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ひかりあてられしものー1

私は年少の頃より宗教史に関心があったことは、このNotoに何回か書きました。その中でキリスト教の日本布教やその世界史的意味を書いてみたいと思い結果、『ひかりあてられしもの』という題名で出版しました。『ひかり・・・』とは神の栄光を被った信仰者の意味であったがその一部を紹介してみたい。

はじめに
弾圧の中で信仰をまげなかった人々の物語
 フランシスコ・ザビエルが日本で布教し一時は広く普及したかに見えたキリスト教、それ故なのか、当時の権力機構からの弾圧をうけた。

開国し禁教が解除されて2世紀半、長崎では「隠れキリシタン」と呼ばれ再び世に出た。キリシタン弾圧に名を借りた虐殺が公然と行われた当時の信仰形態とか史跡が世界遺産に登録され話題を呼びます。

この長い潜伏がなぜ行われ再び世に出たのか当時(戦国時代)の日本の社会や歴史を検証し、合わせ信仰とは、を世に問い直した作品です。
                  平成31年3月吉日  浅原 録郎

一部 論究―『隠れキリシタン』
序章1、中世ヨーロッパにおけるキリスト教
 キリスト教とは、紀元1世紀中頃、イエスの死後に起こった弟子の運動(初期キリスト教運動)が、キリスト教の直接的な起源である。

キリスト教の教義はユダヤ教を基礎とし、イエスや使徒の言行から発展したものであるが理論的発展を基礎付けたのはパウロ書簡およびヨハネによる福音書である。

パレスチナで生まれヨーロッパに伝播し世界宗教となったキリスト教が何故極東の島国日本にもたらされたのかを調べるとともにヨーロッパ人の信仰と明治初期、その禁教が解除され長崎地方に忽然と現れた隠れキリシタンの存在の意味をヨーロッパ史や世界史を通し論及したものがこの本文である。

続く

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