無力な人妻
深夜2時。
真っ暗な部屋で固定Wi-Fiの黄色い光が、瞳孔にガン飛ばしてくる。
スマホのブルーライトフィルターをONにして求人サイトを漁る。
昼間に見ればいいものの、この時間にならないと見る気が起きない。
『月収、勤務時間、未経験ok、平日休み』
優先順位を繰り返しつぶやきながら、画面スクロールを繰り返す。右手首が痛い。
頭の中には面談室。
スーツ姿の人事担当が私に問いかける。
『貴女は誰?』
ベッドの上に寝っ転がっている私が答える。『私は誰?』
最高のキャリアウーマンになりたかった。
ただならぬ色気を醸し出すアラサーにもなりたい。ワコールの下着しか身に付けない奥さんも羨ましい。
それから、無力な人妻。
無力な人妻、、いい響き。
でも、無力な人妻になることは
就職するより難しいことなのかもしれない。
無力であって、無能ではないのだ。
掃除、家事、洗濯。
主婦の三位一体を全てこなしていても、気だるさを忘れちゃいけない。事あるごとにため息をつくのが癖だ。
右ポケットにはいつもバファリンが常備されている。低気圧や生理痛は、なんとなくバファリンを飲めば大丈夫だと思っている。
エステや美容外科に行く時間が削られるので
出産や育児には興味関心が無い。
ワイドショーも巷で話題のニュースも興味を持たない。全て他人の戯言だ。
井戸端会議の井の字も語る気にならない。
浮気? やだやだ。面倒くさい。
旦那の存在をたまに忘れるが、旦那への愛が消えることはないだろう。
『素晴らしい。』
頭の中の人事担当に、志望動機を話す。
返ってきたのは無反応と沈黙。
全くつまらない人事担当を描いてしまったものだ。想像力の欠片もない。
だけど無力な人妻は私しか知らない職業。
スペシャルな履歴書はここで生まれるのだ。
明日への期待が少し生まれたことに安堵し、
無力な人妻に想いを馳せながら、スマホの画面をOFFにした。
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