単純作業をなくし知的作業に集中させる
[要旨]
アルミ加工メーカーのヒルトップの相談役の山本昌作さんは、ルーティン作業では楽しめない、人間はもっと創造的な仕事をすベきだという思いから、自動車部品の大量生産をやめ、少品種大量生産から多品種少量・単品生産へ切り替えをしたそうです。その際、職人技の暗黙知をデータベース化して社内で共有し、誰でも活用できるようにし、職人たちには新しい仕事で知的作業を行うことに集中できるようにしたそうです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、アルミ加工メーカーのHILLTOP株式会社の相談役の山本昌作さんのご著書、「ディズニー、NASAが認めた遊ぶ鉄工所」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、山本さんによれば、これからの製造業は、売れ筋をただ大量生産するだけでなく、「あの会社にお願いしたら、どんなものでもつくってくれる」という多品種少量生産への対応が求められているということについて説明しました。
これに続いて、山本さんは、職人技をデータベース化することが望ましいということについて述べておられます。「チャーリー・チャップリンが監督・主演を務めた映画『モダン・タイムス』がアメリカで初めて公開されたのは、1936(昭和11)年でした。この映画の主人公チャーリーは、近代化された巨大な工場で働いています。工場経営者は、作業場の様子を巨大なモ二ターで監視しているので、チャーリーはどこへ行っでも心身ともに休まる時間がない。毎日、次々と送られてくる部品に、スパナ両手にネジを締める単調な仕事をしているうちに正気を失い、ついには病院ヘ送られてしまう。
この映画は喜劇ですが、『モダン・タイムス』の世界があながちフィクションだとは言い切れません。私自身も、かつては自動車部品の大量生産に明け暮れながら、『単純労働やルーティン作業には人間的な喜びがない』ことにイライラしていたからです。『これが、本当に自分がやるベき仕事??仕事って何だ?人間でなくてもできることを一所懸命やっているだけでは?こんなことをしていて俺は満足できるのか?』『楽しくなければ仕事じゃない、ルーティン作業では楽しめない、人間はもっと創造的な仕事をすベきだ』という思いから、自動車部品の大量生産をやめ、少品種大量生産から多品種少量・単品生産へ切り替えました。
しかし、残念なことに、単品ものの仕事が増えても、それだけでは知的作業にはならなかったのです。リビート注文が入ると、結局は同じことの繰り返しになるからです。たしかに、単品ものには、大量生産にはない知的な作業があります。でも、単品加工はそれっきりで終わりではなく、数か月に一度、リビート受注がある。すると『前回はどやったのか?』と、思い出しながら作業することになります。『一度つくったものだから、前回よりも早く作業できる』かと言えば、必ずしもそうではなく、リピート加工でも、不確かな人間の記憶に頼る作業になるので、結構時間がかかります。
そこで私は、ルーティン作業のムダを徹底して排除しようと決意しました。『ルーティン作業をプログラム化し、機械に加工させたらどうか、人の技能やノウハウをデータベース化し、社員にはさらにステップアップした知的作業をやってもらおう』私は、人が知的作業に従事できる『完全無人化の夢工場』をつくるため、職人のカンと経験と技を数値化し、『必要なときに、誰でも使えるようにしよう』と考えたのです。計算すれば正確な加工ができるのに、にわか職人は自分の感覚に頼り、自分の技術を社内で共有しようとしません。
私は、そんなにわか職人に疑問を感じ、職人技術の定量化を目指しました。当時は、家庭用パソコンが普及し始めた頃でした。ある講習会で初めてパソコンに触れた私は、『これを工作機械の自動制御に使えないか』と考えました。職人技をデータベース化するにあたり、まず、製品ごとに加工工程を細分化して、似ているもの同士を括って分類しました。製品を加工する際、職人にはそれぞれ異なる暗黙知(カンと経験によるノウハウ)があります。ある製品を削るのに、『どの刃物を、どの順番で使って、どのような位置から、どれだけの回転数で、どれぐらいの速さで削るのか』を聞くと、職人ごとに返ってくる答えが違う。つまり、職人によってやり方が違うわけです。
そこで、それぞれの言い分を戰わせながら、当社の標準データを導き出し、個人の経験に頼ったあいまいな情報をすベて捨てさせました。標準データを共有して、『この製品をつくるときは、この刃物を、この順番で、この位置からこの回転数で、このスビードで加工する』ように決めたのです。同時に、作業環境をデータベース化しました。工作機械やホルダー、刃物、ボルトなどすべてに認識番号を振って、収納場所と関連づけたのです。通常、過去の加工品の設計図と使用ツールは保存してありますが、『どのツールを、どの順番で使ったか』という情報は残っていません。
でも、私は、作業を再現できるように全データを保存しました。職人の暗黙知に任せていると、人に仕事がつきます。職人Aさんの仕事は、Aさんでないとできない。でも、データペース化しておけば、リビート注文時に、誰でもできる体制になります。そして、Aさんの能力は新しい仕事で発揮してもらうのです。(中略)仕事を楽しみたい、知的作業をしたいなら、職人としてのノウハウや能力を一度、全部捨でるベきです。捨てるとは、データ化する、企業内にデジタルとして落としていく、マニュアル化することです。これで各々の負担を軽くできたら、新しい技術を習得する。新しい技術が刺激となり、楽しみながら仕事ができるようになるのです」(90ページ)
暗黙知を形式知(データベース)にして活用するという手法は、日本の経営学者の野中郁次郎さんが、「知識創造企業」という書籍で公表しています。同書では、松下電器産業(現、パナソニック)の開発した、家庭用自動パン焼き器の開発プロセスが示されています。この開発にあたっては、大阪市内の著名なホテルで、おいしいパンの作り方、すなわち、暗黙知を学び、それをマニュアル化して形式知に換え、そしてそれをパン焼き機で再現できるようにして製品化したというプロセスが示されています。さらに、同社は、この成功体験を、コーヒーメーカーの開発や、炊飯器の開発にも応用していると述べています。
この例のように、知識経営は、暗黙知を形式知に変えて、それを組織内で共有し、事業の競争力を高める手法です。そして、この手法も、山本さんが、「職人としてのノウハウを、企業内にデジタルとして落としていく」と述べておられるように、情報技術を活用した戦略です。このノウハウのデータベース化は、1990年代以降、中小企業でも社内LANの設置が容易になったということが背景にあります。しかし、データベースを利用することは容易になっても、「にわか職人」が暗黙知を形式知にして社内で共有することや、標準データに従って製品を製造することに抵抗すると、ノウハウの共有化は奏功しません。
これは、大企業や中小企業に限らず起こることなのですが、情報化武装を行うとき、情報機器などは資金があれば導入できるのですが、情報化武装にともなって仕事のやり方が変わることに従業員たちが(故意、または、無意識にかかわらず)抵抗すると、情報化武装は成功しません。情報化武装を行うことを決定した経営者たちも、情報機器を導入すれば事業活動が改善すると考えてしまいがちですが、情報化武装するにあたって、その基本方針を従業員によく理解させ、新しい仕事のやり方が定着するまで働きかけが必要であることを認識しておかなければ、情報化武装、そして、それによる競争力強化、新しい価値の顧客への提供が失敗してしまいますので、注意が必要です。
2025/1/26 No.2965