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ことわざ・がたり  " 月夜に提灯 "

童話編

江戸のむかし、大きな大きなニッコリ満月の夜に、スミダ川のリョウゴク橋あたりで、三つのカゲがなにやら話していますよ。ちょっと聞き耳を...
「シクシクシク」
「どうしたの? なんでそんなに泣いてるの、提灯どん?」と小判ちゃん
「末吉つぁんがスエキッつぁんが...」
「丁稚の末吉つぁんが、どうしたんだい?」と真珠ねぇさん
「ひどいんだよ、末吉つぁん! 店のお使いでオイラを片手に出かけたら...」
「出かけたら?」と小判ちゃん
『なんでぇい、デッケェ満月じゃねぇか、いらねぇやこんなの』
「って、捨てたんだよ、うっ、オイラを、ううっ、スミダ川にぃ〜」
「ひどいよ、そんなの」と小判ちゃん
「オーイオイオイオイ...」
「でもさ提灯どん、アタイも小判ちゃんもね、ブタさんやネコさんには役に立たねぇって笑われんだよ、いつまでたってもどこへいってもね。でもさ、アンタは違う、暗い夜道にゃアンタがいなきゃ歩けねぇってんだ」と真珠ねぇさん
「そうだよ元気だしなよ、提灯どん」と小判ちゃん
「うん、うん」
「じゃぁさ、3人でさ、言ってやろうよ、お月サンにさ」と真珠ねぇさん
「そうだよ」「うん」「じゃぁいくよ」
「ムダなモノなんて、無ぁいぃんだぁ〜」

リョウゴク橋の上で聞き耳を立てていた大きな大きな満月は、ニッコリニッコリ3人を照らしましたとさ。


付喪神(つくもがみ)編

※ 付喪神 長い長ぁ〜い年月を経た道具などには神や精霊が宿る。

時は慶應三年(1867年) 幕末の江戸、中秋の黄色く大きな満月が東の空に浮かぶ両国橋のたもと、夜な夜な付喪神が集まる夜鷹蕎麦 真珠屋に、なにやら物騒な影がひとつ。
屋台の端で、火袋の障子紙が右半分溶けて、剥き出しの竹が蝋燭にゆらゆらと照らされた、まるで顔の右半分が骨のような、提灯の付喪神 提兵衛が怒りに蛇腹を震わせて安酒を呷っている。
「てやんでぇ、米津屋の末吉めっ、丁稚の分際でっ」 ドンっと湯飲みの酒をぶちまける。
「どうしたのさ」台を拭きつつ、真珠の付喪神 女将のお珠さんが気遣う。
「末吉のヤロウ、大旦那の使いで本所両国へって、俺様片手に店を飛び出したんでぇ。そしたらよ、この満月ってわけよ、あのヤロウ『なんでぇい、デッケェ満月じゃねぇか、いらねぇやこんなの』って俺様を隅田川に放り投げやがったのよ、コンチクショウめ」
「あはははは」と逆端で大笑いするのは、両替商 米津屋の蔵で眠る小判の付喪神 小奴。「それで半分溶けてんのかい、アハハハハ、まぁしょうがないねぇ、こんな月夜にゃアンタは野暮だよ、あははは」
「うるせぇんだよ、このすっとこどっこい、お前だってなぁ、お前だって豚にはナンの役にも立たねぇって笑われてんだろがぁ」
「そりゃアチキだよ」と、お珠さん 「あ、すまねぇ」
「おぃおぃ、アンタなんかと一緒にしてもらっちゃぁ困るんだよ、アタイやお珠さんの価値にはね人も平伏すのさ、役に立たねぇのは猫や豚の方なんだよ、このボンクラがぁ」
「俺だってなぁ俺だって、暗い夜道にゃ人の役に立つんだよ」
「そうだよ、ホントにそうだよ、アンタはエライよ」とお珠さん
「使われて終いだろ、アンタは」冷たい目で小奴がゆっくりと立ち上がる。
「でもね、アタイは使われて、色んなモンを手に入れて、色んなモンに姿を変えて、何倍もの小判で売れて、もっともっと色んなモンを手に入れて、そして湯水の如く増え続けて人を喜ばせ続けるんだよ、アンタとは見えてる未来が違うのさ、どうだいこの唐変木」
隅田川を渡る秋風が、見下す小奴の火照ったドヤ顔を撫でる。
二人をキョロつくお珠さん。
提兵衛は、小奴を見上げた釘付けの視線を無理くり黄色い満月に外し、目を閉じ フゥ〜 と大きく息を吐いて、静かに語り始めた。
「つい最近、この星の裏側 プロイセン王国生まれのマルクスてぇ輩が、世の行く末を案じて書いた『資本論』てぇ書物には、モノには、俺様が夜を照らせるってぇ使用価値と、何んにもやれねぇのにオメエのような銭の匂いだけがプンプンする価値てぇのがあって、その価値が持ってる 銭を使って銭を膨らませたい ってぇ業は、一度転がりだすと止められねぇんだと、マル公が言うには、この資本ってぇ欲望の連鎖は、止まることなくありとあらゆるものを銭に変え、やがてこの星の恵みを吸い尽くし、数百年ののち、この星を不毛の地獄に変えちまうんだとよ」と小奴を睨んだ。
「はん、負け犬の遠吠えかい、そんな先の話なんざ知ったことかい
「そう、それが呪いの合言葉だ」
提兵衛は、睨んだ視線を小奴から黄色い満月に移し、腹の底から吠えた。
「お月さんよぉ、こいつらはこの星を吸い尽くしたら、次はアンタをしゃぶり尽くすぜぇ」
月が青ざめた。
「アンタも付喪神なら、こいつらたぶらかしてでも止めてみやがれ」
提兵衛はゆっくりと立ち上がり「役が終われば消えるだけ」と残し、隅田川へ向かう闇に消えていった。

この日からお月さんは青白くなったそうな。

おしまい


おまけ ダジャレ・がたり

好きよに用心
突き指に傷心
つくねはコーチン
良き世は楽ちん
トキオの賞金

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