
お辞儀ハンコが日本をIT後進国にする
[要旨]
経済評論家の加谷珪一さんによれば、日本がIT後進国になっている要因の例として、稟議書を電子化する際に、会社の役職者が自分の承認欲求を満たすために、お辞儀ハンコを押すことができるようシステムを改訂させていることが要因となっているということです。本来なら、電子稟議書ではハンコは不要であり、さらに決裁プロセスの短縮も可能であるにもかかわらず、古い慣習を踏襲させようとすることで、その会社の競争力が下がっているということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、経済評論家の加谷珪一さんのご著書、「国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、加谷さんによれば、日本では、新しい技術に対して批判が寄せられることがありますが、それはその技術が普及すると、その技術を持っている人は多くの利益を得られることから、その技術によって自身の生活が便利になったとしても、それ以上に儲かる人がいるのは許せないという感情が働くことが考えられるということについて説明しました。
これに続いて、加谷さんは、日本人には特殊なマインドがあり、それが日本がIT後進国になった要因になっているということについて述べておられます。「非常に残念なことですが、IT業界に詳しい人の間では、日本がIT後進国であるというのは以前からの常識でした。最近になって多くの国民が実感する形でトラプルが相次いだことから、ようやく一般社会にもその事実が知られるようになってきたわけですが、日本はなぜIT後進国になってしまったのでしょうか。ITというのは情報技術という意味ですから、普通に考えると技術力の問題であるとイメージされると思います。
では日本という国は技術という点において著しく劣っているのかというとそうではありません。最近でこそ中国などの新興国に追い抜かされる分野が増えてきましたが、技術力が高い部類に入ることは間違いないでしょう。それにもかかわらず、なぜ日本ではITをうまく活用できないのでしょうか。その理由は、やはり日本人のマインドにありそうです。日本人の特殊なマインドがIT活用を妨げる象徴とされているのが、ハンコ文化への固執です。菅政権は先ほどの行政IT化と同様、官民に対してハンコの利用を見直すよう要請を行いました。社内の手続きにハンコを用いている企業は多く、この手続きをIT化すれば、かなりの効率化が期待できます。
ところが、一部の企業はハンコ廃止という動きに対して、驚くべき行動を取っています。その最たるものは、『お辞儀ハンコ』を実現できるITシステムでしょう。お辞儀ハンコとは、禀議書など複数の役職者が押印する書類において、役職が低い人ほど、ハンコに角度を付け、役職が高い人に対してお辞儀をしているように見せる押印のやり方です。人間関係を常に上下関係として捉えるという日本社会の仕組みをハンコの押し方にも応用したのがこのお辞儀ハンコというわけです。
社内の手続きでハンコを用いなければいけない絶対的な理由はありませんから、菅政権の要請以前から、ハンコを廃止し、承認の手続きをシステム化しょうという提案はたくさん存在していました。IT投資を行ってハンコを廃止した企業もありますが、一方ではとんでもないことが起こりました。ある企業では、ハンコを廃止すベきではないという声があまりにも大きく、画面にハンコの印影を浮かび上がらせて、あたかも押印したように見せるというITシステムをわざわざ作り上げたのです。これでは従来と何も変わりませんし、システムを開発した分だけ逆にコストが増ええてしまいます。
しかも一部の企業では、これだけでは満足できず、驚くベきことに、役職によつてハンコの傾きを変えるという、前述の『お辞儀ハンコ』が実現できるシステムをコストをかけて作っていたのです。『そんなの都市伝説でしょ?』と思った方もいると思いますが、現実にシステムを開発する企業に対しては、お辞ハンコができるようにして欲しいという要望が寄せられており、システム会社はそうした機能を実装しています。そもそもハンコを使用しないのであれば、ハンコの印影を画面に表示させる必要はありません。役職者の承認が必要であれば、承認ボタンを設置すれば事足ります。
それにもかかわらず、わざわざコストをかけてハンコの印影を表示させ、しかも、エライ人にお辞儀をする機能まで付けさせている企業が少なからず存在しているのが現実なのです。業務のシステム化というのはただ意味もなくITを導入するということではありません。システム化をきっかけに業務のムダを洗い出し、それを省略していくことでビジネスを効率化するという目的があります。例えば、これまで4人の承認が必要だった禀議書も、業務の実態を丁寧に分析すれば、2人の承認で問題ないかもしれません。
システム化をきっかけに業務のムダを見直すことで、企業の生産性が向上するわけですが、従来と同じことをシステムで行ってしまっては、システム費用分だけ逆にコストが増える結果になってしまいます。これは極端なケースかもしれませんが、システム化してもムダな業務を減らせないというケースは枚挙に暇がなく、その結果として、日本企業では長時間残業が横行しているのです。特にこのお辞儀ハンコのケースは、日本人の特殊なマインドをよく表しているといってよいでしょう。禀議書にハンコを押すという行為には、役職者の承認欲求を満たす作用があると考えられます。
これはある種の儀式ということになりますから、その行為をIT化することそのものに抵抗があるわけです。また日本人のコミュニケーションは、相手との上下関係が基本ですから、どちらが上であるのかを確認し、上に立つ人は下の人に対して、常にマウントをとってその立場を維持しようとします。お辞儀ハンコはこうした抑圧的な日本社会の特徴を凝縮した仕組みといってよいでしょう。悲しいことに、ITを導入するという状況に至っても、上下関係を基軸にした不寛容な組織文化を死守しようとしているわけです。
確かに諸外国でも上司が部下に威張り散らす光景は時折、見られるものですが、こうした関係性を儀式化し、ITにも実装しようという国は日本以外には存在しません。このような馬鹿げた行為を各所で繰り返した結果、日本企業ではムダがなくならず、結果的に長時間残業を抑制することもできない状態が続いています。これはテクノロジーの問題ではなく、完全にマインドの問題ですから、いくら技術力を高める努力をしても、ほとんど意味はないのです」(52ページ)
加谷さんは、稟議決裁について、「これまで4人の承認が必要だった禀議書も、業務の実態を丁寧に分析すれば、2人の承認で問題ないかもしれない」と述べておられますが、このように、情報技術は、単に、従来の書面の手続きをデジタル化するだけではなく、情報技術を使うからこそできること、例えば、決裁プロセスの短縮などを活用することが成功するための鍵になっています。しかしながら、「お辞儀ハンコ」の例では、「役職者の承認欲求を満たす」ことが目的となっており、情報技術をまったく活かすことができず、せっかくの業務プロセスの短縮の機会を逃すどころか、ムダな投資まで行うことになっています。
そもそも、このような会社は、会社の業績を高めることよりも、幹部従業員が自分の承認欲求を満たすことを優先させており、早晩、ライバルとの競争に敗れることになるでしょう。このように、情報技術を活用できるかどうかは、例えば情報リテラシーが十分であるかという前に、役職員が業績を向上させようとする意欲の方が問われていると思います。したがって、経営者の方が自社の情報化武装を進めようとする場合は、システムの導入や経営戦略の策定だけでなく、従業員の方たちの意識を変えなければ失敗してしまうと得います。
2025/2/3 No.2973