
CFOの真の顧客は資本市場
[要旨]
公認会計士の森暁彦さんは、かつて、ある会社のCFOを務めたことがありますが、その時の上司はCEOであっても、真のお客様は資本市場であり、1万人近い株主や潜在的な投資家、金融機機関だと関だと考えていたそうです。一方、「社内のヒエラルキーに対する盲目的な服従を当たり前のものと考えている」会社もあり、そのような会社は、自分たちのロジックで自分たちの経営体制を守っていた結果、事業が衰退して、株式価値が毀損し、多くの従業員の雇用も守れなくなったということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、公認会計士の森暁彦さんのご著書、「絶対に忘れない『財務指標』の覚え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、森さんによれば、RIZAPは、かつて簿価割れした不採算の会社を複数買収し、会計のルールに従って、簿価割れした部分を負ののれんの償却益として収益計上していましたが、その後、買収した会社の業績が改善せず、損失を計上しながら資産が縮小していったということについて説明しました。
これに続いて、森さんは、CFOの真の顧客は投資家であるということについて述べおられます。「ここまで、財務諸表にはキャラクターがあると述べてきましたが、財務諸表がそもそも楽観的に作成されているのか、はたまた保守的なのかは、一目ではわからないものです。コンテクスト(文脈)を理解する必要があります。上場企業であれば、CEOやCFOが登壇する投資家向け説明会に行きましょう。経営陣の生の声を聞いて、質疑応答に参加する。プロの機関投資家はそれを必ずやっています。多くの上場企業はウェブサイトに決算説明会の動画がアップされています。
また、IR資料も会社のウェブサイトに掲載されていますので、それも参考にしましょう。特に、四半期ごとにCEOや会社が言ったことを達成してるか、すなわち資本市場へのコミットメントをクリアしているのかどうかに注視します。過去に言ってきたことの検証は簡単です。すると、CEOがまともそうな人か、投資家に誠実な対応をしているか、すごく楽観的そうな人か慎重な人か……。説明をライブや動画で見て聞くことで経営陣の人となりのイメージの解像度がぐっと高まります。そして、経営陣の思想や人柄は、財務諸表にも表れます。自分自身を例に取って説明します。
私は2015年から2020年3月まで、再生可能工ネルギー開発・発電のレノバにてCFOを担当していました。レノバは東証一部に上場する上場べンチャ一企業です。CFOの在任中、私の直接のボスはCEO・代表取締役会長・取締役会です。でも、私の真のお客様は資本市場であり、1万人近い株主や潜在的な投資家、金融機関だと考えています。資本市場とはこれまで20年近く接していますし、これから先も10年、20年と、私は資本市場の中でプロフェッショナルとして生きていくつもりです。
私と資本市場は、一度きりのゲームの取引相手ではなく、連続的な関係です。連続的な関係だからこそ、資本市場を敵に回すインセンティブがなく、協調戦略が有効です。一時的な自身の利益のために資本市場の参加者をだます気は一切ありません。一時の業績作りのために怪しい会計処理に手を染めますかと言われても、私にはメリットがありません。だから、合理的な思考の結果、そして職業倫理的にも、怪しい会計処理を行うことはありません。
投資家にとり、会社のCEO・CFOが誠実であること、継続的に信頼できることこそが評価の対象だと思っています。投資家から信頼されて実績を残す人が資本市場で評価されます。そして、評価される人がコミットする会社も評価されます。しかしながら、世の中には真逆の会社も存在します。内向きの論理で、資本市場をちゃんと見ていない。こういう会社に関与すると、時にえらい迷惑を被りますので、巻き込まれないように注意しましょう。
経営者がどのようなロジックで生きているのか、何に価値を見いだして、何のために仕事をしているのかを見抜きましょう。例えば、私から見るとリスクだなと思うのは、CEOもCFOもその他の役員も、(ほぼ)全員新卒で入ったプロパーな人ばかりの会社に関する債権・株式を持つことや、そのような会社に就職することです。そんな会社の多くは、経営陣間の人間関係は濃密で、それこそ役員同士で『おーい田中ちゃん(仮名)』と呼び合うお友達(年次の近い先輩・後輩)であることもあります。
実際に、とある会社で見た光景です。CEO以下役員は株式をほとんど保有しておらず、転職市場に出たことがなく、自身の報酬は株価や人材市場連動ではなく、社内的なロジックで決まります。元オリンパスのマイケル・ウッドフオード社長の言葉を借りると、『日本企業では、社内のヒエラルキーに対する盲目的な服従を当たり前のものと考えている』日本の民生・重電の電機会社で起こった過去十数年間の経営危機問題の何割かは、内輪の論理(=今ある経営体制での経営維持)を優先した結果なのだと思っています。
邦銀によるかつての不良債権問題も同様で、自分たちのロジックで自分たちの経営体制を守っていたその結果、事業が衰退して、株式価値が毀損し、多くの従業員の雇用も守れませんでした。そして、ビジネスの悪化を財務諸表が表すのは、遅行しました。経営共創基盤の冨山和彦代表が常々強調しているのは、『守るべきは、事業なのか、会社なのか、疑問を持つまでもなく、守るべきは事業に決まっている』
すなわち、会社は単なる箱であって、事業の成長にフォーカスした経営を行っていけば、力不足の社長や役員はクビになっても、新しい優秀な経営陣が事業を再生し、雇用を生んで、利益と株式価値を生んでいけば良いという発想です。すると、日本と世界の社会全体にとってプラスなものが残っていきます。ビジネスの実態を表すのが財務諸表です。より良い財務諸表を作成しようとするのは、市場の規律に忠実に働く誠実な経営者です。本当にここが一番大事です」
経営者の方の中には、部下であるCFOから、「あなたは私の上司だが、私の真のお客様は資本市場であり、株主や潜在的な投資家、金融機関だと考えている」と言われたら、「君の給料は誰が払っているのだ」と考える人がいるかもしれません。そして、そのような経営者がいる会社は、オリンパス元社長が指摘している、「社内のヒエラルキーに対する盲目的な服従を当たり前のものと考えている」会社なのだと思います。
このような会社は、上場会社でも少なくないと思いますが、それは、「CEOもCFOもその他の役員も、(ほぼ)全員新卒で入ったプロパーな人ばかりの会社」であり、すなわち、従業員と、従業員から昇格した役員で占められた、「ムラ社会」になっているのでしょう。しかし、事業活動は、すべてのステークホルダーからの協力を得なければ発展できません。従業員や役員もステークホルダーですが、株主、銀行、顧客、仕入先、社会もステークホルダーです。
でも、「社内のヒエラルキーに対する盲目的な服従を当たり前のものと考えている会社」、すなわち、役員と従業員の「ムラ社会」は、結局、このムラ社会を優先する意思決定をしてしまいます。その結果、「日本の民生・重電の電機会社で起こった過去十数年間の経営危機問題」や、「邦銀による不良債権問題」が起きたと言えます。
すなわち、財務諸表を正確に作成せず、投資家や銀行に誤った情報を伝えることは、従業員と役員の「ムラ社会」を守るためと考えられがちですが、実はその逆で、「事業が衰退して、株式価値が毀損し、多くの従業員の雇用も守れなくなる」ことになります。こういった観点から、財務諸表は正確に作成することが重要であるということを、改めて認識できると思います。
2025/2/24 No.2994