道頓堀の女王アリと仲間たち 7
こんな風に話してるように思えてしゃあない
争奪戦 6
大阪は道頓堀 季節外れの寒い夜が明けた5月のある朝。
湊町リバープレイス横の天空の広場に陽が登り、その片隅にある花壇の森にも春の陽気が満ち始め、森の中に投げ捨てられたケーキの山では、イブ・シティ探索係第8旅団のアリたちが忙しく動き回っている。
ケーキの周りには守備隊32匹が方円の陣で山を取り囲み、ケーキの頂上では第8旅団長マチが複眼を光らせてあたりを監視している。
「団長ぉぉぉ」作戦班長ガリがヨタヨタと登ってくる。
ガリはマチに敬礼して「団長 運送隊の準備できましたで。みんなにカつけたってください」とマチを連れて山の中腹へ降りる。
運送隊隊長を拝命したイチが、マチをチラ見して号令する。
「運送隊ぃ 団長にぃ 敬礼ぇぇ」
運送隊34匹が前脚と中脚でマチに敬礼を捧げる。
第8旅団守護班長のタテと救護班長のカンを含めた7匹の兵隊アリが、お宝を運ぶ26匹の働きアリを護衛する。
働きアリたちはそれぞれ、生クリームの雫を別腹いっぱいに貯めて、自分の甲殻の50倍もあるイチゴの岩やクッキーの塊を顎に咥えながら、敬礼の姿勢を崩さない。
マチはみんなを眺めて「ドエライこっちゃのキッツい役目を頼んでもうて、すまんなぁ。ほんでもなぁ、巣のみんなが待ってるさかい、みんな あんじょうやりやッ イチッ みんなのこと頼むでぇ」
ほとんどのアリたちが ジィーーーン となっているが、新兵たちはナニがドエライこっちゃなのかわからず、激しくキョロついている。
イチは運送隊に振り返り「よぉぉぉし、そしたらみんなぁ行くでぇぇぇ。 出発やぁぁぁ」 オオォォォ と全員が雌叫びをあげる。
イチが先頭になって歩き出し「ええかぁ、みんな道標タップリ出すんやでぇ」と声を掛けると、働きアリたちは顎で最大積載量の荷物を咥えながら道標フェロモンをバラ撒いて歩いてゆく。その過酷な姿を見守るタテが隣の働きアリへ「無茶言いよんでホンマ なぁ」と小さくツッコむ。
道標が消えかかった道に、運送隊が濃密でクッキリとした香の道を作りながら進んで行く。
運送隊の最後の1匹がケーキの山から離れたその時、
ヒステリックなガリの声が花壇の森に響く「敵襲 敵襲 Gやぁぁ デッカいんが3匹来よったでぇぇぇ」
山をグルッと守る方円の陣が慌て出す。
イチたち運送隊の進軍が止まり、山のあちこちで慌てる仲間たちを心配そうに振り返る。
ダッ ケーキの山に向かってイチが走り出す。
そのイチに、山の上からマチが叫ぶ
「行くんやぁぁ イチィィィ こっちは大丈夫やぁぁ」
イチは止まり、山を睨んでプルプルと震えている。
「行けぇぇぇ イチィ」
イチは震えながら振り返り、カツッカツッカツッと先頭に立ち
「進めぇぇぇ」と山を背に走り出す。
そのイチたちの上を ブゥゥーーン 数十匹のハエが、イチたちとは反対に山へ向かって飛んでゆく。
背後でガリの声が響く「Gに向かって魚鱗の陣やぁ」
ワァァァァァァ
守備隊が丸い守りの型から三角の攻めの型に変わり、ガリの「ユケェェェ」の掛け声で、守備隊の鋭い三角がGへと突き進む。
が、Gたちは 止まらない。
三角をブチ壊して、アリたちを蹴散らし、ケーキの山へ頭から突っ込むと、アリたちには目もくれずにケーキに喰らいつく。
