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販売見込があるときのみ賃金は資産に

[要旨]

公認会計士の森暁彦さんによれば、製造業などで、製品の製造に関わった人件費などは、いったん、資産に計上されますが、その製品が売れる見込みがなければ、資産に計上せず、直ちに費用として計上しなければならないということです。したがって、財務諸表を分析するときは、その会社の事業が正常に運営されているかどうかも注視して分析しなければならないということです。

[本文]

今回も、前回に引き続き、公認会計士の森暁彦さんのご著書、「絶対に忘れない『財務指標』の覚え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、森さんによれば、かつてのNOVAでは、受講生が入会すると最初に数十回分のチケットを数十万円で買うという仕組みで、約款に基づき、受け取った数十万円のうちの約半分は入会時に即時売り上げに計上するという会計処理を行っていましたが、その結果、トラブルが発生したこともあり、授業の進捗に応じて売上計上すべきだったということについて説明しました。

これに続いて、森さんは、これに続いて、森さんは、製品が売れる見込みがなければ、それに要した人件費を資産に計上することは適切でないということについて述べておられます。「3つ目の『幅』は、費用の資産化です。人件費や外注費などを資産として計上することがそれに当てはまります。『人件費って資産化して良いの』と思う人もいるかもしれませんが、会計のルールに適合していれば資産化できます。例えば、IT系システム会社やスマホゲーム会社が、『ソフトウェアを製作するために人件費を投じています。

このソフトウェアは将来お客様に販売予定です』と説明したとします。この場合は、かかった人件費を資産計上することはOKです。将来ソフトウェアが売れて、その売上高に対応してPL上の費用になります。足元では、人件費がPLに計上されない分、PLの利益は大きくなります。最大のポイントは、ソフトウェアが将来本当に販売できるかどうかです。もしソフトウェアの販売が失敗した場合には、『人件費は資産としての計上ではなく、本当はPL上の費用だったよね』という話になります。

実際に、とある若い求職者に人気のあったITシステム系ベンチャー企業のケースがそうです。人件費や外注費を資産として計上し、PL上の利益を可能な限り作っていました。でも肝心のソフトウェアは売れていないか、顧客とトラブルになっています。財務諸表の利用者は、財務諸表の見かけのPL上の利益だけでなく、『この会社のビジネスは本当にうまくいっているのか』という本質が大事です」

製造業や建設業の原価計算では、原材料費だけでなく、製造工程に関わる給料(賃金)や、その他の経費(燃料費、水道光熱費、保険料、地代家賃、減価償却費など)は、それらが製造工程にある段階や、完成してからも販売されるまでの間は、いったん、棚卸資産に計上されます。このような会計処理が行われるのは、詳細な説明は割愛しますが、費用収益対応の原則という企業会計原則に基づくものです。すなわち、売上が実現したとき、その売上を得るために要した費用も対応させて計上することで、正しく成果を把握することができるようにしているわけです。

しかし、森さんがご指摘しておられるように、このような原則があるからといって、過剰に費用を資産に計上することは、問題があります。引き合いのある製品を製造する場合、その製品が販売されるまでに支出した費用を資産に計上することは、通常の会計処理であり、問題はないでしょう。しかしながら、引き合いに基づくものでなかったり、確実な見込みがないのに、製品を製造し、その費用を資産に計上することは、適切な会計処理とは言えません。(その前に、売れる見込みがないのに製品を製造するという経営判断に誤りがあると言えます)

そこで、森さんは、「財務諸表の見かけのPL上の利益だけでなく、『この会社のビジネスは本当にうまくいっているのか』という本質が大事」とご指摘しておられるのでしょう。すなわち、棚卸資産の一部として計上されている賃金は、その賃金によって製造された製品が確実に販売される見込みがなければ、その時点で直ちに費用に計上しなければなりません。そして、その修正がなされた財務諸表が、その会社の実態を示す財務諸表ということになります。

2025/2/21 No.2991

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