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ことわざ・がたり  " 麝あれば香し "

ある秋の日
海辺の無人駅に、南から満員のキハ40が到着する。
乗客たちはこぞって短いホームに降りると、何人かは脚を止めて真っ青な空へと続く山々に見惚れ、残りの乗客はホームの端に立っている手作りの掲示板へと群がる。
最近SNSやニュースで話題になっている、この村の掲示板たち。

ホームの掲示板には、1枚の写真と

おはよう 豊かの海

その下に青い文字が続く。
村へ豊穣の水を届けた美しい川は、やがて豊かな恵の海へと流れ出ます。
まるで水平線から続く朝日の道へと向かうかのように。


ファーーン 数人を乗せて発車したキハ40がホームから退くと、掲示板前の乗客たちは目の前に広がった海を見渡し「おぉぉ」「うわぁぁ」と歓声を挙げ、朝焼けではないその景色にも見惚れている。
誰かの深呼吸に釣られて、みんなが潮の香を胸いっぱいに吸い込むと、その笑顔のまんまで駅を出て、乗客の半分は東の海へ、半分は反対の小さな商店街へと流れていく。

静かな村
西には天をく神々しい山々がそびえ、その裾野すそのには深い森が東へ向かって幾重にも連なり、森から続く稜線をなだらかに下っていく棚田たなだには、秋の日、黄金色こがねいろの実りが一面に広がっている。棚田を降りていくと農家がポツポツと現れ、降りきった平地には北から南へ村役場と学校、小さな商店街、そして駅へと続いている。
深い森から流れ出す幾筋もの川は、棚田や畑に水を届けると、やがて村の中で美しい川へとまとまり、村の南側をゆったりと流れて東の豊かな海へと注ぐ。河口付近の北側、駅を海側へ降りたあたりには漁師町が細く長く続き、その先の小さな港には行儀よく船が並んでいて、港の向こうには、霞むほど遥か遠くの岬まで綺麗な砂浜が続いている。

商店街へ流れていった乗客の何人かは、駅のすぐ南を流れる美しい川へ向かい、土手に立つ手作りの掲示板にしばし見惚れると川辺へと土手を下っていく。掲示板には、1枚の写真と

おはよう 豊かの源

その下に水色の文字が続く。
森を出た幾筋もの流れが、村で美しい川へと結び、朝靄のその水面には朝の光が飛び跳ねている。


今年の春
この村に新しい村長がやってきた。中央政府お墨つきの元官僚。
なぜか、村の立候補者が次々と降りてゆき、村人たちに選ばれることもなく、無投票でシレッと村長が決まった。
しかめっツラ薮睨やぶにらみの新しい村長は、かげのある笑顔で、この村へリゾートを誘致すると初めての演説で村人たちに言い放った。村長の地を這うような低音の声が、聴衆の背筋を駆け上がり、まるで恫喝のように続く。

農業と漁業では先細りだと、雇用の創出だと、子供たちの未来だと、この村には何もないと、リゾートで人を呼ぶと、もう中央の予算は抑えたと、開発のうねり起こすと。

身動きできない聴衆へ、気味の悪い笑顔でさらに畳み掛ける。

山も森も川も砂浜も変えてしまえ、棚田など壊してしまえ、畑など捨ててしまえ、港は埋めてしまえ、船など沈めてしまえ。
そして、睨んだ村人たちへ叫ぶ、見てくれが全てだ、全てを変えろ と。

村長が去った後も、村人たちは何かに憑かれたように立ち尽くした。



駅前の商店街をゆく人の多くは、そこの弁当屋で買ったおにぎりを頬張りながら北へ向かう。最近、SNSで話題の 連峰焼きおにぎり は、村から見上げる朝焼けのアルプス連峰をイメージしたおにぎり3つを、森に見立てた笹の葉で包んだお弁当。そのおにぎりを頬張る笑顔の流れが、商店街の端に立つ手作りの掲示板の前で止まり、その先に広がる棚田の絶景と掲示板を見比べながら歓声が上がる。掲示板には、1枚の写真と

おはよう 豊かの実り

その下に黄金色こがねいろの文字が続く。
見渡す限り黄金色こがねいろの稲穂が、遥かに続くなだらかな棚田一面に朝の光で輝いている。


村長の衝撃的な政策に戸惑とまどい、いぶかしむ村人たち。
村のためだと、子供のためだと、未来のためだと、奴の言葉が不安を煽る。農家も漁師も本当なのかと疑いながらも、「時代かもな」とはぐらかし、拳を下ろし、そんなものかと、あきらめが広がっていく。

そんな夏が終わろうとする頃、村のあちこちに手作りの掲示板が立ち、SNSでも目を惹き始めた。

棚田の景色を少し行くと、美しい棚田の中に村立小中学校が建っている。
その校門に立つ手作りの掲示板には、1枚の写真と

おはよう 豊かの森

その下に緑色の文字が続き、
アルプスに幾重にも連なる深淵の森が、柔らかな朝の光に包まれている。

その下に、真っ赤なペンで書き殴った叫びが続く。
未来のための、僕らのための、村のための、リゾートだって?
嘘や無理やゴマカシのリゾートに、一体どんな未来があるの?

いくつかの掲示板に書き殴られた叫びは、掲示板の写真と共にSNSで拡散され、共感の声は中央政府にも届いた。


村立小中学校の先にある村役場の前には、朝一番からつづく電車でやってきた共感の仲間達が溜まりに溜まり、怒りのプラカードや画用紙を掲げて、マイクやメガホンで抗議の声を揚げている。
「村を壊すな!」「今すぐ誘致を中止しろ!」「何のためのリゾートだ!」「そんな未来は許さない!」「この利権まみれの犬が!」
「村長は今すぐ出ていけ!」
たったいま着いたおにぎりを頬張る人たちも、すぐに仲間へ加わっていく。

その傍に立つ掲示板には、1枚の写真と

おはよう 天空の峰々


その下に紫の文字が続き、
朝日を浴びて輝く、いにしえより村を守る神々しい山々。

その下に、真っ赤な叫び。
村長 ボクらはこの村を守りたい あなたという破滅から。
あなたが破壊する村の美しさを世界に見せただけで、
あなたを破綻させる共闘の声が、こんなにも。
村の未来を守る凛々しい仲間たち  ようこそ美しい村へ。


おしまい


麝あれば香し [才能あるモノは、自然と世に認められる]
じゃあればかんばし


おまけ ダジャレ・がたり

雀荘バカばっかし
じゃあ雨の桟橋(さんばし)
であればポン菓子
誰がカバやし
シャクレはガンバレ
邪悪な簪(かんざし)
じゃあそのバカ飛ばし
ダジャレな看板


#小説 #創作 #オリジナル #物語 #短編 #フィクション


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