ポーターの3つの基本戦略
[要旨]
米国の経営学者のポーターは、3つの基本戦略を提唱しました。1つはコスト・リーダーシップ戦略、次は差別化戦略、最後の1つは集中戦略です。しかし、現在は、経営環境が激化している上に、経営資源を特定の事業に集中せざるを得なくなってきていることから、差別化の優位性を発揮する集中戦略でなければ成功が難しくなってきています。
[本文]
今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの遠藤功さんのご著書、「経営戦略の教科書」を読んで、私が気づいたことについて述べます。前回は、三菱電機は、かつて、野間口氏が社長を務めていたとき、半導体事業を大幅に縮小しましたが、パワー半導体だけは、不採算部門であったにもかかわらず、残す決断をしましが、その理由は、パワー半導体事業は、エアコンやエレベーターなど、他の事業の基幹部品として使われ、大きなシナジー効果を生み出すと考えたからであり、その結果、同社の業績回復に大きく貢献したということについて説明しました。
これに続いて、遠藤さんは、ポーターの3つの基本戦略について述べておられます。「3つの戦略代替案(ポーターの3つの基本戦略のこと)は、2つの軸で考えます。1つは、『戦略ターゲットの幅』。狙うべきターゲットが広い、狭いを意味しています。もう1つは、低コストか差別化かで分かれる、『競争優位のタイプ』です。この2軸によって、経営戦略の3つの方向性が浮かび上がってきます。
1つ目の方向性は、『コスト・リーダーシップ戦略』。これは、広い顧客層や分野をターゲットに、コスト優位を構築することを目指す経営戦略です。『コストチャンピオン』を狙う経営戦略と言うことができます。似たような機能や品質の製品・サービスが多数存在する場合は、相対的な低コストを実現することが、優位性を構築する大きなポイントになります。規模を追求して、より大きなスケールメリットを得るなど、徹底したコストダウンを追求することが大切です。
2つ目の方向性は、『差別化戦略』です。これは、『コスト・リーダーシップ戦略』同様に、広い顧客層や分野をターゲットとしますが、コストではなく、差別化されたユニークな製品・サービスの提供により、優位性構築を狙います。『差別化チャンピオン』を目指す経営戦略です。同じ価格であるなら、『うちの製品の方が断然品質が高い』か、『どこにもない機能を備えている』、『デザイン性の高さで群を抜く』というように、差別化でえ勝負する経営戦略です。
(自社製品の価値が)競争相手が簡単にはマネのできない差別性の高い価値であると同時に、差別化された製品・サービスを次から次へと生み出すことのできる高い組織能力が求められます。これら2つの経営戦略は、いずれも、ターゲット顧客や分野を広くとるため、それなりに潤沢な経営資源が必要となります。人・モノ・金が潤沢にある企業しかとり得ない経営戦略です。しかし、企業の多くは、経営資源が限られています。その場合は、ターゲットとする顧客層や分野を絞り込み、コスト優位か差別化か、もしくはその両方で優位性を構築する必要があります。これを『集中戦略』と呼びます。
特定の製品やサービス、特定の顧客層、特定の地域など、限定した領域に経営資源を集中させて、独自の価値を生み出そうとするもので、『フォーカスチャンピオン』を目指す経営戦略と言うことができます。どこに集中させるかという選択肢は、さまざまです。自社の強みや経営資源の質と量を勘案して、『戦う土俵』を絞り込むのです。例えば、小学生に人気のアイス、『ガリガリ君』で有名な赤城乳業は、アイスクリームに特化した専業のメーカーです。他のアイスクリームメーカーの多くが、幅広い食品分野を手がける中で、赤城乳業はアイスクリームに『集中』し、独自の存在感をしめしています」
ポーターの3つの基本戦略はよく知られており、改めてご説明するまでもないと思います。そして、ここで改めて引用したのは、広い顧客層や分野をターゲットするコスト・リーダーシップ戦略や差別化戦略を採る会社は、年を追って少なくなっているということです。というのは、パナソニックでさえ、事業を絞り込む時代だからです。また、集中戦略であっても、コスト面での優位性は発揮しにくくなっています。引用部分で登場しているガリガリ君も、2016年に10円の値上げを行い、さらに、2024年3月にも、10円の値上げをしています。
こられのことから、これからは、コスト優位性を発揮できる会社は限定的であるということです。このことは、容易に理解できることだと思うのですが、一方で、中小企業でも、コスト面で優位性を発揮しようとする会社は少なくありません。というのは、遠藤さんもご指摘しておられるように、「(自社製品の価値が)競争相手が簡単にはマネのできない差別性の高い価値であると同時に、差別化された製品・サービスを次から次へと生み出すことのできる高い組織能力が求められる」、すなわち、差別化で優位性を発揮することは難易度が高いからだと思われます。
そこで、経営資源が少ない中小企業であるにもかかわらず、コストでの優位性で競うことを選択しようとすることになるのでしょう。ところが、繰り返しになりますが、コストでの優位性を発揮することは、体力勝負の面があり、中小企業にとっては、参入が容易である一方で、すぐに体力のある大きな会社に敗れてしまいます。このことは、中小企業にとって、かつてより経営環境が厳しくなってきたということが言えます。しかし、かつて、経営環境が追い風の時代は、参入するだけで、ある程度は事業を黒字化できたということもあったためか、開業後にどのように優位性を発揮するかをあまり検討せずに、安易に起業したり、他業界から新規参入したりしてしまう例が少なくないのだと思います。
したがって、繰り返しになりますが、これから新たな事業に参入する場合は、難易度は高いものの、差別化で優位性を発揮できる集中戦略を成功させる見込みがなければ、事業を軌道に乗せることは難しいと言えます。とはいえ、ここで悲観的なことを述べましたが、中小企業であっても、差別化によって成功し、大企業と伍して競合している会社もたくさんあるということも付言しておきます。
2024/3/22 No.2655