ホテル稼働率のかんたんな上げ方
5年前、起業したばかりの頃の話です。
縁もゆかりもない金沢で、実績も人脈もついでに資金もゼロからの宿づくり。
当時、ぼくは妻と子供2人と一緒に、横浜市青葉区に住んでいました。
下の子は、まだ生まれたばかり。
働いていた会社を突然辞め金沢でゲストハウスを作り始めようとしている自由な夫に妻はこう言い放ちました。
「わたしは金沢に行きたくない。横浜に残る。」
そりゃそうだ。
やったこともないビジネスにいきなり挑戦したところでどうせ失敗すると思われていたし、
妻自身はそれなりの企業で正社員として不満なく働いていたし、
知らない土地で家族のサポートもなく赤子を育てるのは大変すぎる。
多少の後ろめたさと後ろ髪引かれる思いを残しながら単身金沢に引っ越し、なんとか1軒目の宿を開業させました。
当初の夫婦の約束では、開業から3ヶ月間は別居生活で様子見ということになっていましたが、開業自体が2ヶ月も遅れたため想定以上に一人暮らしは長引き、正直寂しくて仕方がありません。
どうにか当初の予定を早めて妻を金沢に呼び寄せる方法はないものかと案じ、ぼくは妻にこう提案しました。
「開業2ヶ月目で、稼働率70%を超えたら、金沢に来てくれる?!」
稼働率70%というのは、いわゆるシティホテルやビジネスホテルの一般的な稼働率と言われていて、そこに2ヶ月目で到達できれば事業は軌道に乗ったと証明できると思ったからです。
妻はそんな高い目標は無理だと思っていたはずです。
ど素人が作った宿が、たった2ヶ月で稼働7割なんて。
でも、そんな高い目標をあえて掲げた夫に、きっとそれだけ本気で家族のことを考えてくれているのだろう、と思ってくれたのでしょう。
「そこまで本気なら私も覚悟を決めます」と、首を縦に振ってくれました。
その瞬間、ぼくは心の中でほくそ笑みました。
なんて簡単な目標なんだと。
なぜなら、
料金を下げたら稼働率は上がるから。
稼働率を上げるために行った施策は、「圧倒的に料金を下げる」だけです。
稼働率なんて、料金を下げたら一時的に上がるんですよ。
当時の金沢のゲストハウスの相場は、ひとり2,800円でした。
そこに新規参入して2,000円で売りました。
他より30%近く安いわけです。
その結果、できたばかりのゲストハウスでレビュー(宿泊者の評価)が全然ないにも関わらず、予約が殺到しました。
終わってみたら、稼働率は81%で着地。
まんまと目標を達成したわけです。
これをもって、妻は約束通り仕事を辞め子供を連れて金沢に来ることになりました。
大切なのは稼働率ではない
宿を経営していると、いろんな人から「稼働率どれくらいですか?」と聞かれます。
それこそ、銀行の融資担当や投資家、父親まで。
それに対して「60%です」と答えると何となく理解したような反応が返ってくるんですが、ホテル経営って稼働率だけじゃ儲かっているかどうか全然分かりません。
前述したように、
料金を下げれば稼働率は上がるからです。
当然、料金を上げれば稼働率は下がります。
つまり稼働率は、いじれちゃうんですよね。
かんたんに計算してみます。
20ベッドあるゲストハウスの月間売上です。
①料金2,000円で稼働率80%の場合、
2,000円x20(ベッド)x30(日)x0.8=960,000円
②料金2,800円で稼働率60%の場合は、
2,800円x20(ベッド)x30(日)x0.6=1,008,000円
なんと稼働率が低いにも関わらず、稼働率60%の方が売上が高くなることが分かります。
さらに、大切なのは売上だけでなく利益にも差が出ることです。なぜなら、稼働率が上がることで運営コストが上がるからです。
増大するコストは、予約の管理やチェックイン/アウト業務、ゲスト対応などです。さらに大変なのは、客室清掃やアメニティコストです。
その結果、稼働が高いにも関わらず売上が下がり、さらに利益も低迷することに繋がります。
なので、あえて料金を高くして現場の負担を減らし、結果的に残る利益が多い方が良いこともあると思います。
もちろん最高なのは、料金を上げて稼働も上がることですが。
ちなみに、妻を金沢に呼ぶことに成功した1号店は「Good Neighbors Hostel」という名前の宿でした。
開業2ヶ月目から41ヶ月の間ずっと黒字でしたが、最近大幅にリニューアルしました。
そのストーリーはこちらに書いてます。
さて、そんな稼働率マジックでみごと妻を金沢におびき寄せることに成功したのが4年前ですが、いまの妻はぼくと共に会社で働いていて宿業界のことにも詳しくなったので、同じ策略はもう通用しないでしょう。
とは言えまだまだぼくの方が一枚うわてなので、今後も大きな事業投資や無謀な挑戦をする時は、あの手この手の巧妙な話術と策略で妻を煙に巻く自信はあります。
家庭では完全に尻に敷かれていますが。
Photo by Jon Cellier on Unsplash