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成功事例より失敗事例が起業に役立つ

[要旨]

元プロレスラーで、約14年前にラーメン店を開業した川田利明さんは、起業しようとする人向けのガイドブックやノウハウ本には成功談や美談が多く書かれているものの、それは、そのような内容を書かなければ売れないからであり、実際に成功し繁盛するのは本の一握りであることから、あまりうまくいっていない経営者のことを知ることが大切と述べておられます。

[本文]

元プロレスラーで、東京都世田谷区にあるラーメン店の麺ジャラスKの店長の、川田利明さんのご著書、「プロレスラー、ラーメン屋経営で地獄を見る」を拝読しました。川田さんのお店は、2010年6月に開店してから、実は、あまり繁盛したことはないそうなのですが、川田さんは、同書の冒頭で、同書を書こうと思った経緯について述べておられます。

「確かに、『俺はこうしてラーメン屋で成功した』なんて本は書けない。でも、テレビなどで見かける、『サラリーマンから行列のできるラーメン屋に華麗なる転身!』みたいな話は、本当にひと握りしか存在しない夢のようなケースであって、さまざまな幸運にも恵まれないと、あんなことにはならないよ……ということは、この10年の実体験で身に染みてわかっている。

世の中には、起業したい人のためのガイドブックやノウハウ本は、山ほど出回っている。ラーメン屋を開業したい人に向けた本もよく見かける。さすがに俺も店を出す前に、何冊かは目を通したけれど、内容は成功談や美談ばかり。とにかく、『儲かりますよ』、『行列はすぐにできますよ』など、いいことしか書いていないんだ。ここで、ひとつだけ言いたいことがある。そういう本を読めば、オープンするまでの流れはざっくりわかるし、必要最低限のモノやお金のことも大まかにだが掴める。

しかし、希望に燃えて起業しようとしている人たちが読む本だから、あまり厳しいことは書かれていない。本を読んでやる気がなくなってしまったらノウハウ本を出す意味なんかないんだろうし、それはそれで正しいことなんだろうけど、実際に店をオープンしてみたら、『こんなこと、どこにも書いてなかったぞ!』というトラブルやアクシデントがオーバーではなく、毎日のように発生する。

当たり前のことだけど、初めて店を出す人は誰でも『初心者』だ。チェーン店のフランチャイズに加盟するのであれば、逐一、本部からフォローが入るんだろうけど、個人経営の場合、自分でどうにかしなくてはならない。ネットで調べるとか、知り合いに教えてもらうとか、いくらでも対処法はあるんどろうけど、営業時間中に何かが起こったら、調理や接客をしながら対応しなくてはいけないわけで、そんな悠長なことは言っていられないのだ。

そういうことを思い返すと、確かに、『こんな大変なことが起きるよ』とか、『常識では考えられないような出来事がしょっちゅう発生するよ』と注意喚起する本が、この世に1冊ぐらいあってもいいんじゃないか、と執筆に前向きになった。大成功した人の本を読めば、少なからず参考にはなるだろうけど、本を読んだだけで店の前に行列ができるんだったら、日本中のラーメン屋はすべて繁盛店になっている。ごくごく一部の人しか味わえない成功談を読むよりも、ラーメン屋を経営していく苦労話の方が多くの人の役に立つんじゃないかな?」(15ページ)

川田さんご自身もご経験しておられるようですが、「起業してみたら、思っていたようにはならなかった」という方は少なくない、いえ、むしろそのような方の方が多いのではないかと、私は思っています。そのような人が多い要因の一つは、「起業熱」にかかる人が多いということだと思います。「起業熱」というのは、米国の作家、マイケル・E・ガーバーが、彼の主著、「はじめの一歩を踏み出そう」の中で使っている言葉です。

すなわち、「自分はすばらしいスキルを持っているから、今、勤務している会社から独立して起業すれば、事業は必ずうまくいく」と信じ込んでしまうことです。でも、事業にはすばらしいスキルを持った人は必要ですが、必ずしもそのような人がいるだけで成功するとは限りません。実際には、いくつもの役割を担う人が協力し合って事業活動はうまくまわるわけですが、起業熱にかかっている人にはそれが見えずにいるため、起業さえすれば成功すると思い込み、しっかりとした準備もしないまま起業して失敗してしまいます。

そして、もうひとつ大切なことは、川田さんがご指摘しておられるように、「起業したい人のためのガイドブックやノウハウ本にはいいことしか書いていない」ということです。すべてではありませんが、起業ノウハウ本の多くは、その読者を成功させることよりも、その本が売れるようにすることに重点が置かれているため、耳触りのいいことが多く書かれていると考えられます。そして、このような傾向は、いわゆる「経営コンサルタント」や「起業支援専門家」にも共通していると、私は考えています。

そのような「専門家」は、起業に関する相談を受けたとき、もし、「起業するにあたって、あなたにはこのスキルが足りないと思われます」というようなことを伝えれば、顧問契約をしてもらえなくなる確率が高くなります。そこで、起業する可能性があまり高くなくても、「頑張れば、きっと成功しますよ」というような回答をして、顧問契約を結んでもらうことを優先してしまいます。

しかし、このような専門家の支援を受けても、その専門家は専門家自身のことを最優先しているわけですから、本当に顧問先のためになるような支援はあまり期待できないでしょう。私は、実際に、そのような専門家を何人も見てきました。それでは、起業が失敗しないようにするためにはどうすればよいのかというと、起業のスケジュールに余裕を持たせることだと思います。まず、起業しようとする人は、どうしても「起業熱」にかかってしまいがちですので、自分自身を冷静に見ることができるようにするためにも、急いで起業することは避けることが無難です。

さらに、起業支援の専門家の支援を受ける場合も、専門家の真贋を見分けることができるようにするためにも、ある程度の時間をかけることが大切です。とはいえ、専門家の真贋を見分けることは難しいですが、もし、その人に著書があったり、ブログなどを書いていれば、それらを読んでみることをお薦めします。起業ノウハウについてあまり煽るようなことが書かれていなければ、真に依頼者のためになる支援を受けることができるのではないかと思います。

もちろん、起業に慎重になりすぎてもチャンスを逃してしまうこともあります。また、慎重に起業したからといって、失敗を避けることができるとも限りません。でも、少なくとも、起業熱にかかったまま急いで起業するよりも、余裕のあるスケジュールで起業する方が成功する確率は高くなることは確実だと思います。

2024/8/19 No.2805

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