残りの守備隊も山から駆け降り、顎をGの脚へ 羽へ 腹へと食い込ませて蟻酸を浴びせるが、まったくゼンゼン少しも効かず、Gは平然と喰らい続ける。
そこへ、ガリの情けない声が続く。
「敵襲 つぎはハエやぁ ハエの大群やぁ」
数十匹のハエたちは、頂上にとまると前脚を擦りながらイチゴに、生クリームに、クッキーに、たかりだす。
マチはたまらず麓へ叫ぶ「Gはもうええ、ほっとくでぇ みんな山にあがりやぁ ハエを追い払うんやぁぁぁ」
ガリが指揮をとる「守備隊ぃぃ 鋒矢の陣やぁぁぁ」
守備隊は魚鱗の三角から鋒矢の矢印の型へと形を変えて山を駆け上がってくる。
ガリが叫ぶ「ゆけぇぇぇ 突き進めぇぇぇ」
怒りの矢印は、たかるハエたちへと突っ込み、塊を蹴散らしていく。
ケーキの山を出発してしばらくあと、イチたち運送隊は浮庭橋の南にある美しい天空の公園へ辿りつく。
イチがゼェゼェしながら振り返り「よっしゃあ、よう頑張ったなぁ ハァハァ 橋を越えたらイブ・シティや もうひと頑張りやで ハァハァ 荷物下ろして、ちょっと休もかぁ」
働きアリたちは、顎に咥えた巨大なケーキの欠片を下ろすと ヒィヒィ フゥフゥ ヘェヘェ そのままひっくり返って甲殻を草の上に投げ出す。ココまで、ほとんどダッシュで駆けてきたうえに道標フェロモンをバラ撒きすぎて、甲殻はもう悲鳴をあげてヘロヘロになっている。
ゼェゼェしながら甲殻を休める働きアリたちを取り囲んで、タテやカンたち兵隊アリは周りに睨みを効かせている。
と、タテの目の前を何かが ブンッ と通り過ぎる。
と、すぐ横で休んでいた働きアリが フッ と消える。
「へッ?」
ナニが起きたんやと、キョロつくタテ。
「まさかクモが」と見上げるが、そこにあるのは5月の真っ青な空。
そしてまた ブンッ …今度は見えたッ
ギャアァァ と叫びながらピンクのネバネバに連れ去られる仲間を。
複眼で仲間を追った先には… 大きな目玉で見下ろす薄緑のアマガエル。
その口が ムシャムシャ と下品に動き、端から仲間の脚がはみ出ている。
ギャアアア ウワァァァ イヤァアア
みんな逃げたいが、疲れている上にアマガエルの邪眼に魂を奪われ甲殻が動かない。
イチも震えている 「落ちつかな 落ち着かな 落ち着かなッ…」を呪文のように繰り返しながら。
シュッ 震えるイチの横を駆け抜けるタテとカン。
2匹は、アマガエルの顔に大きな顎で喰らいつき、その大きな目玉へ蟻酸攻撃を浴びせる。
攻撃しながらカンは「イチさぁぁん 副長ぉぉぉ しっかりしなはれぇぇ」
アマガエルは グェグェグェエエ とたまらず仰け反り2匹を振り払おうとジタバタするが、さすが兵隊アリ 振り回されても大きな顎は外さない。
高いところで揺れながらカンが叫ぶ「今やぁ、みんなお宝咥えて逃げるんやぁぁ」
散り散りになった隊員たちは、慌てて大きな荷物を咥えると、あたふたとバラバラに動き出す。カンの喝で震えが止まり、正気を取り戻したイチが「こっちやぁぁ」と浮庭橋の先を前脚で指し示すと、イチに向かって血相を変えた隊員たちが全速で集まってくる。
イチが呼ぶ「タテもカンも、もうええ 逃げるでぇ」
と、
そのイチの目の前を大きな口が横切る 仲間たちを飲み込んで
ヒィィイイ ギャァァア イヤァァア
光沢がある金色のウロコに黒いスジ ニホントカゲがチロチロと舌なめずりしながら、大きな黒い目でイチを見下ろしている。
イチは一歩も動けない。 ところが
