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パレートの法則よりロングテール戦略

[要旨]

アルミ加工メーカーのヒルトップの相談役の山本昌作さんによれば、これからの製造業は、売れ筋をただ大量生産するだけでなく、「あの会社にお願いしたら、どんなものでもつくってくれる」という多品種少量生産への対応が求められているということです。このような戦略はロングテール戦略と言われ、これを実践しているアマゾンでは、販売ランキング13万位以下の商品の売上が全体の57%を占めており、同社の事業を成功させる鍵になっています。

[本文]

今回も、前回に引き続き、アルミ加工メーカーのHILLTOP株式会社の相談役の山本昌作さんのご著書、「ディズニー、NASAが認めた遊ぶ鉄工所」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、山本さんによれば、同社では新規顧客の獲得にあたっては、自分たちの将来性を考慮しながら取引する相手を見つけており、それは、目先の利益にとらわれず、自社と取引相手の双方にメリットが得られるようにすることで、長期的に自社の事業を発展させるためであるということについて説明しました。

これに続いて、山本さんは、「町工場」はロングテール戦略を採用すべきということについて述べておられます。「私は副社長をするかたわら、ご縁があって名古屋工業大学や、大阪大学の非常勤講師をしていて、『工場長養成塾』や『企業内デジタルとナレッジマネジメント』などの講義を担当していました。よく知られるマーケティング理論のひとつに、『パレートの法則』(80対20の法則)があります。

パレートの法則とは、『市場経済の出来事の80%の結果は、20%の要因が影響している』、『企業の利益の80%は、20%の製品(商品)から生まれる』、『売上の80%は全顧客の上位20%が占めている(顧客が100社あれば、そのうちの20社で売上の80%を占める)」という法則です。この法則に則れば、80%の利益をもたらしている20%の製品を分析し、この20%に経営資源を集中させるベきで、それ以外の80%の製品に資源を投入するのは間違いです。

上位20%の優良顧客に対して、集中的に販売拡大策を取るのが得策となります。一方、これと対照的なのが、『ロングテール戦略』です。『ロングテール戦略』とは、『アマゾン』のように、二ッチであまり販売されていない商品を多様に揃えることによって、全体の売上を上げる戦略です。全体の売上を『販売数×商品数』としてグラフ化し、販売成績のよいものを左側から順に並べると、あまり売れない商品が右側になだらかに長く伸びます。

このグラフの形状が恐竜に似て、長いしっぼが続くように見えることから、『ロングテール』と名づけられました。ロングテール戦略には、『年間、数個しか売れない商品を大量に扱うことで、総数として大きな売上が得られる』、『売上を多数の商品で分散して稼いでいるので、ひとつの商品の売上が凋落しても、全体ヘのダメージは限定的』、『上位商品や特定の顧客に依存しない』というメリットがあります。ロングテール戦略を提唱した、アメリカ『WIRED』誌の元編集長、クリス・アンダーソンは、大手書店の『バーンズ&ノープル』と『アマゾン』を比較していす。

『バーンズ&ノープル』で扱っている書籍は3万種。これに対し、アマソンは230万種でした。しかも、アマソンでは、販売ランキング『13万位以下』の売上が全体の『57%』を占めています。リアル書店では棚のスペースに制限があるので、売上を最大化するには、ベストセラーを陳列するのがこれまでの常識でした。しかし、アマゾンでは、年に数冊しか売れない書籍の販売量が、ベストセラーの売上を上回っていたのです(注・クリス・アンダーソンの計算には間違いがあることも指摘されていますが、ロングテールという現象が実際に起きていることは間違いではありません)。

専門書の単価は高いので、利益率も高い。アマゾンは、インターネットを使って圧倒的に優位なポジションに立ち、ロングテール型ビジネスを確立させました。ものづくりの世界でも、ロングテール型の例があります。関西IT戦略会議の『2003年度、関西IT百選撰』に選ばれたパネの会社があります。この会社では、基本的に大量生産せず、インターネットを活用して一般顧客から受注。平均受注個数は5個。しかも、パネの基本的な構造設計式も公開して、お客様に設計してもらったバネを注文しています。

また、一度受注したパネはデータベースとして残るので、リビート注文があったときに、すばやく情報を取り出し、生産できます。大量受注、大量生産はしない戦略です。これからは、『パレートの法則に則った従来型の会社』と、『ロングテール型の会社』は混在していきますが、ヒルトップは明らかにロングテール型です。

当社では、受発注システムと会計解析システムを使つて、リアルタイムに情報を分析していますが、1個の受注が68%、2個の受注が10.7%。両方合わせて約80%が『1個、2個』の受注です。これを無人化してこなすという非常にめずらしい会社で、取引社数も2018年度末には3,000社を超える見込です。これからの製造業は、売れ筋をただ大量生産するだけでなく、『あの会社にお願いしたら、どんなものでもつくってくれる』と言われる多品種少量生産への対応が求められているのです」(83ページ)

山本さんは言及していませんが、ロングテール戦略や、多品種少量生産は、情報技術の発展によって実践できる戦略です。これを言い換えれば、情報技術が発展してきたことによって、ロングテール戦略や多品種少量生産が実践できるようになりました。さらに、情報技術の活用は、年を追って低コストでできるようになってきています。これは、かつては大企業しか実践することができなかった戦略を、現在は、中小企業であっても実践できる、すなわち、同じ土俵に上がって勝負することができるようになっていると言えます。

そこで、中小企業が情報技術を駆使した戦略を実践しなければ、もったいない、というよりも、ますます大企業と差をつけられてしまうということになります。しかし、中小企業では、いまだに情報化武装がなかなか進んでいない会社が少なくないようです。その要因は、情報リテラシーの問題があると考えられますが、情報機器を積極的に活用している中小企業であっても、それらの活用は、省力化、効率化などが中心になっていると考えられます。ヒルトップのように、自前でシステムを構築し、競争力を高めている中小企業は少なくないですが、それでもそのような会社は割合としては決して高くないでしょう。

そして、中小企業であっても、情報技術を活かした戦略を実践できる会社と、そうでない会社で、ますます格差(このような格差をデジタルデバイドといいます)が広がってしまうということになります。とはいえ、中小企業の多くは、情報技術を専門に担当する従業員を雇い入れることが難しいという事情もあるようです。そこで、情報技術を活用した戦略立案に詳しい専門家の支援を仰ぎながら、競争力を高めて行くことが求められていると、私は考えています。

2025/1/25 No.2964

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