間宮林蔵
東アジアの地図を見る。この中に、唯一日本人に由来する名前が載っています。間宮海峡です。
これが、現代世界にどれほどの意味を持つのでしょうか。世界地図に名前が載っている唯一の日本人、間宮林蔵とはどのような人物だったのだろうか。知る人は少ない。
現ロシア領である樺太、「樺太は島である」と発見したのが、江戸時代の武士であり、探検家の間宮林蔵であったのです。
再度いいいたい。この事実は現代においてどのような意味があるでしょうか。
ロシアと陸続きだったら、狡猾なロシアは即、自国領に編入していたでしょう。島であるから日露間でその帰属交渉が行われ千島樺太交換条約が結ばれたのです。
「シーボルト」は、樺太が島であることを発見した間宮の功績を称賛し大陸と島を分かつ海峡を間宮海峡と名付け世界に発信をしたのです。
領土の帰属は、国家間の微妙な問題である。ましては、領土拡張主義のロシア相手ではなおさらだ。
然し江戸時代、命を賭して北方探検をした日本人がいたことを忘れてはならない。
千島列島の南半分が不法占拠されてから久しい。
正しい国家間の条約から生まれた歴史事実も武力で簡単に反故にされてしまう危険は現在のクロアチア戦争を見ればわかるであろう。