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最後のTight Hug⑫




『決心のきっかけは、理屈ではなくて────』

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『───いつだってこの胸の、衝動から始まる』


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『○○…こっちこっち…!!』


2組に駆け込んで来た山下に急かされて、俺は教室を出て、保健室に向かう。


「…だから、あとで見るからいいって…」



『バカ、女心分かってないなぁ。…飛鳥は、まず誰よりも最初にあんたに見てほしいに決まってるでしょ。』



「…そんなこと齋藤が言うかな。」



『つべこべ言わずに、ほら、入る!!』



パンっ、と山下に背中を叩かれて、俺はノックとともに保健室のドアを開いた。




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『…おす。……どう?…メイク濃いかな…』



小さくなってベッドの横にちょこんと座っている、赤のドレスに身をまとった齋藤は、どこかいつもとは違った大人の様に見えた。


いつも見ているからこそ、今日の齋藤が明らかにこれまだとは違って、一際美しいと、認めざるを得ない。



『なんか言いなさいよ、飛鳥時間ないんだから!!』


「あ…あぁ…ごめん…その…」



『ま、待って!!大丈夫…!!やっぱりいつもと違う私見られるの恥ずかしいし…変だし…改めて言葉でディスられると自信なくなるから、もう行ってきます!!』


そう言ってミスコンの会場に走り出そうとした齋藤の手を掴む。


「…齋藤」


微かに震えている彼女の手を、その不安をかき消してあげられることを願って、包み込んだ。



「…大丈夫。…齋藤がいちばん綺麗だよ。…絶対優勝する。…俺が、保証する。」



その言葉に、強ばっていた齋藤の表情が僅かに綻ぶ。



『……当たり前だろ。…私が優勝するに決まってる。だから…』





『…優勝したら、思いっきり、ハグさせてね。』

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1時間後の午後2時から始まるミスコンの結果を見るまでもなく、俺の中で齋藤が優勝する以外の選択肢なんて、考えられない。


それほどまでに、彼女は美しかった。




ミスコンまでの手持ち無沙汰な時間を、バスケ部だった仲間とともに中庭で談笑しながら潰す。


「…これ、結構美味いな」


「もう1パック買いに行くか?」


「ありだなぁ。」


2年生が販売していた焼きそばは、想像よりも高いクオリティで、自分たちの舌を満足させるには十分だった。


受験の冬直前ということもあり、久しぶりに緊張の糸が弛緩したゆったりとした高校生活の空気に触れられたことが嬉しい。



きっといつか、思い出すのはこういった何気ない時間なのだろう。


なんて、親父みたいなことを考えていた時、ポケットの中でスマホが揺れた。



"音楽室にいます。"



たったその一言だけが、送られてきていた。



来てください、ではなくて、います、と言うあたりが彼女の頑固な性格を表しているように感じる。


俺はトイレに行ってくる、と適当な理由だけを付けて中庭から校舎に入り、音楽室へと向かうと、中では絵梨花がピアノの鍵盤を慈しむようになでていた。



『…やっぱり、来てくれた。』


「…どうした。」



『…この間は、ありがとう。…図書室で。…そして、ごめんね。…ずっと嘘をついてて。』


ピアノから立ち上がった絵梨花は、俺の横に並ぶと、壁に貼られた音楽家達の画像を眺める。



「…嘘って、どっちの。」


歌手になるために俺と付き合っていたことを隠していたことなのか


それとも、好きでもない俺に対して好きだと言っていたことだろうか



そのどちらも、俺にとっては異口同音ではあるが。


俺の問いかけに答えることは無く、絵梨花は1歩だけ俺よりも前に立って、音楽家たちの写真を眺めながら口を開く。



『ここには、多くの音楽家が居る。…彼らの共通点ってなんだと思う。』



「…偉人?…音楽の才能があった…かな。」



『じゃあ、音楽の才能があったらみんな彼らみたいになれたと思う。』



絵梨花の質問の意味が、俺には全くわからなくて、ただ彼女の綺麗な後ろ姿を眺めていた。



『私は…彼らはみんな"評価されたこと"だと思ってる。』


「…そりゃ、音楽の教科書に載るくらいだからね。」



『…才能があって、作品を残したことで、存命中か没後かは違っても、彼らはみんな音楽家として、評価され、みんなの記憶に残る。』



「…絵梨花も、そうなりたい?」



『…私の人生にとって最も影響を与えたのは、ショパンでも、ベートーヴェンでも、チャイコフスキーでもない。…私のお母さん。』



思い返せば、今まで彼女の母親の話を聞いたことがなかったな、と今更ながらに思う。


あれだけ父親の話題が出てくるのに、絵梨花の口から母親のことを聞いたのは初めてで。


「お母さんも、歌が上手いの」



『上手かったよ。』



「…上手かっ"た"?」






『私が小さい頃に、自殺した。』

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瞬間、冷たい秋風が吹き付けたような、冷たい目をしていた絵梨花に、俺は言葉を詰まらせた。



『何度も何度もオーディションに落ちて、同じように歌手を目指す同士たちにさげずまれて、自信をなくして、未来に絶望して、自分で身を投げた。』



「…ごめん。…変なことを聞いて。」



『○○は、悪くないよ。』


絵梨花のその言い方に、俺ではない他者への怒りの矛先が向けられていることを察する。



「…絵梨花が、歌手になりたいのって、母親の影響なんだ。」



『…うん。…私にとって1番の音楽家が、この世にいたんだってことを、私自身が証明してみせる。…私は、歌手になりたいの。…彼女みたいに、その歌声で誰かの人生に影響を与えられるような。』


「…会社の跡取りを継ぐ相手を見つけないと、絵梨花は歌手の道を目指せなかった。…だから、俺と一緒にいてくれたんだね。」



その言葉に、絵梨花は力なく笑った。




『…最初だけ、ね。』



「…最初だけ?」



『……私は、初めて○○と一緒にデートをした日から…正確には、一緒に○○のシャツを来て身を寄せた瞬間から、あなたの事が本当に好きになってた。』



「…」



『…でも、そんなの、お父様から全てを聞いてしまった今、あなたに言っても、私は証明のしようがない。』



絵梨花は、ゆっくりと俺の目の前にたつと、大きな瞳でじっと俺の目を見つめながら、頬を撫でる。



『…今から、小さな事務所の最終公開オーディションに行くの。』



「…今から!?学校は…」



『そんなの、私の人生にとって大きな問題じゃない。』



「…そっか…そうだよな…頑張っ──────」



月並みな言葉を遮るように、絵梨花は自分の唇で俺の口を塞いだ。



『…来て欲しい。…私は今日、○○のことを思って歌う。…あなたを愛してる気持ちだけを胸に。…私の歌を聴いても何も感じなかったら、所詮私の想いは嘘だったって、判断してもらって構わないから。』

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「…でも、俺はこの後…」



『…市民ホールの3番劇場で、待ってるから。…決めるのは、○○だよ。』



強引にそれだけを言い残すと、絵梨花は音楽室を出ていってしまった。



to be continued...

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