ウグッ とその黒い目を見開き 、 ゲボッ と口の中から3匹のアリを吐き出すと、尻尾を巻いてそそくさと公園の森へ逃げていく。
吐き出された唾液まみれの3匹が、前脚と中脚を挙げてガッツポーズをつくり「ヤツのクチん中、蟻酸まみれにしたったでぇぇ」と雌叫びを挙げると、周りのアリたちは ウォォオオ ヨッシャァア と歓声でこたえる。
と、
唾液まみれたちの歓喜の顔が、ガラッと怯えた表情に変わる。
アワアワしながら「う う ウシロやぁああ」と後退る。
「えッ」と振り返ろうとする隊員たちを、大きなカマが掻っ攫っていく。
ギャァアア イヤァァァ アヒィィイイ
声を追うとそこには、見上げるほど大きな濃い緑のオオカマキリ。
逆三角顔の両端についた残忍な目玉でイチたちを睨んだまま、ムシャムシャと音を立てて、お宝ごと仲間を喰い千切る。
あまりの恐怖に隊員たちは動けず、声も出ない。
カマに挟まれた隊員の精一杯の蟻酸攻撃も歯は立たず、次のアリが千切られる。
アワワワ イチも腰が抜けて甲殻が動かない。
そこへタテとカンが駆けつけ「今のうちやぁ みんなぁ逃げるんやぁ」
オオカマキリは3匹をペロッと平らげてもまだ足りず、口の端に生クリームを垂らして、ニタァァと笑いながらカマを振り上げ、ゆっくりとエモノを追い始める。ズンッズンッズンッ
タテが隊員に気合を入れる「しっかりせんかいッ 喰われんでぇ」
ビクッと動き出す仲間たち。
タテはイチを抱えて「こっちやぁ」と隊の先頭に立ち、カンは殿でオオカマキリのカマを避けながら全員を逃す。
が、
ブワッ と強い風が吹き、先頭から
イヤァアア ギィヤァァア アヤァァア と悲鳴があがる。
カンが振り返ると、1羽のでっかいスズメが仲間たちを啄んでいる。逃げ惑うアリたちを、甘いお宝ごと、頭を振り振り、楽しげに啄むスズメ。
嘴に挟まれながら、死に物狂いで仕掛ける蟻酸攻撃は功を奏さず、ゴックンゴックンと飲み込まれていく仲間たち。
先頭はスズメに啄まれ、後方はオオカマキリに狩られ、運送隊はドンドン減っていく。
残された手は… 「森やぁ 森の中に逃げるんやぁ」イチの声に、森へ向かってバラバラと走り出すアリたち。
と、
バンッ 吸盤つきの5本指がヘロヘロのアリたちに振り下ろされる。
草の間から灰色に黒いスジの大きなニホンヤモリが顔を出し、ペチャンコになったアリたちをペロッと口に運び、ニタァと爬虫類の視線をイチたちに向けると、のったりと草から這い出てコッチへくる。
もう10匹ほどしか残っていない運送隊は、イチを真ん中に団子になって追い詰められ、森にも逃げ込めず、嘴に啄まれ、カマに狩られ、誰も声を出せず、全滅を覚悟した。
その時、
ザッザッズッザッドッドッドッ 聞いたこともない地響きが近づいてくる。
ザッザッズッザッドッドドッドッドッザッ…
どんどん大きくなる地響き。
スズメがチュンと地響きに顔を向けると、首を傾げ、次の瞬間バッサバッサと空へと逃げる。オオカマキリもバッと羽を広げて空へ、ニホンヤモリはそそくさと草の中へ、消える。
もう轟音になって迫る地響き。
何が何だかわからないイチたちの団子は、襲いかかってくる地響きの中で、もう諦めに包まれ、ヘナヘナとヘタリ込み、動けない…
8 につづく
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