労働者は『経済人』ではなく『社会人』
[要旨]
20世紀の初め、テイラーは、労働者は経済的な価値観で行動するという研究結果を発表しましたが、その後、メイヨーらの研究で、労働者は、経済的な価値観よりも、社会的な価値観で行動するようになってきたということがわかりました。したがって、従業員の方の士気を高めるには、そのような価値観にそった働きかけを経営者の方は行わなければなりません。
[本文]
KIT虎ノ門大学院教授の、三谷宏治さんのご著書、「経営戦略全史」を拝読しました。同書では、経営戦略について、その戦略だけでなく、そのような戦略や学説が生み出された背景が解説されており、より深く、経営戦略を理解できるようになっていることから、今回から数回に分けて、私が注目したところをご紹介したいと思います。今回は、「経済人」と「社会人」についてご説明します。三谷教授は、読者の理解を促すために、科学的管理法を提唱した、米国の経営学者のフレデリック・テイラーと、ホーソン実験の研究者で、オーストラリア出身の心理学者のエルトン・メイヨーの、2人の学者の架空の会話を載せています。
「[メイヨー](ホーソン実験では)従業員100人から6人を選んで、電機部品の組み立て効率を調べたんです。テイラー先輩流の労働条件(賃金・休憩時間・軽食・部屋の温度や湿度など)を、いろいろ変えて作業してもらったんですよ。その結果、条件をよくすれば、生産性も向上したのですが、その後、労働条件を下げても生産性は高いままだったのです。というのも、選ばれた6人は、もともと優秀で、しかも100人から選ばれたものだから、ものすごくモラールが高くて、労働条件なんて、まったく関係がなかったのです。[テイラー]それじゃ、『2万人(へのインタビュー)』っていうやつは、どうだったの?
[メ]最初は、従業員各人の労働条件を、項目別に、私たち研究者が聞き取っていたのですが、現場のマネージャーがやった方が訓練にもなるからということで、マネージャーがやるようになりました。それも、項目を決めずに、自由に話す方法で聞き取りをしていたら、報告書が膨大な『雑談集』になってしまいました。[テ]それじゃ、分析のしようがないのでは?[メ]ところがどっこい、その『雑談』だけで、みんなの生産性が上がったのです。従業員は話をする中で、自分自身の問題を発見・解決し、マネージャーたちは、部下の聴く中で、リーダーとしての素質や情報を得たようでした。その結果、対話が大切だということがわかりました。
[テ]つまり、人間は、僕が言っていたような、単純な、『合理的経済人』じゃないということなんだね?[メ]どうやらそのようです。人は、もっと連帯的、感情的に行動する、『社会人』、『情緒人』なんですよ。いや、そうなってきたと思うのです。テイラー先輩の時代と違って、みんな、少し豊かになって、余裕も出てきて、仕事だって、最近(1927年頃)は、女性はパーマをかけて、男性はワイシャツにネクタイでやるんですよ。[テ]人間って、これから、どうなっていくんだろうなぁ…」
テイラーの提唱した科学的管理法の詳細の説明は割愛しますが、テイラーが研究をしていた20世紀の初めのころは、労働者のモチベーションを高める大きな要因は、賃金の多さでした。したがって、テイラーの研究結果も、労働者は経済的な価値観で働く「経済人」ということになりました。しかし、メイヨーが研究を始めたころは、2人の会話の中にも出て来るように、労働者たちにある程度の経済的な余裕が出てきたので、経済的な価値観の比重は低くなっていったようです。
すなわち、感情的な要因でモラールが高まる「社会人」になったということです。そして、この価値観は、それから約100年経った現在でも、おおよそ変化はないようです。このことについては、ほとんどの経営者の方が理解することは容易だと思うのですが、一方で、従業員の方のモチベーションを高めるためのスキルは、あまり高くない方が多いようです。2人の会話にも出て来るように、部下と会話をするだけでも部下のモチベーションは高まるのですが、「会社でしゃべっている暇があるなら、外に出て、少しでも契約をとってきたらどうだ」と考える経営者の方は少なくないのではないでしょうか?
2022/10/12 No.2128