見出し画像

【短編】立ち止まるな、人類

パイナップル・モーターカンパニーはある日、新たな利器を世に送り出した。


「これが我が社の〈ロケット〉です」
社長のパミール氏は、 民家の煙突くらいの大きさのその乗り物を前に、大変誇らしげであった。


「コックピットに座り、行き先を入力、決定ボタンを押してちょっと待つ。これだけでさあ、あなたはもう目的地。宇宙には行けないが、地球上ならどこへでも、道があろうとなかろうと、いかなる乗り物よりも速くたどり着けます。もう道に迷うことも、渋滞に巻き込まれることもありません」


ロケットははじめ、もの好き金持ちたちによって購入された。それらはたいてい、彼らの財力の紋章として街の上空をどこへともなくふわふわと浮いた。


「あれがロケットか」
「本当にボタン一つでどこにでも行かれるんだろうか」
一般市民たちは歩行の足を止め、あるいは車の窓から顔を出し、空を見上げてささやき合った。


やがて時はたち、ロケットは幅広く普及した。


若いコルネ君の働く、小さなテキスタイルメーカーもロケットを導入した。この会社は、専属の職人たちによる繊細な手仕事が売りだった。
「コルネ君、急だけど、3日後に手織り絨毯をひとつ納品してくれだって。工場に連絡入れて」
小さなオフィスの中で一番日の当たりの良い場所に置かれた上等な机から、社長がコルネ君に向かって指示を出した。
「3日後ですか。今から作って間に合うのかな」
コルネ君が少し心配になって呟くと
「大丈夫。うちにはロケットがあるんだから。今から急いで作れば、運ぶ時間なんてほとんどかからないだろう?」
隣の先輩がそう言いながら、穏やかな顔でコーヒーカップを手に席を立った。
「スピードは最低限の条件。速くて当たり前。遅れた者は相手にされなくなる」
コルネ君が入社したばかりの頃、先輩が散々呟いていた言葉を思い出した。


ところが工場と連絡を取った結果「3日以内に届けることは無理」ということが判明した。
困ったコルネ君は、急いで社長に相談した。
「どういうことだ」
上司の眉毛は、みるみるうちに吊り上がる。
「機織り職人のひとりが、風邪で寝込んでいるようです」
「知るか!そんなこと。せっかくロケットを導入したんだ。相手を待たせてどうする?ええ?」
「あと1日余計にくれればなんとか大丈夫と言っていますが」
「そんなんじゃ他の会社に持って行かれるに決まっている。叩き起こせ!」
「でも、職人の具合が余計に悪くなったら大変じゃ…」
「うるさい!ロケットのローンだってまだたっぷりと残っているんだぞ。もたもたしてたら採算が合わん」
コルネ君は小さくなって、泣く泣く社長の言う通りにするしかなかった。


3日後、絨毯は無事先方のもとへと届けられた。 病床の職人を引きずり出し、他の職人を「特例として」遅くまで残業させることでなんとか完成させたのだ。
「コルネ君、よくやってくれた。お客様も大変に喜んでくれている。今回のボーナスは君だけ特別に上乗せだ」
渡された明細表の金額を見て、コルネ君の心は踊った。そして思った。
(時には無理をすることも必要だ。それが後の結果に繋がるのだから)
職人を心配する気持ちも、次第にどこかへと行ってしまった。


ロケットの進歩は凄まじかった。ロケット同士の衝突を防ぐセンサーが開発され、事故の発生の心配はほとんど無くなった。その確率は「川でクラゲに刺される確率よりも低い」のだそうだ。


さらに、機内に小さな机と湯沸かし機、トイレも追加された。仕事部屋として、はたまた夫婦喧嘩の逃げ込み部屋として、ロケットは行き場のないあらゆる現代人を味方につけていった。
「次の型にはシャワールームがつくんじゃないか。そうすれば完全に住み込めるよ」
「いやいや、まずは作業部屋としてキッチンを充実させて欲しいよ。やっぱり炊飯器とレンジはないとな」
人々はその進歩にささやかな夢を見た。


やがて時はたち、ロケットはスマートフォンのように、ある程度の年齢になれば誰もが持つようなものになった。 人々は満員電車の通勤から解放され、ロケットに運ばれるのが主な通勤スタイルとなった。
ロケット移動の最中に仕事に手をつけるのも、もはやビジネスマンの間では常識だった。その分、一人ひとりに要求される仕事量も増えた。


ある会社では、ひとりがどうしても手が回らないと上司に相談した。それに対する回答はひとこと。
「俺たちが若い頃は通勤中に仕事なんてできなかったんだぞ」

また別の会社では、ひとりがあまりの仕事量に寝不足でいた。すると青白い顔をした先輩社員にこうたしなめられた。
「通勤時間も有効に使わないと駄目だぞ。時は金なりだ。短いからって侮っちゃいけない。それに電車通勤じゃないんだから座れない、なんてことはないだろう?」


さて、コルネ君も少し年を取った。それで少しばかり貫禄もついたし、ぜい肉もついた。奥さんと、10歳になる男の子もいた。
彼は目覚ましく発展していく社会の中で、今の時代には珍しい手織り製品を、どこよりも速く、たくさん売ることで、どんどん偉くなっていった。


彼は悩んでいた。
最近塾に通い始めた息子に、ロケットを与えようか迷っていたのだ。ロケットがあれば移動中にも歴史の年号が覚えられる。他の子どもたちを押しのけて良い学校に行くためには、必要なものであるのかも知れない。

それでとうとう買い与えることにした。

ある日朝食の席で、コルネ君はおごそかに切り出した。

「息子よ、今度からはロケットで学校に行きなさい。学校が終わればそのまま塾だ。 道草はなし。もちろん、ロケットの中でもきちんと勉強するんだぞ。すき間時間を有効に使え。そうすれば体育と給食の時間以外は全部勉強の時間になる」
ところが坊やは
「いらないよ。一人だけそんなの持ってたら、みんなと一緒に遊べないよ」
と言ってコーンフレークをかきこんだ。親の言うことを聞きたくない時に、彼がするいつもの仕草だった。
「今のうちから怠けてちゃ駄目だ。お前はみんなよりも上の人間になるんだ。たくさん金をかけてやってる分、一番の大学に行って、良い仕事について、大金持ちにならないといかん」
コルネ君は、なだめるように息子に語りかける。
坊やはもう何も答えなかった。
「さあ、もう時間だ。学校に行きなさい」
コルネ君は息子の背中を優しく押した。坊やはしぶしぶ鞄を背負って出かけていった。

いつもと変わらない、穏やかな一日の始まりに満足してコルネ君はコーヒーをすすった。そしてこう考えた。

今の子どもたちは幸せだ。
俺たちの頃には、どこに行くにも自分の足を動かさなきゃいけない手間があった。それに何をするにもやたらと時間がかかったものだ。
今の子どもたちには、無駄を削る装置がたくさん与えられている。
なんと恵まれていることだろう。
結果が出せて当然だ。
でないと採算が合わないというもんだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?