頃には、一瞬で既読が着いた。
゛分かった。早く帰れそうなら、早く上がって。ご飯行こうよ。゛
゛いいですよ、できる限り頑張ってみます。゛
゛ありがとう゛
その1文とともに送られてきた、お辞儀のスタンプに既読だけつけると、俺は起床のアラームまでの短い夢の世界へと、落ちていった。
⊿
PM12:00
「お前聞いた?」
昼休みに食堂で鉢合わせた△△は、何やら伺うように俺に探りを入れてきた。
「…聞いたって?」
「いや、橋本さんから…」
聞いた、訳では無いが何かあったのだろうとは察しが着いた。ただ橋本さんから直接話を聞いた訳では無いし、特に変な探りを入れられ続けるのも面倒だと感じた俺は、「何も無いよ、なんかあった?」とだけ返事をする。
すると、△△は少し間を開けたのち
「いや、何でもない!最近お前ら上手くいってるのかな、と思ってさ。」
「上手くいってるかは知らないけど、仲良くはやってるよ。」
「そうか。…橋本さん、怖くないか」
「時と場合による」
「…だよな。」
「なんでそんなに橋本さんのこと気にしてるんだよ」
「いや、何でもない。」
そう言って会話を切り上げると、△△は他愛もない話題に会話を緩やかにシフトした。
その日の午後は、隣にいる橋本さんの様子を伺うようにしていたが、言われてみればどこか苛立っている様子であるのは明確だった。
書類を回す雰囲気も、他人との会話の時の口調も、そしてタイピングの音さえ
全ての動作の音が、キツく、煩い。
見かねた俺は書類を回す振りをして、橋本さんに゛どうしました゛という付箋を送ると
゛夜、言う。早く上がれ゛
とだけ口パクで伝えられた。
しかしそういう日に限って、仕事は何故か舞い込んでくる。
定時から1時間は何とか時間を潰してくれた橋本さんもさすがに18時半には、『外で時間潰して待ってるね』と耳元で言い残して、退社してしまった。
ようやく俺がPCを落としたのは、橋本さんが退社してから1時間以上も経過した後のこと。
あと少しで8時を刺す時計を見て、心のどこかで俺は今日の会は流れて明日になったんだろうなと勝手に考えていた
が、
LINEで゛今終わりました、遅くなってすみませんでした。゛と送信すると
またも直ぐに既読が着いたかと思うと
゛大丈夫、通りの角の焼き鳥屋の前に集合ね゛と、即レスが入り、俺はスーツ姿のまま小走りで大通りを掛けていったのだった。
⊿
『ねぇ、私間違ってる!?』
そう言うと、橋本さんは追加で来たばかりのジョッキを半分以上空にしては、捲し立てるように続けた。
『前の時も言ったんだよ、私!!やめなって。それで1回大喧嘩して、半年は口聞いてないの。なのに、またやるんだよ!!ありえなく無い!?』
「…まぁ、ね。橋本さんは間違ってないと思うよ。」
結局事の顛末はこうだ。
見た目通り自由奔放な同期の生田さんは、過去に二股でトラブルを起こしていた。そしてそれに巻き込まれた橋本さんが注意したところ大喧嘩をしたことがあったと。
にもかかわらず、最近また生田さんの彼氏から橋本さんに相談が入って、問い詰めてみたら、二股を再発させたと白状した。
そして、更に火に油を注いでいるのが…
『△△君も何考えてるの!?…絵梨花も悪いけど、あの男も大概だよ。ほんっと、彼氏持ちってわかってて…有り得ない!!』
二股の相手が、俺の同期の△△だったということ。要は俺ら4人で遊んでいる間に、あの二人も惹かれあっていたという訳だ。
「…まぁ、でももう生田さんも別れたんでしょ?△△1人とちゃんと付き合うって言ってるんだし。」
『そうだけどね…なんか…私の話、余り響いてなかったんだなって…絵梨花に。…しかも、毎回口出してきてウザイとか言われて、さ…』
そう呟いた橋本さんは、虚ろな表情で手元の枝豆をつまんでいる。
一見彼女の感情は怒り、のように見えるが、それは表面上のもので、深層心理としては寂しさ、悲しさなんだろうな、と感じた。
「…生田さんって自由人だから。…無理して強制させるの難しいですよ…。橋本さんは何一つ間違ってないけど、分かり合えない事を無理に歩み寄ろうとしてあげて、橋本さんが疲れる必要なんてないです。」
『……ありがとう。…私、表情とか言葉とかきついから。…余り分からないかもしれないけど…意外と繊細だからさ。』
一緒に居ればいるほど、この人のことが分かっていく気がする。
この人ほど、遠い距離感と近い距離感で全く異なるパーソナリティを魅せる人は居ないんじゃないだろうか。
きっと、△△含めた多くの人は、何かあった時の彼女を「怖い」と、形容する。
けれどそれは本質的な彼女の理解が出来ていない証拠だと思う。
一見クールで、合理的に見える彼女は、実は誰よりも人情深くて、涙脆く、そして、
『今日、泊まりに行っていいかな。…一緒に寝たい。』
誰よりも、寂しがり屋だ。
⊿
「電気、消すよ。」
『うん…いいよ』
カチッと、リモコンが音を立てて、部屋が真暗闇になる。
すると、いつの間にかピタリと彼女の半身が、自分の体にくっついていた。
「…近いですよ」
『何、文句ある。』
「…文句はないです」
『なら、いい。…私だって甘える時間があってもいいでしょ。』
「…橋本さん。」
『…ん。』
「本当は、まだ、寂しいし、悔しいんでしょ。」
その言葉に、彼女からの返事はない。
それでも、言葉の代わりに彼女の指先が、俺の頬に触れた。
大丈夫だよ、橋本さん。
例え、誰が、どんな人数が、貴女を誤解していようとも
たった1人、俺だけは、必ず分かってあげるから。
言葉にする代わりに、俺は頬にそえられた手を、握りしめた。
fin.
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